2020年初夏。新型コロナウイルスが世の中に蔓延して、政府が国民に「行動制限」を行った。
みなさんこの時期のことを覚えているだろうか。
私の名前は箕輪 絵留(みのわ える)この年に新社会人になった22歳の女だ。

「コロナが終わったら、みんなでBBQでもしたいね」
会社の同期、新卒入社のLINEグループで、イケてる営業女子山川さんの書き込みに、一斉に「いいね」「わーい」「楽しみ」というスタンプが押されていく。

BBQ。はいはい、BBQ。BBQ。

「コロナ終わらなければ良いのに」
ブブッと小刻みに震えては着信を告げるスマホをベッドに放り投げて、つぶやいてしまう。
不謹慎ながら。

同期入社は15人。
営業8人、事業部6人、総務部1人。
男女比2:1。女子だけの人数でいうと、営業2人、事業部2人、総務部1人。それがコロナ禍と言われる2020年の4月入社のメンバーだ。

私は事業部に配属された女子のうちの1人。
似合わないリクルートスーツとセミロングの黒髪。見た目は多分イケてない。
就活サイトに登録して条件にあった会社を適当に選んでエントリーシートを送り、何社か落ちながら、この会社に就職した。
ごく普通の新社会人だ。

内定式は1月ごろにあって、イケてる営業女子山川さん(彼女は髪も茶色くスーツはライトグレー、目立たないながらおしゃれなアクセサリーもつけていた)がなんとなく同期の間のコミュニケーションを取り仕切っていた。
それで「ウチらのLINEグループを作ろう」と言ってできたのが冒頭のLINEグループだ。

そして、4月。
コロナ禍の影響で入社式はなくなり、いきなり自宅待機になった。
先輩社員からのリモート研修があるとはいえ、会社の雰囲気を知るのはこの新卒同士のLINEグループだけが頼りだった。

その中では私はそこそこ陽キャな振る舞いをしていた。
いつも最初に話を切り出すのは山川さんだったが、面白スタンプで話題を盛り上げたり、ちょっと話に置いてかれている人に話題を振った。
たまには山川さんにツッコミを入れることもあった。
いつしか同期からは「姐さん」と呼ばれるようになった。

悪くない気分だった。
でも、それはLINEのやりとりだからできること。実際に会ったら声の小さい私がこんなに同期と賑やかにやりとりできるわけがない。

だからそもそも出社するのもなんとなく億劫に感じていたのに、追い討ちをかけるようなBBQのお誘いだ。

世の中の不思議だ。なぜ陽キャな人たちはBBQしたがるのか。

何が面白いのかわからない。
外で、焼いた肉や野菜を、焼肉のタレに浸して食べるだけだ。
火おこしからゴミ捨てまで自力でやらなければならない、セルフサービスの焼肉だ。
本場アメリカのBBQは日本人がやってるようなものとは違って、大人の頭ほどの塊肉を一晩BBQソースに漬け込んだものをじっくり1日かけて焼くらしい。
それならみんなで集まってやるのもわかるが、日本の焼肉もどきのBBQはコロナ禍が終わって初めて出会う同期同士で行うのにふさわしいイベントとは到底思えない。

いや、 BBQについて悪態をついてきたけど、本当のところは違う。
BBQの中で、私はどう振る舞えば良いのかわからないから行きたくないのだ。

大学時代は実家暮らしだった私は料理がまるっきりできない。野菜を切ったり食材の用意をしたりは無理だ。
片付けだってやれと言われればできるけど率先して嫌味にならないように出来るほど器用じゃない。
どのタイミングで皿を下げるのがいいのか、どのタイミングで少しだけポテチが残った袋を捨てるのがいいのか、わからないままアワアワしてしまう。
お酒はあんまり得意じゃないし、酒を飲んで騒いでる人を見るのも好きじゃない。
音楽がズムチャカしてるのは不愉快だし、日焼けだってしたくない。
俺に任せろとばかりに火の番をする男子、それを誉めそやす女子。
ちょっと良い一眼レフのカメラを構えてみんなの写真を撮るやつ、スマホの盛れるアプリで自撮りしてインスタに#最高の仲間#みんなでBBQ#お肉おいしいとアップするやつ。
想像できるBBQの中に私の居場所はない。

私の居場所はLINEグループの中にしかないのに。

山川さんの呼びかけに反応したのは10人だった。私も含めてあと4人、返事をしていない。

よかった、全員が全員BBQに賛成うぇーいな人たちじゃなかった。

ほっとしたのも束の間、山川さんが「じゃあ緊急事態宣言も解除されたし、スケジュール決めよっか」と、LINEグループで日程調整機能を立ち上げた。

は?

いやいやいやいや。それは流石にないでしょ。
まだ自粛ムードは続いてるし、どこでクラスター発生してもおかしくないし。

どうやら流石に同意見が多かったようで、そこでLINEの流れが止まった。

でも、その沈黙が「姐さんはどう思う?」と聞いているように思えてならなかった。
これ、私が言うところなんだろうか。
お腹がいたくなってくる。

「姐さん」…たしかにこのグループの中で私はご意見番のような位置だった。いつの間にか。
そして、その位置の人間が営業女子のBBQの呼びかけにまだ答えてない…既読無視をしているのは明らかに「不自然」だった。

逆に考えると「今しかない」。
やめようよと言うタイミングは。
せめて精一杯かわいいスタンプを探そうと思ったが、ものすごい顔つきで親指を下にしているスタンプしか見つからない。
焦る。

私はBBQが嫌い。
BBQが嫌いだけど、せめてここでは陽キャでいたい。
BBQは嫌いだけど陽キャぶってもいいですか。
陽キャはなんて言ってBBQやめさせるんですか。

そんな時にスマホ画面の上部にLINEニュースから「東京で3桁を超える感染者。2日ぶり」と出てきた。
これだ。これしかない。

そのニュースをコピペして、LINEグループに貼り付ける。
「第二波来るかも。BBQはまだ早いかな」
たったこれだけの文章を送るのに、正直手が震えた。
送信ボタンを押す前に何度も何度も頭の中で反芻する。
私が本当はBBQが怖いだけのクソ陰キャだってバレないだろうか。
敢えてニュースを貼り付けたのは嫌味に思われないだろうか。
「第二波くるかも」なんて陰謀論者だと思われないだろうか。
大丈夫…大丈夫、私は「姐さん」なんだから…
深呼吸をしてやっと、送信ボタンを押す。
LINEグループを見るのが怖い。
でも返事がないのももっと怖い。


「うんうん」「たしかに」のスタンプがさっきと同じ速度で連なっていく。
山川さんに賛成していたメンバーも、私の意見の方に傾いていく。
私は思わず口元に歪んだ微笑みを浮かべていた。

ああぁ〜気持ちいい……
同期の評価の天秤が、山川から箕輪にがくっと傾いていくこの感じ。
LINEグループの中だけは私はあなたたちよりも上でいられる。
声だけ大きくて頭空っぽの陽キャ。
声の大きさがフラットになるLNEグループの中では、「正しい」私の方が勝てる。

かくして私の「姐さん」の地位は今日もなんとか守られたようだった。

それがいいのか悪いのか、正直まだよくわからない。

BBQはまだ早いなんて粋がってるけど、本当は一生行きたくない。
コロナ、いつまで続くんですかね?

BBQ爆発しろ

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