まだ私が20歳だった頃の話。

当時はまだSNSも発達しておらず、店の情報は、実際、自分で行って確かめるしかなかった。

ある日、友達から『エステの体験コースに行ってみない?』と声を掛けられた。

1回無料でエステを体験できるわけだけど、本当に『無料』で終わるわけではない。

エステの体験が終わった後、狭い個室に連れて行かれ、エステの説明を延々受けて、契約に持っていこうとするわけだ。


当時(20歳)の私が勧められたのは、1年間、いつでも(何回でも)通えて100万円のフリーパス。

『何回でも通える』という言葉にはカラクリがあり、施術を受けるには、毎回電話で予約を取らなければならないけれど、毎度『今月は予約が埋まっています』と言われて、結局は月1回程度しか施術してもらえないシステムになっていることが多い。

月1回通えたとして、12回で百万円。
(当然、店側は、そんな説明はしないけれど)

かなりのボッタクリだ。


もちろん私は断った。

エステ店の女は、簡単には引き下がらない。


私「まだ、私の肌にエステは必要ないので」

女「今からお肌の手入れをしておかなければ。年を取ってからエステに来ても手遅れです」

私「100万円の大金なんて、持っていないからいいです」

女「こちらのローンを組んでいただくと、1ヶ月、たったの3万円ですよ」

私「1ヶ月3万円で3年もローンを組むの?(驚愕)」

女「もちろん、ボーナス払いや、お金に余裕がある時に、多めに入金していただければ、3年より支払いを短くできます」

私「私、ローンは嫌いなので」


私のこの言葉でエステ店の女の怒りにスイッチが入ったのか、エステ店の女は捲し立てるように話し始めた。

女「ローンが嫌い?なら、アンタは車や家を買う時もローン組まんのかい?
組まんかったら買えんよな?
アンタは一生、高価な物を手に入れられない人生や。惨めやのぅ」


関西弁の、かなりキツい言い方で、私のこれからの人生を否定された。


私も怒りに火が着き、


私「だったら惨めな人生でいいです」


と、言い返す。


あまりにも大声で言い合っていて、店内に響いていたのか、途中から別の女性が入室し、説明を交代することになった。


私「とにかく私は契約しませんから」

それでも個室から出してくれない。


女「では、こちらのスキンケアセットだけでも購入していただけませんか?エステの契約は構いませんので」


スキンケアセット、化粧水と乳液のみで2万円。

欲しくもなかったけれど、個室に軟禁状態だったため、渋々2万円を支払った。

女「現在商品の在庫が無くて、取り寄せ中ですので、後日、商品を取りに来ていただけますか?」

私「は?
今無いなら、宅配で送ってもらえませんか?」


女「来ていただいた時に、商品の使い方について説明がありますので」


化粧水と乳液なんて、洗顔の後につけるだけだよね?

説明なら、今すればいいのに……。

そう思ったけれど、既に2万円を支払った後だったので、後日取りに行くことにした。


後日。


仕事帰りに自転車でエステ店へスキンケアセットを取りに行った。

受付で待っていたのは、エステの勧誘で関西弁で捲し立ててきた、あの女。

女が『スキンケアセットの使い方を説明する』と、また私を個室へ案内した。

女「実際に使い方を説明するので、一旦メイクを落としますね」

そう言って、クレンジングでメイクを落とされた。

女「この化粧水をコットンに500円玉の大きさぐらいに取って……」


何て事もなく、普通の使い方の説明。

女「それから乳液を手に取って、肌を包むように馴染ませれば完了です。
どうですか?お肌の触り心地が今までと全然違うでしょう?」

いやいや。
当時の私は20歳になったばかりのピチピチの肌だ。

触り心地なんて、大して変わらんよ。

そんな事を思いながら

私「そうですね」

と、言っておいた。

女「これで使い方の説明は終わりです。化粧を落としてしまっているけれど、折角良い化粧品を塗っているのだから、ファンデーションは塗らず、眉毛だけ描いておきますね」

そう言って女が私の眉をグリグリと描き始めた。

ずいぶん長い時間を掛けて。

女は眉を描き終えると、満足したように私を店の外まで見送った。

私はエステ店を出て、自転車を漕いだ。

エステ店は商店街のアーケードの中にあったので、夜でも明るい。

すれ違う人たちが、皆、私の顔を2度見しているような気がした。

やっぱりノーメークだからかな……。
いや、気のせいか。


家に着いて、リビングにいた母が、私の顔を見るなり目を丸くした。

母「どうしたの!その顔!」

私「え?」

母に言われて鏡を見ると、眉毛が『クレ○ンしんちゃん』のように極太に描かれていた。


私『……ギャッ!』


私も自分の顔を見て、人生で初めて悲鳴をあげた。


わざとだ……。

絶対、わざと。


2万円のスキンケアセットも、何の香りもしない、ただの水を詰めただけの代物だった。


案の定、その店は間もなく潰れてしまった。


今はSNSで直ぐ悪評が付くから、こういった店は淘汰されるかもしれないけれど、当時は自分で実際に行ってみるまで分からなかった。


皆さんも『無料体験』には気を付けて。

ヤバイ女

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