■自己紹介
〈いらっしゃいませ。空いているお席にご自由にお座りください〉
〈ここは、仮に居酒屋万業としておきましょうか。この作品では現役の居酒屋のマスターである作者の体験談をお話しようかと思っております〉
〈最後までお付き合い下されば幸いです。それではまず手始めに〉
〈こちらは、昨年、コロナ禍で世界ばかりか日本中も混乱に陥っていた時のお話になります〉
〈ようやく営業自粛期間も終わり、通常営業を再開したその日に起こった出来事です〉
〈お店にロケット花火を打ち込まれた〉
■(場面転換 居酒屋万業 夜)
〈まず手始めに、軽くお店の自己紹介と参りましょうか〉
〈作者のお店は北海道のとある片田舎の住宅地に建っております〉
〈自宅の一階部分を居酒屋店舗に改築。アットホームな居酒屋として、近所では歩いて家族と来られる居酒屋として有名店になりました〉
〈当初は親父たちの隠れ家的なお店を目指していたのですが、メニューに定食を取り入れたこと。それと、内装も自宅そのものという雰囲気が功を奏し、子供が走り回れるアットホームな居酒屋として何とか成功することが出来ました〉
〈しかし、住宅地にあることで、あの事件は起きたのだと思います〉
〈その日、営業自粛期間が明け、ようやく通常営業を再開することが出来ました。その日は常連のお客様の宴会予約があり、久し振りに店も賑わいを見せました〉
〈そして、閉店時間をむかえ、全てのお客様が帰られ、|暖簾《のれん》をしまった瞬間、それは起こりました〉
〈外から鳴り響く突然の炸裂音。何が起きたのか、と、自分も二階にいた両親共に騒然となり、慌てて外に飛び出ました〉
店の入り口を見回す作者と両親。しかし、そこには何もない。
ふと、店の裏側にある住宅玄関の方に向かってみることに。
そこから火薬の匂いが漂ってきた。
作者「これは……ロケット花火?」
〈店舗入り口ではなく、裏側の住宅玄関側にロケット花火の残骸が落ちておりました〉
作者「なるほど。これは抗議のロケット花火というわけだな」
〈ちょうど、その頃、自粛警察の行動が過激さを増していた時期でもございました〉
〈恐らくは、抗議の為に、閉店直後にロケット花火を何者かが打ち込んできたのでしょう〉
作者「直接言って来ればいいのに」溜息を洩らす。
〈これ以上、犯人の行動が過激にならないことを祈りつつ、ちゃんとロケット花火の残骸は証拠品として保管することにしました〉
〈犯人が誰なのかは分かっていました。でも、それについて抗議をしに行こうとは思いませんでした〉
〈実は、作者のご近所には問題児一家がおりまして。自分が把握しているだけでも、その御宅は三回も警察の厄介になっております〉
〈そして、その家の人間は全員、しょっちゅう近所でロケット花火で遊んでいることでも有名でして。まあ、そういうことですね〉
作者「まあ、今まで遭遇してきた厄介客とか、色々な事件に比べれば大したことじゃないよな。もちろん、腸は煮えくり返っているがな」
〈その時、ふと、開業時の記憶が思い起こされました〉
〈あれは十四年前。GW明けに、作者のお店は開業しました〉
〈そこで、味わった厄介客の洗礼〉
■(場面転換 居酒屋万業 夜)
〈あれは、開業してから半年くらい経過した時のこと〉
〈その日は常連のお客様も来られず、このままボウズになるんだろうな、と、カウンターで一人、黄昏ておりました〉
〈その時、一人のご年配の男性客が来店されました。恐らく七十代くらい〉
作者「いらっしゃいま……」笑顔で立ち上がる。
客「おい、てめえ、ビールだ!」目が合うなり、突然、怒鳴って来る。
〈それは、今後、凄絶な戦いを繰り広げることになる厄介客とのファーストコンタクトの瞬間だった〉
〈そのお客は初対面の作者に『てめえ』『お前』『貴様』と注文する度に呼び方を変えて怒鳴りつけて参りました〉
〈最初は、頬に傷のある経歴の持ち主の方なのかな、と、内心ビクビクしていたのですが〉
客「オレは元市役所の職員だ! 恐れ入ったか、てめえ!」
〈聞いてもいないことを突然怒鳴り始め、ようやくそれが本物の厄介客だと認識するに至りました〉
〈何故、市役所職員であったことを、そんなに誇らしげに宣言するのか。きっと、彼にはそれしかないんでしょう。この性格では友達の一人もいないんでしょうな〉
〈その後、なにかと作者に食って掛かって来る厄介客〉
〈ある時、唐突に昔話を始めたので、作者が適当に相槌を打っていたら〉
客「オレの過去にずかずかと入って来るんじゃねえ!」
〈と怒鳴り始めたり〉
客「オレは娘と孫と同居してんだ。孫は近くの幼稚園に通っている〉
〈という話をされるものですから〉
作者「ああ、その幼稚園でしたら、最近、茶話会でよく使っていただいております。もしかしたら、お孫さんと娘さんも当店に来られたかもしれませんね」
客「オレの孫と娘がこんな店に来るわけがねえだろうが!」
〈どないせえっちゅうねん〉
〈それからも、そのお客の暴走は続きます。不運なことに、その日に限って、他には誰もお客様が来なかった為、作者は閉店までカウンターに居座り続けた厄介客から暴言を浴びせかけられるはめに〉
〈お願いだ。誰か教えてくれ。この地獄はいつになったら終わるのだ!?〉
〈その時は真面目に心の裡で悲鳴を上げておりました〉
〈初の厄介客に遭遇し、閉店後、作者は相当疲れ果ててしまいました〉
作者「まさか、あんなにくそみそ言っていたんだから、二度と来ないよな?」ベッドに横たわりながら。
〈しかし、地獄は翌日も継続することに〉
〈開店するなり、昨日の厄介客が再びご来店。そして、二日連続で他のお客様がいらっしゃらないという不運が続いたのです〉
〈二日目だから、相手の態度も軟化しているだろうと思ったのですが、所詮、厄介客は厄介客のまま。むしろ、馴れ馴れしさも加味されて昨日よりも鬱陶しさが倍増しておりました〉
〈これはダメだ。我慢出来ない〉
〈そう思った作者は、前日、一つだけ対応策を講じておりました〉
〈それとは、カレーの仕込み大作戦である〉
〈作者は厄介客が居座り続けている間、ただひたすら玉ねぎを炒めました。それこそ、ここが居酒屋ではなく、本当はカレー屋なのでは? と思うくらい玉ねぎを飴色になるまで炒め続けました。しかも大量に〉
〈厄介客がカウンターから何かを話しかけてきても、明日のランチの仕込みがあるので、と対応し、ガン無視を決め込みました〉
〈注文だけは笑顔で対応し、雑談に対しては完全に拒絶の態度を示しました〉
〈その後、その厄介客様は何かを察し、ビールを三杯だけ召し上がった後、お帰りになられました〉
〈以後、幸運なことに、その方は二度と現れることはございませんでした〉
〈ここで作者が申し上げたいこと。それは〉
〈厄介客が現れた翌日の当店でお出ししている手作りカレーは、とても美味しいということです〉
〈何しろ、飴色にまで丁寧に炒めた極上の炒め玉ねぎをふんだんに入れておりますからね〉
〈ここで、お客に対してなんて態度だ、と思われる方もいらっしゃるかもしれません〉
〈ですが、自分は何も間違った対応はしていないと思っております〉
〈何故なら、お客様は神様ではないんですから〉
〈お客は店を選ぶことが出来るが、逆に、お店もお客を選ぶことが出来るのです〉
〈無礼と我がままに付き合う必要はない、と、今では確信しております。故に、現在、そのような無礼な態度をとる方の来店はお断りしている状況です〉
〈厄介客に泣き寝入りする必要はない。これだけは断言しておきましょうか〉
〈さて、今回はこの辺で〉
〈次回は調理師の鉄板ネタや調理師あるあるを語りたいと思っております〉
〈少々ネタばらしをしておきましょうか〉
〈食べるのは弟からじゃなく、兄貴からなんやで〉
〈一応、こちら、調理師用語になっております〉
〈次回もお付き合い下されば幸いです〉
〈ではでは〉
━第一話 了━