「サラじゃん!何しに帰ってきたのー!?」

不躾に声をかけてきたこの女、幼馴染みのマリナだ。

「うん、ちょっとね……」

「だってサラ、東京で仕事してたんでしょ?なんで実家にいるわけ?」

「少し、用事があって……」

私とマリナはお隣同士。ただそれだけで、特別仲がいいという訳ではない。
むしろ私はマリナを嫌っていた。
肥満体に派手な化粧と服装。お世辞にも美人とは言えないが、彼女は自分をセクシーな美人だと思い込んでいた。醜い肥満体も、彼女に言わせれば男好みする巨乳らしい。

「もしかして、リストラ?」

「違うよ!そういう訳じゃ……」

「その慌て方!絶対リストラっしょ!わかるわ~、アンタ昔からなぁ~んにも出来ないもんね!役立たずだから首切られたんでしょ!」

「だから違うって……」

マリナはいつもこうだ。私を見下して、人の話を聞かず勝手な想像で悪口ばかり言う。

「30にもなって会社首になって、それで実家に戻ってきたんだ?せいぜい親に寄生するこどおばにでもなってね~!」

そう言い捨てると、マリナは自分の家に入っていった。だからリストラじゃないって言ったのに。
それに、マリナだって働いているはずなのに実家に戻っているじゃないか。
私は深いため息をついて実家の門をくぐった。

マリナとの最初の思い出は四歳の頃。母親と二人で我が家に遊びに来ていた。ずかずかと私の部屋に入ると、一番のお気に入りだった人形を手にした。

「サラちゃん、このお人形ちょうだい?」

「ダメだよ!それ大事なやつだもん」

「いいじゃん!ケチ!くれないんだったらママに言いつけてやる!」

マリナはすぐに他人のものを欲しがる性格だった。
ママに言いつけるの言葉が怖くて、結局お気に入りの人形を譲ってしまった。
これをきっかけに、マリナはどんどん図々しくなっていった。

小学校に上がってからも、彼女の「ちょうだい、貸して」は続いた。
消しゴム、カラーペン、お気に入りのシール。どれも小さなものだったが、私にとっては宝物だった。
それを平気で「貸して」と言っては勝手に持っていき、返してほしいと伝えると「逆らったら仲間外れにする」と脅すのだ。
私は気が弱かったので、報復が怖く逆らえずにいた。

小中学校と「貸して攻撃」が続いたが、高校は別々の進学先だったので交流も少なくなった。
しかし、時折顔を合わせると人の服装、持ち物を舐めるように見つめ、お決まりのあの台詞を吐いた。

「サラ、その服どこで買ったの?可愛いから今度貸して」

「これはバイト代で買ったお気に入りだから……貸せないよ!」

「いいじゃん、友達でしょ?あたし今度の日曜出掛けるからその時に借りるね!」

「でも、サイズが合わないんじゃ」

「うるさいな!自分の方が痩せてるって言いたいの?まあサラの貧乳と違って、あたしの巨乳じゃちょっとキツいかもね!」

「とにかく、これは貸せないから!じゃあね!」

私は強引に話を切り替えると、足早に自分の部屋へと駆け込んだ。
日曜日、私はバイトの早番だったので朝早くから家を出ていた。帰宅すると、例の洋服がなくなっていた。

「お母さん!私の洋服は!?」

「ああ、昼間マリナちゃんが来て、サラが貸してくれるって言うから渡したわよ」

「嘘でしょ……」

彼女は私がいない間に上がり込み、母親を騙して洋服を持っていったのだった。その後、なんとか頼み込み返して貰ったが、彼女の肥満体を無理矢理ねじ込んだ服は無惨なほどに変形していた。

何度もマリナと縁を切りたいと思ったが、隣同士で親達の交流もあるため、口に出せずにいた。近所付き合いにヒビを入れたくないし、やたら外面のいいマリナは私の母親に愛想よく接していた。
そのため、母はいつも「明るくて感じのいいマリナちゃん」と言っていたものだ。

「お隣のマリナちゃんはあんなに元気でいい子なのに、どうしてアンタはこう根が暗いかね!」

と、小言も言われたものだ。
こんな調子で、私が社会人になって家を出るまでマリナとの腐れ縁は続いていたのだった。

「ただいまお母さん」

「おかえりなさい。マリナちゃんいなかった?」

「うん、今話してた。ねえ、マリナって働いてるんだよね?」

「確か、東京で女優やってるみたいだけど?」

確かにマリナは、小さな劇団の役者になっていた。昔から目立ちたがり屋だったので、将来は芸能人になると豪語していたものだ。中学生の時から、アイドルオーディションや美少女コンテストに片っ端から応募していた。
もちろん合格できる容姿な訳がない。どのオーディションも書類落ちだった。

その度に合格者に対して「あの子が受かったのは裏金を積んだから!出来レースで合格したずるい女!」と負け惜しみを言っていた。

大学を中退してから劇団員の仕事を始めたが、端役レベルの彼女が役者一本で稼げるはずもなくコンビニバイトと平行で続けていた。
しかし、ごく稀に帰郷して同級生と会った際は

「あたし東京で女優の仕事してんだよね~!歩いてたらスカウトされちゃってさ!」

と馬鹿げた見栄をはっていた。

「マリナちゃんはしっかり華やかな仕事をしてるっていうのに、どうしてアンタはこう冴えないかねぇ」

私の仕事は小さな会社の事務だった。しかし体を壊してしまったため、退職してしばらくは実家で身を休めることにしたのだ。調子が戻ったら再就職する予定だ。

「マリナ、どうして実家に帰ってるんだろう?」

「たまたま戻ってきただけでしょ?それより、いつまでも実家にいないで早く新しい仕事見つけなさいよ!」

「はぁい……」

しばらくは実家でゆっくりする予定だったが、マリナも帰郷しているとなると憂鬱だ。ずっといなければいいのだけれど……。

私の悪い予感通り、マリナは実家にいるようだった。
出来るだけ接触を避けていたが、ある時たまたまマリナと鉢合わせしてしまった。
隣には、パッと見マリナより10歳以上は上だろうか?40代半ばほどの男性が立っていた。特別かっこいいわけでもない、ずんぐりとした冴えない男だ。

「こんにちは……」

私はとりあえずその男性に挨拶した。

「ちょっとぉ、なに色目使ってるわけ?」

「色目って、ただの挨拶でしょ?」

「あたしの婚約者に気安く話しかけないでよね!」

「婚約者?」

「そう、うちら結婚するの!あ、サラはまだお一人様だもんね。今も彼氏なしでしょ?ていうか、彼氏いたことあったっけ?」

「その話は今いいでしょ」

「よかったら紹介してあげよっかぁ?あたしのお古でよければ!アハハ!」

「ちょっとマリナ、やめてよ……」

どうして初対面の男性がいる場面でこんな話をされなければいけないのか。いや、婚約者がいるのにお古(元彼)の話をするマリナもどうかと思うが。

マリナは学生時代から男が途切れないタイプだった。こんな容姿だが、積極的な性格と男受けする体つきを武器に次々と彼氏を取っ替え引っ替え楽しんでいた。
その度に、彼氏がいない私を非モテだの喪女だの馬鹿にしながら嘲笑っていたのである。
しかし、学生時代の彼氏に比べ婚約者は随分と地味なようだ。

「とにかく、結婚おめでとう。それじゃあね」

私は早々に会話を切り上げた。それにしてもマリナの婚約者、終始黙っていて随分寡黙な印象だったな。

そういえば中学の頃、マリナに好きな人を聞かれたっけ。
あくまでも軽い憧れ程度だと前置きして意中の相手を伝えたら、その直後にマリナが意中の彼と付き合いだしたのだ。
どう考えても、私が片思いしている相手だから当て付けに付き合い出したとしか思えない。それを裏付けるように、卒業したらマリナはあっさり彼を捨てた。
マリナは彼が好きだったのではなく、私の片思いを邪魔したかったのだ。
またしても嫌な記憶を思い出してしまった。

翌朝、母にマリナの結婚話を振られた。

「そういえばマリナちゃん結婚するんだって?」

「知ってる。昨日婚約者さんといるところ見たもん」

「相手の人ね、アルバイト先の店長さんなんだって」

「ふぅん。それにしても随分年が離れてるね」

「ああ、うん……」

母は歯切れの悪い返事をすると、それ以上は話さなくなった。その理由はすぐに判明した。マリナはデキ婚だったのだ。
その上相手は既婚者。相手の奥さんとは散々揉めたそうだが、結局離婚。
子供が出来た責任を取る形で、結婚するという。

「呆れた。相変わらず人のものが欲しくなる性分なんだ」

略奪婚だがマリナはちっとも悪びれていない。慰謝料の支払いもあるようだが、マリナ曰く彼も彼の実家も金持ちだから問題ないと。

「とりあえず産むまでは実家の世話になって、赤ちゃんが産まれたら新居探すんだ~」

と呑気な様子だ。まあ子供が産まれれば実家から出て行くようだし、私も体の調子が落ち着けばまた一人暮らしを再開する予定だ。
あと少し我慢すれば、マリナとはまた離れられるだろう。

数ヵ月後、マリナは男の子を出産した。

「ハルトで~す!可愛いでしょ?どうせ喪女には産めないだろうから、好きなだけ見ていいよ!」

と言いながら、子供を見せつけに来ることもあった。
ところがしばらくして、ぱったりとマリナ一家の姿を見かけなくなってしまった。

「そういえば子供が産まれたら新居探すって言ってたし、もう実家では暮らさないのかな?」

そう思っていたが、マリナが姿を消した理由は意外なものだった。
息子のハルトが生まれつき難病を患っていたのだ。産まれてから数ヶ月後異変に気づき、検査の結果病気だと判明したという。入院手術が必要になり、マリナはその対応に追われているというのだ。

手術は何回も行い、その度に費用がかかる。ただでさえ旦那さんの元奥さんに慰謝料を払わなければならないのに、子供の入院治療費までかかっているのだ。

元々マリナはフリーターだったし、その上浪費家だ。貯金もほとんどなかった。
妊娠と同時に劇団員もコンビニのバイトも辞めている。
旦那さんの実家は裕福らしいが、今回の不倫と離婚の件で実家もいい顔をしていないという。

更に不幸は続くもので、今度は旦那さんの横領まで発覚してしまった。何度か売上金を誤魔化し、それをマリナに渡していたというのだ。
当然仕事は首になり、本部から訴えられている最中だという。

「まったく、人のこと首だなんて馬鹿にしておいて、自分の旦那がそうだったんじゃない」

そんな矢先、なんと私の元にマリナがやってきた。

「お願い!お金貸して!このままじゃハルトの治療費も払えないの!」

「貸してって、身内でもないのに貸せるわけないでしょ?」

「だって旦那は仕事首だし本部からも訴えられてるし、それに慰謝料だって払いきれてないんだよ!?」

「それは全部そっちの責任でしょ?私は関係ないもの」

「うちの子、まだ赤ちゃんなんだよ!?赤ちゃんが可哀想だと思わないの!?」

「そりゃ子供に罪はないけど、だからといって私がお金を貸す義理なんてないよ!そうやって昔から人のものばっかり頼って、こんな時まで来ないでよ!」

私は今まで積み重ねてきたモヤモヤを吐き出すかのように、マリナに言い返した。

「マリナがこうなったのは全部自業自得!絶対助けてあげようなんて思わないから!さようなら!」

その会話を最後に、私は実家を出た。新しい就職先を見つけたのだ。
しばらくして聞いた話だ。
マリナは一応あの旦那さんと別れずにいるようだが、慰謝料や治療費に追われ毎日ボロボロだという。
たまたま母が見かけた時は、病気で青い顔をするハルトに何度も怒鳴っていたという。

「お前のせいで!この出来損ない!お前なんか産まなきゃよかった!」

マリナはこの先もずっと、難病の息子を育てなければいけないのだ。金銭的な負担に追い詰められながら……。
人のものばかり欲しがっていたマリナだが、その裏には私も含め多くの被害者がいた。
もしかすると彼女は、今まで関わった人の不幸まで「貰って」しまったのかもしれない。

強欲デブス女の転落人生

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