真優華(まゆか)は背伸びをしながら、のほほんとした調子で店長の方を向いた。
うーん・・・・・・来ないねぇ参加者
真優華(まゆか)は背伸びをしながら、のほほんとした調子で店長の方を向いた。
そうだなぁ、せっかく広い場所借りれたのになぁ
安物のパイプ椅子に腰掛けた、年の頃三十代半ばと言った若い店長は、溜息混じりに隣に佇む真優華と苦笑する。
二人がいるのは、広めの複合イベントホールの一室だった。
イベントホールは幾つかの細かな部屋に分かれているが、三部屋ある大催事場うち一つを運良く借りれたものの、だだっ広い大部屋にいるのは、店長と真優華、そして十数人の男子のみ。
開けっ放しになっている扉の向こう、残り二つの大催事場は、このイベントホールでは週末の日常風景といっても過言ではない、同人誌即売イベントとコスプレイベントの会場と化していた。来訪者は普通の格好をした人が半分、コスプレイヤーが半分といったところ。
向こうさんはいいよねー、もう大盛況ってカンジ
真優華もコスプレしたら似合うんちゃうか? 衣装もってこればよかったのに
店長は女子大生らしさを漂わせながらも、大人の妖艶さを徐々に纏わせつつある、真優華のモデル級の肢体を見ながら、からかうように言う。
あははー、家にはあるんですけどねぇ。今日の私はそういうイベントじゃないし
真優華は、自分たちが借りているホールの中へと視線を戻す。
そこには、特大サイズといっても過言ではない、白と青と赤の部材で色分けされた、ミニ四駆の五レーンコースが鎮座していた。
壁掛け時計の短針が、頂点を過ぎようかという刻限。たまたま空いていた大催事場の一室を借りて、午後から開かれる予定のミニ四駆走行会は、なかなか人が集まりそうにない。
いきますよ-、いち、にぃ、さんっ!
ぱしぱしぱしっ、ぱしぱしっ・・・・・・
友姫乃(ゆきの)は笑顔でポーズを決め、無数の一眼レフカメラの連続シャッター音を、正面から気持ちよく浴びていた。
今日の衣装は作ったばかり、新作アニメ『魔法神導うかの★みたま』の主人公。友姫乃が原作マンガの初巻から大好きな作品だ。
出来映えのほうは、ギャラリーやコスプレ仲間からはおおむね好評。この、好きなキャラクターになりきれる一体感がたまらない。
さてと、ちょっと見て回ってから着替えて帰ろ
コスプレ撮影会の会場となっているホールから離脱した友姫乃は、ロビーで背伸びしてから、再びイベントホールの方へと向かう。施設内ならコスプレ衣装のままでも闊歩して構わないことになっていた。
即売会は午前中のうちにだいたい見たしな・・・・・・こっちは何だろ?
友姫乃は、残ったもうひとつの大催事場の方を覗いてみた。
うわっ!?
途端、足下に何かが音を立てて、勢いよく右足へとぶつかってきた。カコン、と音を立てて衣装の白いブーツに足止めされているそれは、小さな模型の車のようだった。
あ、ごめんごめん。痛くは・・・・・・なさそうだね
にこにこ笑いながら、自分と同じ歳ぐらいの女性がそれを拾いに来る。唖然としている友姫乃の足下から、女性はひょいっ、と小さい車を拾い上げた。
びっくりさせちゃったねー、ごめん。あっちのイベントの参加者?
女性は、激しくタイヤが回っている模型の車のスイッチを切りながら、友姫乃に謝る。
おいおい、ぶっ飛ばしすぎだぜ真優華ちゃん。車止め飛び越えるとかどんだけだよ
いーのよ、今のでだいたい速度域分かったから。後で見ときなさいって☆
奥から聞こえる男性の声に、真優華と呼ばれた女性は、ウインクしながらも威勢よく言い返す。
大学二年の友姫乃と同じぐらいの歳だろうが、同姓の友姫乃から見ても、かなりインパクトのある美人。わずかに友姫乃よりも背は高く、そしてひと回り線が細い感じがするが、しかし何というか、芯の強そうな雰囲気がある。
あの、ここのイベントって・・・・・・
おそるおそる真優華へ尋ねる友姫乃。
あ、こっちはね、これからミニ四駆の走行会やるんだよ・・・・・・って言っても、わかんないよね?
真優華は、手に持った自分のミニ四駆、黄色ベースに塗り分けられたシャドウシャークを両手で掲げ持つように友姫乃へと見せた。
モーターと電池で動く、小型の車のプラモデルなんだよ
へぇえ、これ、ラジコンとは違うんです?
うん、ラジコンと違ってミニ四駆は遠隔操作ができないから、延々と前に走っていくだけなんだよ。だから
友姫乃は、イベントスペースの方へと視線を向けた。
ああいう、フェンスが付いた専用のコースの上で走らせて、スピードを競う遊びなんだよ
イベントスペースに大きく広げられたコースを見て、友姫乃は息をのむ。遊びといっているが、実に本格的というか、車の小ささからは想像できないほど、スケールが大きい遊びのようだった。
す、すごいですね・・・・・・
あ、よければやってみる?
真優華はにぱっ、と清々しいほどの笑顔を作って見せる。
が、友姫乃にはその笑顔が、まるで獲物を捕まえた猛獣ような表情に見えるのは気のせいだろーか・・・・・・?
え、でも私触ったこともないし・・・・・・
いーからいーから! 格好もそのまんまでいいし、マシンもレンタルできるし、レース体験だけでもさあさあ
え、わ、ちょっとその・・・・・・
真優華は友姫乃の後ろへと素早く回り込むと、友姫乃の背中を押すようにしてイベントホールへと押すように入ってゆく。
店長ー、この魔法神導うかの★みたまのお姉さんも参加でお願いしまーす
え、分かったんですかこの衣装のキャラ?
もち、毎週欠かさず見てるし。原作はいまレンタル屋で借りて読んでる最中だけど・・・・・・それにしても衣装よくできてるわねー、すっごく似合ってるし
真優華は友姫乃を褒め殺しながら、友姫乃を押して店長の元へと戻ってきた。
あのな、参加でおねがいしまーす、やなくて強引もええとこやないか・・・・・・どないしますお嬢さん? そこの見境の無いねーちゃんは置いといて、自分で決めればええですよ
一部始終を見て、完全に呆れた様子の店長は、友姫乃へ促すように尋ねる。
だぁれが見境のないねーちゃんよ! いくら店長でも怒りますよッ!
って言いながらもう怒っとるやないか、瞬間湯沸かし器かおまいは。そんなんやから中学高校大学と、毎度彼氏に逃げられるねん。ちっとは学習せい
キィーッ! 傷心したての乙女の傷口に塩塗るようなこと言うなんてーッ!
両手を腰に当てて言い寄る真優華と、負けじと言い返す店長の様子を、面白いように見る友姫乃。
時間も余ってますし、もし参加してよいのなら・・・・・・
あまり大きな声とはいえなかったその一言を聞き止めた瞬間、真優華の動きはピタッと止まる。そして再び、にぱっと清々しいほどの笑顔を友姫乃に向けた。
よぉしっ、決まりぃっ!
時計の針も頂点をすっかり回り、いよいよミニ四駆大会が始まろうとしていた。
飛び入り参加の友姫乃を含めても、参加者は合わせて三十人と少しといったところだろうか。どうやら、結局ほとんどが店長の店の常連らしい。
市販五レーンの大型コース、今日びなかなかお目にかかれないんだけどねー、告知が不十分だったんかな
こんな四国の端っこにそうそう来んやろう・・・・・・かくいうこっちも、大橋渡ってここまで来とるんやから。乗りあわせで来てくれた常連連中に感謝やな
え、真優華さんと店長さんは、地元の方じゃないんですか?
店長と真優華の会話を聞いて、隣にいた友姫乃は二人へ聞く。
あ、私は実家が本州なんだけど、大学はこっちだから今は下宿してるんだよね・・・・・・そんでもって、店長のお店は私の実家の近くで、私は子どもの時からの常連さんなわけよ
真優華は手をぱたぱた振る。
友姫乃は、学部は違えども真優華と通っている大学と、さらに学年までも偶然同じだったのをさっき聞いたばかりだが、それで真優華も地元出身と早合点してしまっていたことに気づく。
市販五レーンのコースを手に入れたはいいけど、こっちは安くて広い場所がないから、どこかないかと聞いたら、まさかの大橋越えやからな・・・・・・ま、確かに安いし広いけどな。
で、友姫乃ちゃんのマシンはどないするねん真優華?
店長は真優華に促すと、真優華は自分のピットボックスの下段から、一台のマシンを取り出した。
だいじょーぶよ、私のサブマシン貸しとくから・・・・・・はい友姫乃ちゃん、今日はこれで参加していいよ。いいよね店長?
おう構わんよ。友姫乃嬢は初心者中の初心者だし、今日はとりま、そのマシンでレースの面白さを体験してもらえればええんちゃうか
厳密なミニ四駆公認競技会では、年齢性別の無差別級に当たるオープンクラスに関しては、自作マシンにて参加することが義務づけられているが、非公式レースの場合は主催者の権限によるローカルルールを、公認競技会規則よりも優先する形で適用できる。
友姫乃は、真優華が差し出した赤色のライキリを受け取る。
思ってたより、軽いんですね
ミニ四駆はもっとずっしりと思いものだと想像していたが、思っていたほど重くはないことに、友姫乃は驚く。
あー、それまだ電池入ってないから・・・・・・ま、そのライキリもこっちのシャドウシャークも、私のマシンは基本すべてサスマシンだからね。他の参加者のマシンよりは多少軽いんじゃないかな
真優華は自分のマシンについて解説しながら、同時に電池とスイッチの入れ方やボディの取り扱いなど、基本的なミニ四駆の使い方をレクチャーする。
・・・・・・あんだけ楽しそうな真優華、久しぶりに見たな
嬉々とした表情で、友姫乃へレクチャーを続けている真優華を見て、店長は心の中でそっとつぶやく。
女性の場合、配偶者や子どもの付き添いとして公認競技会や非公式のミニ四駆大会の会場に来ることも多く、三レーンの店舗レースで十分な経験値を積んで、満を持して公認競技会に参加するような、いわゆる叩き上げのレーサーなど、全体的には少数派。
友姫乃のように、右も左も分からずに会場へとやって来る者も少なくないのだ。
そのため、自作ではないマシンで最初はレースの体験をしてもらって、そこから本格的に興味を持ってくれれば御の字、というのが店長の考えだった。実際、そのような経緯でミニ四駆に興味を持ち、ついにはトップレーサーにまで上り詰めた女性レーサーを、店長は何人も知っていた。
ま、あの子のマシンなら間違いはないだろうけどな
練習走行へと向かう真優華と友姫乃を見ながら、店長は声に出して誰にともなくつぶやく。
興味を持ってもらうための鍵となるのは、最初にある程度の成功体験が必要と考えていたが、ああ見えて店舗常連の中では、ずば抜けた実力を持つ真優華のこと。その点は心配していない。
さ、ここがスタート地点にしてゴール地点だよ。
スイッチを入れて、そこにあるシグナルが青になったら、そっと手を離してマシンをコースの上に置くと、あとは勝手に走っていくから。で、最初に置いたレーンにマシンが帰ってきたらゴールイン。簡単でしょ?
真優華は、自分のマシンにスイッチを入れる。友姫乃もそれに合わせて、初めてミニ四駆のスイッチを入れた。
モーター音とともに、右手にしっかりと振動が伝わってくる。まるで生き物のようだ。
友姫乃はコース脇に置いてある、いかにも手作りとおぼしき、小さなシグナルランプをじっと見る。
ぴぃー!
いささか安っぽいブザー音とともに、スタートシグナルが赤から青に変わる。同時に、友姫乃は右手に持ったライキリを静かに離す。
おー、うまいうまい。友姫乃ちゃんいいスジしてるよ
真優華もスタート技術にはそれなりの自信はあるが、その自分とほぼ同時のタイミングでマシンをコースインさせた友姫乃へ、感心したように声をかける。
さすがに速いなー、安定してるし・・・・・・
周囲の男性陣から驚嘆の声が上がる。友姫乃にはどのぐらい速いのかよく分からないが、貸してもらった赤いマシンは、目で追うのがやっとなぐらいの猛スピードで、コースを駆け抜けている。
中盤で赤色の坂のようなアップダウンセクションに差し掛かるが、ここも猛スピードながら這うようにしてピタッとクリア。真優華のマシンに少し遅れる形ながら、あっという間にコースを五周して、ライキリは友姫乃の手元へ帰ってきた。
さ、帰ってきたら自分でマシンをキャッチね
え、は、はい・・・・・・あわわ
真優華は、慣れた手つきでスター地点でマシンをキャッチ。一方の友姫乃は、待ち構えてはいたものの、あまりのスピードに取り損ねてしまった。
ま、なかなか慣れないと取れないわなぁ。これ使ってみ
横手から、店長が緑色のスリッパのようなものを友姫乃に貸す。六周目を走ってきたマシンを、今度はスリッパのような形をしたキャッチャーの中にうまく納めた。
うん、大丈夫そうやな・・・・・・ほな、そろそろ始めよか
えー、皆さん今日はよくお集まりいただきまして、ありがとうございます。
今回はお店から出張という形で、この広い会場で走行会を開催させていただくことになりました。会場を確保してくれた、真優華嬢にまずは皆様拍手!
言いながら店長が拍手をすると、ぱちぱち、と参加者からも拍手が起きる。
で、今回のコースですが、まさかの市販用五レーンを三セット分という、実に豪華なシロモノとなっておりますので、思う存分楽しんでいただければと思います・・・・・・中身は子どもで身体は大きいお友達の諸君、くれぐれも高いコース壊すんやないぞー
店長の開会宣言に、参加者から今度は軽い笑いが起きる。
今回のレースですが、最初に予選を行い、その後で決勝を行います。
予選は、スタート位置に一列で順番に並んでもらい、並んだ順から五名ずつ一ヒートで対戦してもらいます。
勝った人には、最初に配ったエントリーカードにハンコ押しますので、先着順で先にハンコを三つ集めた五名が、決勝に進出です・・・・・・
ま、よーするに早いモン勝ちで先に三勝した五人が決勝に進める、というこっちゃ。
コース内のスロープセクションやけど、これは三レーン用のスロープセクションをぶった切って、二個繋げて無理矢理五レーン用にしたものやから、途中で壊れても文句は受け付けへんで。重ねて言うが踏んで壊すんやないぞ
店長も途中から丁寧な説明が飽きたのか、後半部がざっくりな説明が終わると、早速レースが始まった。
やったー!
友姫乃は、先頭でキャッチしたマシンを右手に持ち、飛び上がって喜んだ。
はい、これで二つめと・・・・・・お、友姫乃ちゃんリーチやな。ほれ男性陣も頑張らんとあかんでー
くぅ、さすがに強えぇ・・・・・・モーターもう一段上げてみるか・・・・・・うーん
負けてしまった男性参加者は、ぶつぶつ言いながらもピットに戻っていく。
友姫乃が持つ画用紙に印刷されたエントリーカードへ、店長は二つめのスタンプをぺこっ、と押す。これであと一勝。既に真優華はいの一番で勝ち抜けており、残る決勝進出枠は二名。
列が順調に捌けて、すぐに友姫乃の番が回ってきた。コースは四コース。
はい次のレース、シグナルに注目
ぴぃー!
ブザーとともに、スタートシグナルが青に変わる。友姫乃は赤いライキリを一番手でコースインさせた。
おっ、先頭は友姫乃選手の・・・・・・とゆーかレンタルマシンのライキリ。えげつないなーこのレンタルマシン、一体誰が作ったんや~?
はいはーい
実にわざとらしい店長の実況に応えた、威勢のいい真優華の声は、お約束通りのスルー。そこを目くじら立てて突っ込むような、無粋や輩はこの会場にはいないのだ。
さてレースは二周目、おっとバーニングブリッジで二コースのアビリスタが逆転、これは面白い展開になってきたぞ
角度は浅いとはいえ、傾斜のあるバンクを登りながらレーンが変わるしくみの、バーニング型レーンチェンジでは減速は免れない。友姫乃のライキリは、レーンチェンジの隙に逆転を許してしまった。
三周目、おっと再び追い上げてきた四コース、二コースに並んできたぞ
旋回性能では互角だが、直線の伸びで上回る友姫乃のライキリは、二コースのアビリスタとの差を徐々に詰めてゆく。
がんばれ、がんばれー
友姫乃は、懸命にコースを駆けるライキリを見守る。
・・・・・・楽しいな、これ。
自分が操るわけでもなく、ましてや今回は友姫乃本人が手がけたマシンというわけでもなかったが、それでもレースを通じて、友姫乃は見守るライキリが自分の分身のような一体感を感じていた。
コスプレ衣装を身に纏ったときに感じる、あのキャラクターとの絶妙な一体感にも似た、心地よい感覚だった。
横をチラりと見ると、友姫乃より少し年上とおぼしき男性レーサーも、祈るような表情で自分のマシンを見守っている。特にイケメンというわけでもないが、男性レーサーのそのたたずまいからは、男性らしい精悍さがにじみ出ている。
・・・・・・これが自分の手で懸命に作り上げたマシンなら、もっと愛着もわくんだろうなー。
さあファイナルラップ! ここで来たぞ来たぞ四コースのライキリ、二コースを逆転! そのまま逃げきってファイナル進出か!?
友姫乃が漠然と考えているうちにレースは五周目、ファイナルラップ。
二コースのアビリスタをストレートで抜き返すと、リードを保ったままスロープセクションも攻略、車体一台分の差を守って、四コースのゴール地点に戻ってきた!
はいゴールイーン! 勝ったのは四コース、リーチがかかっていた友姫乃選手が決勝進出! いやぁ魔法神導うかの★みたま強い、みんなも次はこの衣装でやると勝てるかもしれんなー
無理
俺たちそれ着たら・・・・・・うわっ、きも
メタボにその衣装はキツいっすわ~、サイズ的な意味で
いやサイズ的以前の問題やろ
負けた男性レーサー一同の突っ込みを聞きながら、店長は、友姫乃のエントリーカードに三つめのスタンプを押した。
今回の大会、友姫乃以外はそれなりに経験者が集まったためか、スムーズに大会が進行し、予選レースを順調に消化。決勝進出の五人は割と早い時間に決まった。
ぺこっ、と・・・・・・はい、ここで最後のファイナル進出者が決まりましたので、予選終了となりまーす
店長は、最後に勝ち抜いた男性レーサーのエントリーカードにスタンプを押すと、予選の終了を宣言した。
さてさて、ファイナル進出者はこちらの五名、もうちゃっちゃと決勝戦を始めてしまうで、ええか?
会場の参加者からは、いよっ、という声とともに拍手が起きる。異存はないようだった。
け、決勝って、どうすればいいんでしょう・・・・・・?
友姫乃は、おそるおそる真優華に聞く。
へ? あぁ、戸惑うのも無理はないよね。予選も決勝も、レース自体は同じだから、何も変わったことはないよ。今回は電池の交換もないし
真優華は、きょとんとした表情で友姫乃を見ながら答えた。
決勝進出、一コース! 外見にだまされる男性陣、この会場にはいなさそうやけど、きれいな薔薇にはトゲがあるというかありすぎや、山崎真優華選手ッ
まぁた失礼な新ネタ考えてきましたね店長ッ・・・・・・って、いつもことだからもう慣れたけど
どーもどーも、トゲありすぎの真優華でーす。トゲに刺されたいイケメン君は前に出えや
一歩前に進み出る真優華と、ずささ、と音が立ちそうな勢いで一歩引く、予選で負けてギャラリーと化した男性参加者。
はいはい、毎度お約束の反応どうもでーす。みんないい人だよねー。イケメンには程遠いけど
ほっとけ!
投げやりを越えて、ほとんど棒読みの台詞を投げかける真優華と、突っ込みを入れる参加者。ひどい扱いのようにも見えるが、店長も真優華も参加者も、目が笑ってる所からも、どうやら恒例行事のようなものらしい、ということは友姫乃にも何となく雰囲気で分かる。
ほんの些細な所でも、ちょっとした遊び心を入れてしまおうというあたり、限られた時間をうんと楽しんでやろうというのが伺えた。
四コース! 初参加ですが大いに楽しんでもらっているようで、店長としてはホっとしております、魔法神導うかの★みたま、小崎友姫乃選手!
二コースと三コースの選手紹介があった後、次に友姫乃が紹介された。照れくさそうに前へ出ると、参加者から拍手と
がんばれー
可愛いぞー
作り主負かしたれー
と野太い声援が飛ぶ。
五コースの選手紹介が終わると、五名はそれぞれスタート位置につき、マシンのスイッチを入れる。五台のマシンのモーター音が響いた瞬間、会場は選手紹介までの、ほんわか気味の雰囲気から一転、ほのかな緊張感が波のように広がっていく。
が。
さぁ、
そしてさぁ、
さらにさぁ、
またまたさぁの、
もういっちょさぁで、
おまけにさぁから、
トドメにさぁ決勝戦、シグナルに注目!
さぁ言い過ぎ
わざとしか思えない、さぁの連呼に、呆れて突っ込む参加者一同。緊張した空気が一瞬にして弛む。
何言うねん、公式の実況やて、一ヒート平均でサバ読みざっくり十二回ぐらいはさぁさぁ言うもんなんやで。最初にしこたま稼がんと回数追いつかんやないか
そこ張り合う必要むしろないから! さぁ少ない方がいいから!
真優華が店長に突っ込んだ瞬間、
スキあり!
ぴぃー!
店長は真優華の注意が逸れた一瞬を狙い、シグナルスイッチを押す。シグナル音と同時に、四台のマシンは一斉にコースイン。真優華のマシンが店長のさぁ作戦(?)にハマり一瞬出遅れる。いよいよ決勝戦が始まった。
いざスタート決勝戦、おっと一コース山崎選手のシャドウシャーク出遅れてしまったが、一体何があったのか
店長グッジョブ
グッジョブぢゃなーい!
にこにこと一斉に親指を立てる常連に、力いっぱい突っ込む真優華。
しかし、出遅れた真優華の黄色いシャドウシャークは、抜群のスピードで一気に前四台との差を詰めると、一周目のスロープを越えた頃には、早くも四台をごぼう抜きして先頭に飛び出した!
おおっと出遅れた一コース、せっかく仕込んだナチュラルなハンデもあっさり跳ね返されて店長涙目、早々に逆転して先頭に立った! サスだけにサスがに速い、といったところでしょうか
寒ッ!
店長の実況に混じったオヤジギャグに、会場の参加者全員が入れた突っ込みは、ものの見事なハモりを見せる。
いらんとこで変なチームワーク発揮せんでええわい・・・・・・っと、レースは二周目!
先頭は変わらず一コース、二番手はおっと三コースが速いか、すぐ後ろには二、四、五コースが団子状態で続いている・・・・・・こりゃ二位争い、えげつないことになりそうな予感やでー
三周目に入っても、真優華のシャドウシャークは安定した走りで後続を突き放す。ストレート二枚差で三コースのエアロアバンテが追いかけるが、むしろ二位以下との差が詰まってきた。
友姫乃のライキリは、三位を走る二コースのサンダーショットマークⅡを、マシン一台分差で追いかける三位争いを展開している。イン側の利を生かして終盤の逆転を狙える位置だが、素人である友姫乃にそのようなことは分からない。ただひたすら、息を飲んで見守る友姫乃。
ついに突入ファイナルラップ! 先頭は逃げ切り態勢盤石の一コース、そして二位争いは四台ほとんど差がない、これは二位争いの方が面白いことになってきたぞ!
二番手を走っていた三コースと、後続三台との差は徐々に詰まり、ついにマシン一台分差以下にまで迫ってきた。
後半のスロープが勝負所、一コース無事にクリア、そして後続は四台が団子でスロープに突入!
四台がほぼ同時にスロープを登り、四台とも無事にテーブルトップへ着地。中でも友姫乃のライキリと三コースのエアロアバンテは、コースに吸い付くような減速ロスのない見事な着地を披露し、車体半分差ほど後続の二台からリードを奪った。
おおっと、二コース残念もらい損したか、スロープ下りでコースアウト!
下りスロープ、何かに弾かれたような挙動で二コースのサンダーショットマークⅡがコースアウト。
スロープに複数のマシンが同時進入すると、コースへかかる衝撃が強くなるためか、着地衝撃の吸収が不十分だったり、安定性に欠けるマシンはコースアウトしやすくなる。もらい損と呼ばれる現象である。
スロープの着地でリードを奪ったのは三コース、続いて四コースと続いて五コース、終盤でついにわずかな差がついたぞ、果たしてどうなる!?
終盤、残るはコーナーを曲がりゴールインするのみ。そして一コースの真優華の黄色いシャドウシャークが、まず先頭で帰ってきた!
一コースゴールイン! そして二位は・・・・・・
真優華のマシンに少し遅れて、友姫乃のライキリを含む三台が一気にゴールラインを駆け抜ける。僅差の接戦、結果を待つ会場の緊張はほんの一瞬。しかし、その刹那の緊張感が友姫乃には異様に長く感じられた。
・・・・・・二位、三コース! 続いて三位は五コース! 四位は四コース、ほんのわずかやったけど惜しかったな
ありがとうございました、真優華さん
友姫乃はマシンを回収し、真優華の元へと差し出した。
うん、最後は本っ当に惜しかったけどねー、いやいや面目ない
真優華はてへっ、と舌を出して友姫乃からライキリを受け取る。
いえ、すごく楽しかったです、むしろ勝ってしまったら皆さんに悪いような
そんなことないって。非情な言い方だけど、私に言わせれば、所詮はレンタルマシンにすら勝てない程度の腕しかない方が悪いんだから、気にしちゃだめよ
は、はあ・・・・・・
変わらずお気楽な真優華の口調だが、その言葉の奥にシリアスな雰囲気を少し感じ取り、友姫乃は思わず気圧されして、あいまいな相づちを打つ。
さて、レースも終わったところで表彰式を行います!
優勝は山崎真優華選手! 今日も強かったなー
真優華はハガキサイズの表彰状と、記念品を受け取る。続いて準優勝、三位と手際よく表彰が行われた。
そして四位、初参加で大健闘でした、小崎友姫乃選手!
え、わたし?
表彰は三位までと思い込んでいた友姫乃は、突然名前を呼ばれて驚いた声を上げる。
賞状はなくて記念品だけだけどな、今日はせっかく初参加してもらったので、店長特別賞として記念品はグレードアップさせていただきます!
店長の宣言に、参加者からはまんべんなく、しかし今日一番大きな拍手が起きた。
そして店長は、箱にフレイムアスチュートと書かれている、真新しいミニ四駆の箱を友姫乃に手渡す。
ようこそ、ミニ四駆の世界のスタートラインへ
――時は、少し流れ。
お盆休みに相応しい、真夏の灼けるような日差しが、真優華と友姫乃を包み込んでいた。
来たね、友姫乃ちゃん!
自慢の長い髪を後ろに縛った真優華は、隣に立つ友姫乃を見る。
来ましたよ真優華さん! ここが決戦の舞台なのですね!
友姫乃は、イベントホールの会場の入り口の前に立ち、その箱形をした会場の建物を見上げていた。
行こう、友姫乃ちゃん
はい!
晴れやかな笑顔で、二人はともにイベントホールの入り口をくぐる。
相棒の黄色いシャドウシャークを駆り、中国地区予選を突破した山崎真優華。自らの手で仕上げたオレンジ色のフレイムアスチュートを駆り、四国地区予選を突破した小崎友姫乃。
二人は向かう。日本一を決める晴れ舞台、FDBサマースペシャル・タミヤミニ四駆全日本選手権ジャパンカップへ――