この不遜な男、尾綿紺鉄(おわたこんてつ)――通称オワコンはこの世界の人間ではない。ある日突然、彼はプレイしていたオンラインゲームの世界にトリップしてしまったのだ!
さて、オワコンと言ったか。貴様の誇る、異世界人としての料理の腕前、見せてもらおうか。
それで俺は無罪放免って訳ですね。任せてくださいよ。
この不遜な男、尾綿紺鉄(おわたこんてつ)――通称オワコンはこの世界の人間ではない。ある日突然、彼はプレイしていたオンラインゲームの世界にトリップしてしまったのだ!
お、オワコンさん! そんな軽はずみな事を言っていいんですか?
この少女の名はみりあ。オワコンが20万円をガチャに費やし手に入れた最上級レアモンスターである。その戦闘能力は凄まじく、ついでに夜のパートナーも兼ねてくれる。
不遜な笑みを浮かべるオワコンとは裏腹に、みりあは不安の表情を隠せない。不法入国者として捕らえられてしまったオワコンは、国王が望む料理を出せない場合、処刑されてしまうのだ!
しかし、国王様は寛大すぎるのでは。このような不審者、即刻処刑してしまえばよいと思うのですが……。
アナンダよ、そう結論を急くでない。どうもこの男、料理の腕に相当な自信があるらしい。それこそ、お前を凌ぐほどのな。
何を馬鹿なことを……この王国で私以上に腕の立つ料理人などいるはずがないではありませんか。
それは分かっておる。ただ、この珍妙な男の戯言に付き合うのも悪くはあるまい。王と言えど、たまには娯楽も必要なのだ。
まあ見ててください。そこのトカゲ野郎より、はるかに素晴らしい物を献上出来ますよ。
大した自信だな。貴様の作る料理に王が満足しなかったら、即刻処刑なのだぞ?
オワコンは柳に風とばかりに、アナンダの威嚇を流した。自分の命が掛かっているというのに、オワコンは余裕の態度を崩さない。
へっ、俺の料理を見て尻尾を切って逃げるんじゃねぇぞ。トカゲ野郎。
お、オワコン様! あまり相手を挑発されては……!
この男の余裕はなんだ? それほど料理の経験があるようには見えないが……何か秘策でもあるのか?
アナンダは宮廷料理人として長い間培った感覚で、相手の腕前をかなり的確に把握する事が出来た。彼からしてみれば、この少年はずぶの素人にしか見えない。
能書きはいい。早く私を満足させる料理を出すがよい。制限時間は一時間。それで良いな?
一時間もいりませんよ。三分でこの世界に存在する、ありとあらゆる料理を超越した物を作りましょう。
な、なんだと! 貴様、何を戯けたことを言っているのだ!
あまりにも馬鹿げた発言にアナンダは激昂した。三分ではインスタントラーメンすらろくに作れない。まして、この異世界にそんな物があるはずがない。
ほう……オワコンとやら、吐いた唾は飲み込めぬぞ。
国王様、この男はただの狂人でございます。三分で料理など、出来るはずないではありませんか!
いいえ! オワコン様は出来ると言ったことは必ずやり遂げる方です!
俺には隠し玉があるんだよ。
国名やイベント、そしてみりあがいる事から、俺がやっていたオンラインゲームの能力はきっと使えるはずだ。
そして、俺はこのゲームにおいて、料理スキルSランク――つまり最高能力を持っている。ゲームの料理方法は簡単だ。アイコンに用意した食材をぶち込んで、あとはOKボタンを押せばいい。
そうすると、自動で最高に美味い飯が出てくるって寸法だ。チョロいぜ!
そうしてオワコンは、厨房に用意されたパンと肉、そしてキャベツを掴んだ。作るのはハンバーガーだ。ゲームではパン、肉、野菜の三種類あれば作れるのだ。
あ、あれ!?
どうなされたのですか、オワコン様?
おい! アイコンが出ねぇぞ!
あいこん?
ゲームキャラのみりあに説明しても理解出来るはずがないのだが、オワコンは思わず叫んでいた。材料は国王が用意してくれていたが、肝心の料理をセットするアイコンが出てこないのだ。現実なのだから当たり前である。
や、やべえ! これは想定外だ! 魔法とかのスキルは直接詠唱してたから気付かなかった!
オワコンの背に冷や汗が流れる。アイテムをセットしてOKボタンを押すだけなら10秒も掛からないが、これでは料理が出来ないではないか! その狼狽を見逃すアナンダではない。
どうした小僧、顔色が悪いぞ? 無論、あれだけの大言を吐いたのだ。今更命乞いをしても許さんぞ。
くっ……
アナンダは嗜虐的な笑みを浮かべる。彼は今でこそ王に従う料理人であるが、生来は気性の荒いリザードマンだ。小生意気な人間を殺す、その快楽はやはり別格である。
くく……
くくく……はーっはっはっは!!
な、何がおかしい!? 狂ったか!?
確かに俺は料理が出来ないらしい。なら、料理をしないで料理をしますよ。
貴様、一体何を言っているのだ?
静観していた国王も思わずオワコンに問いかける。料理を披露すると言ったのに、一体この男は何を言っているのだろう。
出でよ! 魔神竜グラン・ディオス!
ヒィッ!? か、怪物が現れたぞ!
オワコンの叫びと共に、突如、宮廷の庭に巨大な竜が降臨した! 絶大な力を持った竜を前にして、国王も、アナンダも、百戦錬磨の兵士達も微動だに出来ない。
俺は召喚魔法も覚えてるんでな。ちょっと魔神竜を呼ばせてもらったぜ。
魔神竜だと? 貴様、勝負に負けると思って、全てを破壊するつもりか! 卑怯者め!
違うさ、こいつを召喚したのはあくまでおまけさ。グラン・ディオスがフィールドに存在する180秒間は、闇属性の魔法効果が300%増しになるんでね。
無論、アナンダ達にゲームの仕様など分からない。しかし、オワコンの本当の力はここからだ。
闇属性魔法発動! ディープミスト!
オワコンが力ある言葉――魔法を詠唱すると、グラン・ディオスの全身から紫色の霧が放出される。紫の煙は瞬く間に王宮全てを埋め尽くし、白亜の宮殿は謎の瘴気に包まれる!
な、なんだこれは!?
こ、これは……一体どういうことだ!
紫の霧が晴れた後、国王とアナンダは信じられない光景を目の当たりにした。先ほどまで何も無かったはずなのに、目の前には、到底言葉では言い尽くせないような料理の山が出来ていたのだ!
どうです? 俺のドラゴン料理は? 約束どおり3分で最高の料理を作らせていただきましたよ。
ば、馬鹿な……! 信じられん!
あんた、この国一番の料理人なんだろ? この料理がどのくらいのもんかくらい分かるんじゃねぇ? それとも、現実に目の前にある物が信じられないってのか?
ぐっ……!
確かに、オワコンの言うとおりだった。たった三分でこれほどの料理を用意する事など、この王国で、いや、この世界に一人として存在しないだろう。もはや勝負は完全に決した。
見事だ……私はこれほど素晴らしい物を見たことがない。
私もです。このアナンダ、負けを認めざるを得ないようです。
分かってくれればいいんですよ。分かってくれれば。
あ、あの……オワコン様。皆さんは一体何を見ているのでしょう。
みりあが疑問を口にする。それもそのはず、国王やアナンダ、そして同席していた者達は皆、何もないテーブルの上を、生気の無い目でぼんやりと覗き込んでいるのだから。
ああ、あいつらには闇魔法のディープミストを使ったのさ。
ディープミスト……相手を混乱状態にする魔法でしたっけ?
そう、だがディープミストの効果はそれだけじゃない。闇属性魔法を強化する手段があれば、「混乱」から「幻覚」に強化する事ができるんだ。
なるほど! つまり国王様やアナンダ様は、今幻覚を見られているということなのですね。
そういうこと。「幻覚」は相手が最も求めているものを見せて魅了するって設定を思い出してな。
すごい機転! 素晴らしいです!
ただ、一つだけ問題があってな……
えっ
な、なんか様子がヘンですよ!?
始まったか!
グラン・ディオスが身震いを起こす。その振動は凄まじく、調度品や壁の柱が次々と倒れていく。だが、国王達は相変わらず妄想の料理に舌鼓を打っており、異変に気付くものは誰も居ない。
次の瞬間、超爆発が発生した! 紅蓮の火柱は天を突き抜け、雲を貫き、爆風は荘厳なる王宮、国王、アナンダ……その場に存在する全てを灰燼へと帰した。後に残ったのは、ただ焦土に立つ二人、オワコンとみりあのみである。
やれやれ、やっぱり発動しちまったか。
やっぱりって、どういうことですか?
グラン・ディオスは強力な召喚魔法なんだが、効果終了と同時に大爆発を起こして全体にダメージを撒き散らすんだ。
ひえー、確かにこれは凄いですね。皆ぶっ飛んじゃいましたねぇ。
強力な魔法ってのは、それなりにリスクがあるもんなんだよ。
あれ? でも私達はなんともないですよ?
ああ、それは俺が前もって一度だけダメージを無効化する防御魔法を発動させておいたからさ。リスキーな魔法はコンボを組むのが基本だぜ?
なるほど!
あ、でも全部吹き飛んじまったから、この場合の料理バトルはどうなるんだろう?
もうっ、オワコン様はちょっぴり抜けてますねぇ。
えっ?
そもそもオワコン様が料理対決を受けたのは、処刑を免れるためだったじゃないですか。皆吹き飛んじゃったから、もう処刑されることはないじゃないですか。ノルマクリアですよ!
そ、そうか! そこまで頭が回らなかったぜ!
あはは、やっぱりオワコン様は私が付いてないとダメですねぇ♪
へへ、すまねぇな。今回はこうしてピンチを乗り切ったけど、俺は色々と抜けてるみたいだからな、今後もよろしく頼むぜ、みりあ。
おわり♪