「聖なるかな、聖なるかな」

 響き渡る声に応えるものはない。

「聖なるかな、聖なるかな」

 ただただ世界に声だけが木霊する。

「聖なるかな、聖なるかな」

 ああ、当然だ。
 応えなどあるはずもない。

「世界の滅びたること聖なるかな」

 もう、世界はすべて滅びてしまったのだから。



デイ・アフター・ワールド


 あの時から幾星霜の時が流れたのだろうか。

 かつて、この銀河系には「太陽系」と呼ばれた星系があった。

 そこには地球という星があり、人類と名乗る種族が栄えていたことを知るものはいない。

 消滅した星系に栄えた種族のことなど、誰も知るはずもない。

 ただ――。

「聖なるかな、聖なるかな」

 声だけが木霊する。

「祈りたもう、

    願いたもう、

         念じたもう」

 世界は終わった。

 地球は消えた。

 すべてがなくなったその後に。

《……地球の消滅を確認。プログラムを再起動します》

……んん……

聖なるかな 聖なるかな……

あれ……猫?

おやおや、まだこの座標に来客があるなんてね

……あなたは、何者ですか? 所属と階級の提示を申請します

人に尋ねるのならまずは自分から名乗ることが礼儀ってもんだよ。そんなことも知らないのかい?

私は終末観測機関のエンドモデル、エンディラ。
 地球消滅後を観測するために用意されたインターフェイスです

ははぁ、人類もなかなかおかしなことをするものだね。自分達が滅びた後を観測するためにこんな可愛らしいロボットを用意しておくなんて

おかしい? 何か行動原理に不適切なことがありますでしょうか?

最初からそれを使命とするキミには分からないだろうが、ボクからすればそれはひどく滑稽で、奇妙なことに思えるよ。
 世界の終わりを知りたいからと終末後を観測出来る機械を作っても、後でそれを確認できるものは存在しないのだから

……記録することこそが目的であり、それが確認出来るかどうかの有無は関係ないのでは?

それは手段と目的の逆転というものさ。記録っていうのはそれを生かすためにある。
 とはいえ、気持ちは分からないでもないかな?
 誰か一人くらいは世界の最後を見届けるものが欲しい、と思うことくらいは

…………理解に苦しみます

そら悪かった

さて、あなたの所属と階級の開示を改めて要求します

ボクかい? ぼくは魔法使いだよ

魔法使い……そんなものが存在したという記録はありません

誰もボクのことを記録しなかったからね。知らないのも当然さ

あなたの目的はなんですか?

呪文を完成させることさ。
 もう五十億年以上、遠大なる究極呪文を唱えてるのだけれど、なかなか終わらなくてね。
 とはいえ、大分いいところまで来た。
 後数日もすればボクはやっと誰もなしえなかった究極の呪文を完成させることが出来るだろう

……よく分からないのですが、世界が滅びた後にそんなことする意味があるのでしょうか?

愚問だね。魔法使いであるこのボクにとっては世界の命運なんてどうでもいい。
 誰もなし得なかった究極魔法の実在を証明出来るか、それだけがボクの生き甲斐さ

よく分かりません

まあいいさ。人類が生きていた時からそうさ。
 僕たち魔法使いは理解されないものだ

そうですか

そうだよ。キミは知らないだろうけれどね

…………はあ

そう言えば、キミは太陽の爆発にどうやって耐えたんだい? 創造主たる人類は地球ごと滅びたって言うのに

気合いです

え?

気合いで乗り切りました

あっはっはっ、なんだいそれ? ロボットのキミが気合いとは恐れ入る。こんなに笑ったのは何千年ぶりだろう

あっはっはっはっ

なにかおかしいこといいましたか、私?

びっくりする程ね。いや、この大魔道士たるこのボクを
ここまで笑わせるのはすごいことだよ。
 いやぁ、キミの造物主はなかなかいいセンスをしていたようだね

…………はぁ。褒められているのに不思議と納得がいきません

どれどれ……ここは一つ魔法使いのボクが真相を解き明かそう。
 ふむふむ……そうか、キミはタイムマシンで未来に飛ばされたのか

そうなのですか?

未来への時空転移とは、この魔法使いのボクにも出来ないスゴ技だ。
 いやぁ、キミの造物主はすごいな。
 でも、なんでキミに気合い、と教えたのかちょっと理解できないや

私はマスターに嘘を教えられたのでしょうか

たぶん、終末ジョークだったんだよ

……理解に苦しみます

気にしなくていいよ

はあ

でも、未来に飛ばすのは君一体が限度だったようだね。どうせなら何人かの人類を飛ばせば人類が生き残ることが出来たかもしれないのに

人類は地球で生まれて地球で死ぬ。それが定め、とマスターは言っていました。太陽系の外に出るなど邪道だと

ははぁ。古代だと地球は人類のゆりかごでいつか宇宙に旅立つのが正しい、なんて言われた時代もあったのに、最後まで地球にしがみついてしまったんだねぇ

…………そうですか

…………

ところで、究極の呪文てなんでしょうか? 是非記録したいのですが

わぁお、なかなかに仕事熱心だね

他にすることがないので

確かに

実の所、それが何かをボクも知らない

え?

取りあえず、この呪文の意味を誰も解読できなかったからね。だから、唱えてみて何が起きるのかを試したい

……なんというか、暇なんですね

まあね。魔法使いだからね

そうですか

なーんて話してる間に呪文は完成したよ

え?

気付かなかったのかい? ボク達が会話してる間に数日間経ってたよ

そんなに?

ちなみに、キミとの会話は念話で行ってて、それと並行で呪文を唱えていたので何も不自然ではない

誰への説明ですか、それ?

別に。気にせず記録しておいてくれ

はぁ、分かりました

てな訳で究極呪文のお披露目だ!
 さあ、なにが起きるかな!

(……わくわく)

 かくて世界に光が満ちた。

……で、何か起きたんですか?

これは……

あは……あは……あははははははははは

????

まさかね。そういう呪文だったとはね

……あのー、説明してくれません? 記録したいので

ああ、悪い悪い。究極の魔法……それはね。

不老不死さ。馬鹿げてる

そうなのですか。記録では、人間の最高の欲求の一つだとありますが

そういうのは残ってるのね。
 いやなぁに、五十億年もかけてそんな呪文唱えるなら大抵の魔法使いは時間を超越してるやつらがほとんどさ。まったく意味がない

……ひとつ質問なのですが、あなたは不老不死なのですか?

別に? ボクには寿命もあるし、死ぬこともある。まあ、生物学的に見れば不老ではあるのかもしれないけれど、活動限界はあるさ。
 ただ、別次元に本体を置くことにより、この現実空間での生存可能時間を大幅に拡大させることに成功してる

……??

今のボクは幽体離脱してるようなものさ。だから、宇宙空間でも喋れるし、太陽が爆発しても死なない。
 呪文を唱える為にずっとここにいることもできたのさ。
 ま、友人達はとっとと地球に見切りを付けて宇宙の果てに旅立っていったけどね

第一、この魔法は死ねなくなる。これが駄目だね。
 終わりもなく、永遠にさまようのは拷問だよ。
 飽きたらとっとと昇天するのが一番さ

死を肯定するのですね

当たり前だよ。死があってこその生だ。
 永遠に死なないのは永遠に生きることが出来ない、というのと同じことだ

で、その不老不死の呪文は結局どうなったのですか?

ああ、安心したまえ。ちゃんとキミにかけておいたよ

?!!

よかったね。これでキミは永遠に宇宙の終わりまで記録をすることが出来るよ。
 まあ、ボクの予測ではそれまでに記録容量の限界を超えて回路がショートして狂ってしまうと思うけど

ええっと。外付けの記憶装置を増設すればその点は大丈夫かと

そうか。じゃあ問題ないね。では、キミは永遠に記録し続けるがいいよ。
じゃ、ボクは旅立とう

あ…………

 なにもない――かつて地球があった空間をただ一体の少女ロボットが漂う。
 ただ、彼女は記録し続ける。
 地球がなくなった後の世界を。

あ……そう言えばお礼を言い忘れてた

 彼女に後悔はない。
 ただただ感謝だけがあった。
 自分が永遠となったことで……少なくとも地球があったという記録は残り続けるのだから。
 ひとまず、外付けの記憶装置をどうやって作ろうか、と思案しつつ、彼女は永遠に漂いつづけるのであった。
 世界はただ続いていく……地球がなくなった後も

デイ・アフター・ワールド

facebook twitter
pagetop