6月としては珍しい、とても晴れたある日の事。

教室の窓際の一番後ろの席という、学園漫画や青春小説で主人公がよく座っている所の、前の前の席という微妙な位置で授業を私は受けていた。

数学の先生

ここの式は……こういう事で……………………ええと………この公式を使うと……………あれ…………

数学の先生の声は、私の中では耳馴染みの良い声なのか、毎回うとうとしてしまう。

流石に寝ちゃうのは、先生に悪いよなあ…。

うつらうつらしながらヘラヘラしている先生を見た。

眠気覚ましの為に太股のお肉をつねる。

くうう……痛い……。

自慢では無いけれども、陸上部の部長をしている私の太股はあまり脂肪が付いておらず、ちょっとつねるだけでも結構痛い。例えるならば、小型犬が本気で噛んだ時の痛み位はあるんじゃなかろうか。むしろ中型犬?

痛みを悟られないように、窓の外を見る。今日は、良い天気だなあ。こんなに気持ちの良い日は、フルマラソン走りたくなる。

あれ?なんだろう、空飛んでるあれ…。

空を飛ぶ謎の物体は、地響きのような音を立てながら徐々に近づいてくる。謎の物体は、校庭の向こう側の私達の住む住宅街の上空を旋回し始める。

心臓の鼓動と重なって、空っぽの胃のなかで響き渡る奇妙な音。これだけの音をあの飛行物体は響かせているというのに、教室の中で気づいているのは、私だけだった。

気味が悪い。
気味が悪い。
そう思って定番だけど頬をつねった。

痛くない…。

頬は、餅のように伸びて、バネのようの私の頬に戻った。

夢。いつ寝てしまったのか、よく覚えてはないけれど、これは、夢のよう。

夢だとしても私以外気づいて無いというこの状況は、孤独感は、キツい。

孤独感を消す為に、音を隠すように両手で耳を塞いだ。夢の中でも目の前では、先生が一生懸命数学を

………!!?

視界が一瞬無くなったかと思うと、その一秒後には町が、街が、赤く、紅く染まっていた。

謎の物体から落とされた大きな何かが、街の真ん中で破裂する。都会の建物ほど高くないビル群が角砂糖のようにホロホロと崩れていく。炎の渦が至る場所で巻き起こり、蟻のように、街の住人は逃げ惑っている。

指の隙間からは、流石に気づいたクラスメイト達の悲鳴、悲痛な声、怒号、泣きじゃくる声に先生の聞いたことの無い大きな怒鳴り声が聞こえてくる。

数学の先生

泣いてる暇があったらさっさと早く教室から出ろ!

いつもと違う、すごい剣幕で怒鳴り散らす先生に怯え、クラスメイト達と先生は教室から出ていった。

私は、動かない。

まあ、何故動かないかというと、夢だと気づいているから。夢なら逃げなくても死なないから。

それにこんな景色めったに見れないしね。

窓越しのトマトを潰したような街を、校庭を走る大嫌いなクラスメイト達を、ニヤニヤと笑いながら見つめた。

現実で、思い描いたような景色がそこに広がっている。

例え夢でも、これは。

良いものだね。

心なしか広く感じる教室に、一粒言葉を落とした。

……あれ?

地獄絵図の校庭に目をやると、一つ違和感を覚えた。

クラスメイトと一緒に逃げていった先生が見当たらない。

ここから見えない所にいるのかな。まあ、私には関係ないか。

数学の先生

関係あるよ。

振り向くと私に拳銃を向けて立つ先生がいた。そこに先生はいる。

なんで先生がそこに…?

数学の先生

あえて言うなれば、お前に復讐するためだよ。おれの世界の復讐だ。

凄い壮大な世界観の夢だな。夢のなかの夢みたいな夢だな、と私は思った。

数学の先生

夢じゃない。これは夢じゃない。

なんで…私が思った事に返事を…。

数学の先生

これはお前が作り出した世界だからだ。お前が無意識に世界の主役になったからだ。眠気覚ましにお前が太股をつねったせいで時空軸がねじ曲げられたんだよ。これは夢じゃなくて、お前が作り出したお前のための都合の良い世界だ。

数学の先生

お前が太股をつねるのを阻止すれば良かったんだがな。知ってるか?知らないだろうな。おれは、お前に復讐するために、時間を五千六百七十二回繰り返して、ここにいる。

数学の先生

太股をつねるのを阻止することでおれは何回死んだことか。それは数えてないんだけどな。

数学の先生

この答えが正解だったみたいだな。時空軸がねじ曲げられた所で、お前を殺す。これで、この世界も終りだ、案外あっさりとな。これでおれが主役だった世界に戻れる。まあ、お前には関係ないか。

数学の先生

ここで死ぬんだもんな。残念無念。まあお前がおれの世界を奪った馬鹿だったってだけだもんな。

数学の先生

餓鬼の癖に、こんなことしちゃうとか何様だよお前。

数学の先生

何かもうお前の顔見てたらイラついてきたからもう殺す。さっさと殺す。すぐ殺す。

数学の先生

本物の夢、見せてやるよ。覚めない夢をな。

ちょっ、しゃべりすぎじゃな

鉛玉が貫通し、力を失った身体は窓にもたれ掛かる。

なんでこんなことに…。

はぁっ!!

目を覚ますと、目の前にはいつもの教室が広がっていた。

クラスメイト

なにやってんだよ、芋。授業中寝るとか、漫画かよ。

いつも通りの教室。クラスメイトも例外なくいつも通り。

あはは、寝ちゃった~。

代わり映えなく、そこに日常があった。嫌いな日常が。

……これだったら夢のほうがましじゃんか。

クラスメイト

あ?何か言った?

え?いいやなんも言ってな…い……………!

やばい、聞かれたと思って無理矢理笑顔作って振り向くと、

そこには、いつものクラスメイト達じゃなくて、たこ型の変な生物がうじゃうじゃと、いた。

もしかして。そう思って、定番だけど私はまた頬をつねった。

い、痛くない…。

夢。現実。夢現はまだ続く。

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