#1 マッシュルームランナー

ちょっとー、本当にここにいんのー?

この辺りのはずなのですよ

キノコどころか食えそうな草すら無いんだけど

草は食べれなくてもキノコは食べれます!

……たぶん

そこ自信持ってくんないと超困るから断言してお願い


 瑞々しさや生命の息吹とは程遠い、黒や青に変色して枯れた森を二人は歩いてゆく。
 片やゆっくりとした大股歩き、片や早めの小股歩きで獣道を進むうちに、靴底が腐った草を踏み汚汁にまみれていった。
 靴を汚すぬめりに足を取られぬよう、足元に気を配りながら森の奥へ奥へと進む。

まあ探せるだけ探してみるさ
頼りにしてるよ、嬢ちゃん


 先行するのは二十歳に届くかどうかといった歳頃の女だ。ミュゼと呼んでくれ、と先ほど自己紹介をしたばかりの。
 引き締まった長身をラフな装いに包んでいるが、身につけた大きなウエストバッグだけが若干野暮ったい、アンバランスななりをしていた。
 かなり歩き続けているにも関わらず、その顔に疲れは浮かんでいない。服だけが汚れを纏いくたびれていた。

ありがとなのです、道案内は任せてなのです!


 その後ろを歩く少女が、鈴の鳴るような声で得意気に告げる。名はココといった。
 羊のような角を生やした、どこか浮世離れした雰囲気の少女だ。その笑顔は死せる森に咲いた一輪の花のようで、不可侵の美しさがある。
 彼女もまた体躯の小ささに反して疲れ知らずと言った振る舞いを見せていた。私は休憩を必要としません、と事前に断っていただけはある。

ココ

このまま真っ直ぐ……
あっ、ちょっとだけ右に曲がるです


 ココはずっと抱えていた本を開き、栞が挟まっているページを凝視する。殆どの文に取り消し線が引かれている中、唯一否定を免れた一文が、ぐねぐねと動いてその姿を変えた。

ミュゼ

あれ、方向間違ってた?

ココ

間違ってはいないのですよ、目当てのものがちょっと動いただけです

ミュゼ

……キノコって歩くっけ?

ココ

歩くんです

ミュゼ

歩くんだ

ココ

よく育つと歩きます

ミュゼ

まあ歩こうが走ろうが食えるんならいいや!
腹減ってんだか減ってないんだか
わかんなくなってて頭おかしくなりそうだよ


 胃は空に近いと言うのに、森全体を包む腐臭が食欲を押さえつけて体を混乱させている。

ミュゼ

早く獲物ぶっこ抜いて外に出よう
鼻がイカれちまう

ココ

この世界はどこに行っても何かしら臭いのですけど……

ミュゼ

さっきの荒れ地まで戻りゃ幾分かマシになるでしょ


 この森に至るまでの道のりを思い返す。野も川も街路も全てが朽ちて腐り果りた光景は、この世の終わりという言葉が相応しいものだった。

ミュゼ

多めに持ってきて良かった


 ポーチに手を突っ込み、大きな水筒を取り出す。
 清浄な水を飲み下すと、腐臭を吸った喉が洗われたような気がした。

ミュゼ

あんたも飲みなよ


 ミュゼが水筒を差し出すが、ココは手振りでそれを拒絶する。

ココ

お気遣いありがとうございますです。でも大丈夫なのですよ

ミュゼ

無理すんなって、さっきから何も口にしてないじゃん

ココ

平気ですよ、私は食べる側では……

ミュゼ

!?

ココ

!!


 腐った草を踏む音が少女の言葉を遮った。


 進行方向から何かが向かって来ているらしいが、大きな茂みが邪魔をしてよく見えない。二人は息を呑み、遭遇に備えた。

ミュゼ

もしかして例のキノコ?

ココ

たぶんそうだと思うのです
他に動くものなんてもういないし……

ミュゼ

じゃあ速攻捕まえちゃったほうがいいね


 小声で話し合いながら、ミュゼはバッグのベルトに挿していた大ぶりのナイフを引き抜く。
 腐った茂みを掻き分け現れたのは――

ミュゼ

育ちすぎだろお前ーーー!!


 叫ぶと同時に駆け出していた。
 滑らぬよう小さな歩幅で詰め寄り、跳躍し、相手が動き出す前に懐に飛び込む。
 そして人間ならば心臓があるであろう箇所にナイフを突き刺した。

ミュゼ

軽い……!?


 筋肉や臓器を貫いた感触はない。
 例えるなら太いキノコの柄に包丁を入れたような……二足歩行してはいるが、この巨体の作りは小さなキノコとそう変わらないのかもしれない。

ミュゼ

うりゃあっ!!


 すぐにナイフを抜き、その場にしゃがみ込む。小さなきのこだらけの両腕が、敵を捉えるべく振られて宙を切った。
 ミュゼはナイフを両手で持ち、脚をバネに跳び上がりながら、二足歩行キノコの股間をめがけて力いっぱい振り上げる。


 巨体が後ろへと倒れる。
 首らしき部分までを切り裂かれたキノコは、真っ白な断面を見せながら悶え、やがて動きを止めた。

ミュゼ

中身は柔いんだねえ

ココ

本来は外側も白いはずだったのですよ
ちょっとグレちゃっただけで

ミュゼ

いやちょっとどころじゃないからアレ


 巨大なキノコを引きずり森を出た二人は、枯れ木と枯れ草がまばらに存在するだけの荒れ地へと辿り着いた。
 並んで座り、目の前の火を眺める。串に刺さった巨大キノコの切り身が焚き火で炙られていた。

ミュゼ

おっ、いい匂いしてんじゃん


 塩をふっただけの焼きキノコは、食欲をそそる香ばしい匂いを放っている。

ココ

とてもアレから出てきたとは思えないですね!

ミュゼ

あっやめて指差さないで
メシ食いながら見たくない


 遠くに打ち捨てられた巨大キノコは、胴体の内部だけを繰り抜かれた無残な姿を見せていた。血も内蔵も無いため、断面はあっさりとしたものだが、無数のキノコを生やした外皮が禍々しすぎる。
 ミュゼは一瞬見てしまったものを思考から追い出し、胸に片手を当てて目を閉じた。

ミュゼ

いただきます!


 串を手に取り、少し息を吹きかけてから、分厚いその身に齧りつく。

ミュゼ

こ……これは!!

ココ

……どう、ですか?

ミュゼ

すっっっっげー美味い!!
柔らかいんだけど噛みごたえがあってさ
焼いて凝縮された旨味がこう一気に
……ギューっと!!


 串を取る手が止まらない。焚き火を一周できるほど用意した焼きキノコの串が次々と消費されてゆく。

ココ

…………


 ココはそれを静かに見守っていた。
 一滴の雫が静かに頬を伝い、炎色に煌めいた。

あと:5品

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