聞いてくれ、面白いことがある

 彼の台詞にその場にいた全員が立ち上がった。

なんだと?

馬鹿な……

この世に面白いことがあるだなんて

嘘だと言ってくれ

ああ、世も末だ。まだ世界には面白いことが残っていただなんて

 あまりにもいいリアクションに最初に言葉を発した人間は固まってしまった。それを見た男達は全員がため息をつき、各々の席に戻る。

なんだ、この程度の事態に対処出来ないとは

雑魚め

所詮、こやつは我が教室でも最弱

我らが教室の面汚しよ

 次々と浴びせられる罵声に始まりの男は顔を歪める。

ええぇー……ちょ、みんな手厳しすぎません?

 始まりの男に対し、男達はきっぱりと言い放つ。

何を言う、その程度で世界が獲れると思ってるのか

まったく、これだからゆとり世代は

ジジイは死ね

もっと熱くなれよぉぉぉぉぉっ!

 みんなの反応に始まりの男はうへぇ、となる。

うーん、その、みんな、年上に対する敬意とかもう少しあってもいいんじゃないかなー

 だが、彼らは聞き入れない。

君たちゆとり世代は我々よりも劣る世代であることは既に科学的に立証されている

そーだそーだ

よって死刑が妥当

え?

え?

……それはやりすぎじゃない?

そーかな?

そーかも

じゃ、解散で

はーい

分かりました

じゃカイサーン

 教室の全員が息のあったフットワークで荷物を片付け始める。

ちょ、ちょ、ちょ……みんな待ってよ! 俺の話聞いてよ!?

 次々と教室から出て行こうとする人達に慌てて始まりの男が制止の声をあげる。

もし……いやじゃないと言ったら?

いやそこをなんとか……って嫌じゃないの?

 始まりの男たる先輩がきょとんとすると後輩達が集まり、よってたかって先輩の背中をバシバシと叩く。

やだなー、先輩、俺達と先輩の仲じゃないですか(バシィッ

ほんとですよー、先輩-、水くさいですよ(ドゴォッ

マジッスよ、先輩ー、マジがマジでマジ~ロですよお(ぐしゃぁ

 壁にめり込んだ先輩は笑顔を引きつらせつつ、うめき声をあげる。

ごめん……みんなのテンションについていけない。あと、何本か肋骨折れたと思うのでもうやめてくんない?

 まさに不条理。
 これが末法の世だというのだろうか。
 仏の教えが失われてしまったせいで、ブッダも呆れる謎のイジメが横行するこれが現代日本だというのか。

何意味分かんないこと呟いてるんです?

ごめん、勝手に人の心読むのやめてくれ。頼むから

 始まりの男はなんとか自力で人型にめり込んだ壁から自分の身体を引きずり出し、息も絶え絶えに反論する。

よし、先輩がそこまで身体を張ってくれたのなら後輩たる僕たちは真剣に先輩の話を聞きましょう

おう、そうだな

キキマショー、マジ、キキマショー

 何故か椅子をどけて床に正座で座る後輩達。
 全員が神妙な面持ちで始まりの先輩の言葉を待っているその姿は――神の啓示を待つ預言者の群れのようですらある。
 ――絶対に気のせいだが。

えーと、じゃあ、その……なんだ……

 始まりの男は咳払いをし、折れた肋骨からくる激痛に顔を歪ませ、そして――。

ごめん、何を言おうとしてたか忘れた

 誰も何も言葉を発しなかった。
 ただ、一つ分かったことは。

不毛だ

不毛ですね

まったくの不毛だ

ええい、お前らが言うなっ!

 こうしてブラックな漫才教室の日常は続いていくのであった。
 果たしてこんな環境から世界を獲れる漫才師が本当に現れるのか!
 色々とこいつら人としてどうなのか!
 すべてを投げっぱなしのままにこの物語は終わっていくのであった!!!

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