満天の星が輝く夜のことでした。

ある町の片隅の薄暗い路地裏に汚れた段ボール箱に入れられた仔猫が1匹。
そのそばに壊れたぜんまいの鼠のおもちゃが落ちていました。

ネズミさん!ネズミさん!

仔猫がぜんまい鼠に向かって声を掛けました。

しかしぜんまい鼠はおもちゃなので、もちろん返事をする訳がありません。

ネズミさんったら!

ぜんまい鼠はしばらくじっと前を見つめていましたが、あまりにもしつこく呼んでくるのでついつい

うるさいなぁ。
いったいなんだっていうんだ。

と声を漏らしました。

声を出せたことにじぶんでも驚いているぜんまい鼠に、仔猫は嬉しそうに話しかけます。

やっと応えてくれた!ねえ、きいてよ!
今さっきまでここにブルーフェアリーがいたんだ!

ブルーフェアリー?

物語に出てくる妖精だよ!空を眺めていたら突然あらわれて。すごくきれいだったよ。

それで、なんでもひとつだけ願いを叶えてくれるって言ったんだ!

ぼく、なんてお願いしたと思う?

仔猫は段ボール箱から身を乗り出してキラキラとした目を鼠に近づけました。

・・・わからない。なんだい?

ぜんまい鼠がきくと、

ぼくね、君と話がしたいってお願いしたんだ!

仔猫は満面の笑みで答えました。

ぜんまい鼠はなぜおもちゃのじぶんがしゃべることができているのかがやっとわかりました。

しかし。

君はばかだな。なんで新しい飼い主をみつけてほしいと願わなかったんだ。

新しい飼い主?なぜ?僕にはちゃんと飼い主がいるよ。

かわいい10歳の女の子のいる家族。

旅行に行くのに少しの間ここで待っていてって言われたんだ。だからこうして待っているの。

ただ、3日もたつと退屈でさ・・・

ぜんまい鼠は呆れました。

おかしなことを言う。
捨てられたんじゃないか。

え?

まわりを見てみろよ。
ここはごみ捨て場だぜ。
捨てられたんだよ。

仔猫は目をまるくしたあと大きな声で笑いました。

あはははは!そんなはずはないよ!君こそおかしなことを言うね!

きっと旅行中に何かあって迎えが遅れてしまっているんだよ。
ぶじ帰ってくるといいけれど・・・


心配だなぁ。

そんな様子をみて、ぜんまい鼠はだんだんとこの仔猫のことが不憫に思えてきました。

もう3日もたつというのに、おなかは減らないのか?

もちろん減るよ。でもおなかが減ったなぁって思ったときに、通りがかりのおじいさんがパンとミルクを置いていってくれたんだ。

ぼくって運がいいんだよ!昔からそうなんだ!

君みたいなお気楽ものははじめてだ。

ひにくを言ったつもりでしたが、仔猫は気を良くしたようでにっこり笑いました。

ところで君はなぜこんなところにいるの?

なぜって。

見ての通りさ。ボロボロになって捨てられたんだ。

そうなの?ぼくはそのブリキでできたからだがとてもかっこいいと思ったよ!

あちこち穴だらけだよ。

ああ、思い出した。
おれの持ち主は巨大な猫を飼っていたんだ。
ぜんまいを回してもらったときは、決まってその猫に追いかけられた。

もし生まれ変わったら、大きな犬になって猫を追い回してやりたいよ。

ぜんまい鼠の話を気の毒そうにきいていた仔猫は、突然思いついたように声をあげました。

じゃあさ!今、その願いを叶えようよ!
ぼくが逃げるからさ、君、追い回してよ!

今度はぜんまい鼠が目をまるくして、大笑いしました。

本当に君はおかしなことを言うな。

君を追い回そうとは思わないよ。しかももうおれのぜんまいは錆びついてしまって動かない。

そうなんだ・・・

しゅんとする仔猫を見て、ぜんまい鼠のこころにあたたかい風が流れました。

もういいさ。君と話して、あんなに猫をにくんでいた気持ちも軽くなった気がするよ。

それならよかった。

仔猫はほっとして星空を見上げました。

今日はこの3日でいちばんきれいな夜空だよ。

ぜんまい鼠も空を見上げると、その美しさに息をのみました。
いつも前だけを見て地面を走り回っていたので星空を見るのははじめてだったのです。

あの光っているつぶつぶはいったい何だろう?夜になると空の端の方からのぼってくるんだ。

ぜんまい鼠は目をこらしてみましたが、その粒の正体は見当もつきませんでした。

いつかあのつぶつぶを探す旅に出たいと思っているよ。

それはいいな。今から出発すればいいじゃないか。

仔猫はあわてて首を横に振りました。

だめだよ。迎えが来たときにぼくがいなかったら、彼らはすごく探すよ。

もし君の家族が来たらおれが伝えてやるよ。
きっとすぐ戻るって。

仔猫は目を輝かせました。

本当?!

そう言うと、段ボール箱から飛び出して、うーん!と伸びをしました。

じゃあつぶつぶを見つけたらすぐに戻るよ!

ずっと迷っていたんだ。今がチャンスなんじゃないかって。

君は優しいね!君と話せて本当によかった!
もしまたブルーフェアリーに会えたら、君のぜんまいの錆をとってもらうようにお願いするよ!

それから鼻先をぜんまい鼠にこすりつけてお別れの挨拶をすると、夜の町に駈け出して行きました。

へんなやつ。

ぜんまい鼠は目を閉じて、仔猫が今度は優しい家族と出逢えるように祈りました。

しばらくして、仔猫が路地裏に戻ってきました。

ネズミさん、もしかしたら君の言った通りだったかもしれない。
ぼくの住んでいた家に明かりがついていたんだ。窓をのぞいたらみんなとても楽しそうにしていた。

ぜんまい鼠の返事はありません。じっと前をみつめたままです。

悲しいけれど、でも、今はそれより旅のはじまりにわくわくしているよ。君が背中を押してくれたおかげだよ。


それでね、よかったら君もいっしょに光るつぶつぶを探しに行かないかい?

仔猫はぜんまい鼠に近づきました。

寝ているのかな。

やっぱり返事はありませんでしたが、まっすぐな眼差しがいいよと言っているように見えました。

仔猫はぜんまい鼠をくわえてふたたび町に飛び出しました。

心地よい夜風が仔猫のからだを優しくなで、星明かりが2匹の行く道を照らします。

旅のはじまりから仲間がいるなんて、やっぱり僕は運がいい♪

仔猫は満足そうにつぶやきました。

おしまい

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