ねぇ、カズ君

なんで昨日

私以外の女の子と歩いてたのかな?


幼馴染の優里が通学路で突然そう切り出した。

一見穏やかそうに見える笑顔だが、目は笑っていない。

優里がこの表情をする時は不機嫌な時だ。

……なんの話だ

とぼけても無駄だよ?

あの子二組の橋本さんだよね?

ふたりで随分と楽しそうに並んで歩いてたね

あんな肩までぺたぺたくっつけてさ

ゾワッとした嫌な感覚が体を襲う。

正直なことを言えば

今すぐこの場から逃げてしまいたい。

昨日一緒に帰れないって言ってた理由って

橋本さんと帰ることだったの?

そしたら私のことも誘って欲しかったなぁ。

私も橋本さんとお話してみたかったしねぇ?

ち、ちげぇよ。

茜とはたまたま用事が終わった帰りに

一緒になって成り行きでそうなっただけだ

ふーんそうなんだー

一ミリたりとも信頼されてないということが

ありありと伝わってくる。

“茜”ねぇ。

下の名前で呼んで随分と仲がいいんだね。

そんな仲がいい子ができたなら教えてよ

う、うるさいっ 

そんなの俺の勝手だろ!? 

なんでお前にいちいち

そんなこと言われなきゃならないんだよ!?

お前は俺の保護者か!?

真綿で首を絞めてくるような感覚に耐えきれず

思わず声を荒げてしまう。

違うよ?

けどね、私はカズ君を

悪い虫から遠ざける使命があるの。

汚らわしい女にくっつかれたら

カズ君が汚れちゃうんだよ?

ねぇ、知ってる?

橋本さんって色んな男子に声かけてるんだよ

この前7組の吉川君が……

うるさい!!

なにが使命だよ!?

俺の道は俺が決めるんだよ

おまえの知ったことじゃねぇだろ


いつからだろう優里がこんな風におかしくなったのは。

昔はこんなやつじゃなかったのに。

昔はこんなに俺のことを束縛しようとはしなかった。

分からなくてもいいよ。

ただ私はカズ君の為だったらなんでもできるし

カズ君を守れるのはずっと一緒にいた

私だけってことだけは覚えておいてね


そう言ってフフッと薄ら寒い笑みを浮かべる。

あ、いけない。

ちょっと急がないと、学校に遅刻しちゃうよ

お、おう……


どうして俺はずっと一緒にいたはずなのに

あいつの変化に気づいてやれなかったのだろう。

あいつの気持ちに応えてやれなかったのだろう。

俺はそのことを、この後後悔することになる。

……

………

だってさ……うわー……

優里ちゃんこっわー マジべーわー 

修斗あんたもこれ読みなよ!

貸してあげるからさ!

あのさー……美羽

僕、今宿題してるの見えるよね?

幼馴染の美羽が宿題にいそしむ僕を尻目に

僕のベッドの上にだらしなく寝っ転がりながら

頼んでもいないのに漫画を朗読している。

正直うるさい。

いいじゃんいいじゃん!

楽しいことは共有したいじゃんかよー

僕これっぽっちも楽しくないんだけど

むしろそれやめて欲しいよ。

むむむ……

やはりそう簡単に楽しさは伝わらないかー

じゃあ楽しさが分かるまで続けちゃうぞー!

僕の抗議を聞いてくれる様子もなく

都合のいい解釈をして、さらによく通る

元気な声を張り上げて文章を読み上げていく。

はぁ……

美羽は宿題はやったの?

今日そっちのクラスでも

僕達と同じ宿題出たって話聞いたけど

んー? 大丈夫だよ

いつもどーり、修斗がやったのを写すから

へーきへーき

それは大丈夫っていうんじゃなくて

ただの他人任せっていうんだよ美羽。

まぁポジティブに、頼られてるって思えばいいのかな?

修斗が宿題をやってくれる対価として

あたしはこうして感情を込めて

漫画を朗読して修斗を楽しませる。

等価交換だねー♪

不平等もいいところだ。

僕にはなんの得もないじゃないか。

その話はもういいや。

そんなことよりスカート隠しなよ。

寝っ転がっているとパンツ見えるし

ほうほう、ちなみに何色が見えるー?

ピンクのドット柄

正解! しっかり見てるねこの変態!

言っておくけど

見せてる方がセクハラにもなるよ?

えー……

男は皆、女のパンツ見て喜ぶでしょ?

修斗だって男の子なんだし

特別に五分間だけあたしのパンツを見て

ムラムラすることを許可しよう

いらないから、早くスカートなんとかして

本音を言えば、見たくないと言えば嘘になる。

だけど美羽にはもっと自分を大事にして欲しい。

これじゃあまるで痴女みたいじゃないか。

そんなのとは失敬な。

せっかく見せてあげるって言ってんのに

こんなチャンス

二時間に一回あるかないかぐらいなんだよ?

あのさぁ……もう子供じゃないんだし

もう少し恥じらいってものを持ってよ


まだ冗談だって分かる僕が相手だからいいけど

そんなの他の男には通用しないだろう。

……他の男か。

子供じゃないんだから、僕が心配するのもお門違いか。

もうお互い彼氏彼女がいてもおかしくはないのだから。

へーきへーき。

あたし修斗にだったら

パンツの一枚や二枚みせることなんて余裕よ

なんだったら脱いで、差し上げましょうか?

扱いに困るからやめて。

さっきから邪魔ばっかしてるけど

このまま宿題終わらなくてもいいの?

げぇ……それは困る

でしょ?

宿題写させてあげるからんだから

スカート隠して、大人しくしててよね


『はいはい』

と気の抜けた返事を一つして

美羽はおとなしく漫画を黙読しはじめた。

それを見届けて僕も、数学の宿題に向き合う。

……

…………

………………

カリカリ

ペラッ

筆記音とページをめくる音だけが聞こえていてた

静寂を打ち破るように美羽が口を開いた。

この漫画さー

幼馴染の気持ちに気づかない

主人公も悪いんだけどさ

さっさと気持ち伝えない

ヒロインの子も悪いと思わない?

読んでないから詳細は知らないけど

いきなり想い伝えちゃったら

なんの波乱もなく物語終わっちゃうじゃん

そんな序盤で物語が終わってしまったら

情緒もへったくれもない。

でもこのヒロインはね

ずっと一緒にいて

自分の想いにいつか気づいてくれるって

勝手に信じてただけなのに

自分の思い通りに行かなくなったとたん

色々な人たちを傷つけるの

だったら最初から

想いを伝えておいた方がよくない?

女の子は男の方からそういう話を

切り出して欲しいってことじゃないの?


恋愛経験があるわけじゃないから詳しくは知らないけど

僕の中の女の子の恋愛観イメージはそんな感じだ。

あたしだったら、好きになった子には

好きって自分から言うけどな

それは美羽だからね

みんながみんな美羽みたいに

自分の気持ちを前面に押し出せるなら

きっと世の中は平和になるのだろう。

じゃあ修斗はあたしのこと好き?

それは……

嫌いなの?

嫌いじゃないよ! ただ……

はっきりはしてくれないんだね。

まぁ、仕方ないか。

脩斗が好きなのは

あたしじゃなくてお姉ちゃんだったもんね

ズキッと胸が痛んだ。

……なんでそんなこと言うの?

幼馴染なんだからなんだってわかるよ。

何年脩斗のことを見てきたと思ってるの。

お姉ちゃんは勉強も家事もできて

仕草も女らしくて優しかったしねぇ。

なんであたしはお姉ちゃんに

似ることができなかったんだろねー

あははっと

美羽はまるではりつけたような笑顔をする。

これは無理をして笑っている時の顔だ。

お姉ちゃんがお嫁に行ったから今度は

あたしのこと好きになってくれるんだって

勝手に思い込んでた。

顔だけ似てきてもやっぱりダメなのかな?

そう言って僕の瞳をのぞき込む美羽の顔は

確かに僕が大好きだった姉さんの顔にうり二つだった。

……美羽は美羽だよ。姉さんじゃない

そっかぁ、残念だなぁ。

お姉ちゃんみたいになったって思われたら

修斗に好きになってもらえるかもなのに

けどあたしは諦めないよ?

まぁあたしはあたしらしく

脩斗に好きになってもらうから。

お姉ちゃんのことなんか忘れちゃうぐらいね

美羽はどうして

こんな僕のことを好きでいてくれるの?

こんなにも気持ちをはっきりさせられず

苦しませている存在を。

好きなことに理由なんてないよ

好きだから好きだっていう話

でもまぁ、強いて言うなら

ずっと一緒にいてくれることかな?

修斗はどんな時もあたしを側にいてくれる

親に怒られて家出した時

一緒に家出してくれたよね

友達と喧嘩して泣いてた日も

ずっと話を聞いてくれた。

脩斗はどんな時もあたしの側にいてくれるの

たったそれだけの理由?

修斗にとっては

それだけの理由かもしれないけど

あたしにはそれで十分。

ずっと側にいてくれるって

簡単なことかもしれないけど

難しいんだよ?

――ただ側にいるだけ

それだけでいいのか? わからない。

あたしはこの漫画の女の子みたいに

好きだっていうこと隠さないからね!

伝わるまで言い続けるよ

……

まっすぐ過ぎる思いに胸が痛む。

僕の美羽に対する想いは

姉さんの面影を見ているような気がして

今の気持ちのまま美羽に想いを伝えるのは

卑怯なような気がした。

……宿題終わったから写しなよ

うんっ サンキュっ

今だって答えを先延ばしにしている僕は

十分な卑怯者だ。

だけど美羽を苦しめないように

僕は早く答えを出さなければいけない。

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