ここは中立都市――グランメル
戦乱の続く大陸において
列強各国から干渉を受けない珍しい国である
国籍や種族を問わないことから
多くの旅人や移住者で賑わっていた
そしてここ――
地下カジノも例外ではない
さあさあ!
これが今日最後の賭けだよ!!
ここは中立都市――グランメル
戦乱の続く大陸において
列強各国から干渉を受けない珍しい国である
国籍や種族を問わないことから
多くの旅人や移住者で賑わっていた
そしてここ――
地下カジノも例外ではない
くっ……
なんてツイてないんだ
浮かない顔をしている青年――
彼の名はアレス
剣の腕は申し分ない
彼の剣術は一部の冒険者も認めている
しかし、アレスは定職に就きたがらず
演舞で見世物をして日銭を稼いでいる
そして、少ないその金で
カジノや酒場に入り浸っている浮浪者である
もう手持ちは残りわずか
この賭けに勝つしかない……!
ここで負ければ
今夜の宿代しか残らないのだ
せっかく日雇いで稼いだ給金がパーである
あれー?
どうしたのかなアレスきゅん
顔がひきつってるわよ
う、うるさい!
ここで取り戻すんだよ
ニヤニヤと微笑みかけてくるシスター
彼女の名前はミリエル
この街で無名の神を布教する聖職者であり
アレスとは旧知の仲だ
聖魔術に関してはかなりの腕前で
修道院の清掃も欠かさない
しかし、その壊滅的な人間性が問題で
全世界の有名宗派から嫌がられている
日頃の行いが悪いから
負けが込むんじゃない?
賭博やってるシスターに言われたくねえよ
はぁ……可愛くない態度
恵まれないアレスきゅんに
せっかくお金を分けてあげようと思ったのに
ほ、本当かミリエル!
もちろん う・そ♪
…………
フハハハハ!
どうしたアレスよ
今日はすこぶる調子が悪いのう!
ポンと肩を叩かれた
見上げるような偉丈夫が横に並び立つ
なんだ、ゲドか
彼の名前はゲド
常に甲冑を身にまとう武人であり
アレスやミリエルと平時からつるんでいる
振り回す大槍のキレから
その武技は相当な達人であると推察される
また、礼儀作法も一流であるため
どこかの重臣であると勘違いする人も多い
しかし実際のところは
住所不定の大酒飲みである
彼が街に来る以前の経歴は
アレスやミリエルも知らない
まったくもって謎の多い大男なのだ
そうは言うけどさ
あんただって、今日はいいとこなしだろ
最後の賭けのために
力を溜めておったからな
負ける奴はみんなそう言うんだよ……
ちなみに3人の中で
一番勝率が悪いのはゲドである
大胆過ぎる一点張りが多いのが原因だ
また、アレスの勝負運は中の下
ゲドほど勝率は悪くないが
徐々に手持ちが減りジリ貧になることが多い
なお、一番強いのは
このカジノで『クイーン』の異名を持つ
ギャンブル狂いのシスターである
そうよ、ゲドったら
あたしとサシのポーカーで完敗したんだから
あれは布石だ
この賭けが終わったらオレは賭博王よ
へー、楽しみね
負債王になるところ、見ててあげるわ
ミリエルも軽口を放つが
それ以上にゲドは折れない
言葉の応酬が続く中――
私語は慎め、テメーら!
準備を終えたディーラーの声が響き渡った
これから、今日最後の賭け――
”大賭博”を始めるぜ!
――大賭博
カジノの閉店間際に行われ
店が主導で盛り上げる特殊な賭けである
これだけを目当てに来ている客もいるほどで
自然と会場のボルテージは高まる
今日の大賭博、なんだと思う?
大玉ルーレットとかじゃね?
ここ最近やってねーし
大賭博での演目は
箱に入れた紙を用いて
ディーラーが抽選で選び出す
さて、本日最後の賭けは――
ディーラーが一枚の紙を掴みだす
いったい、今宵の賭けは何なのか
会場が熱を帯びる中
ディーラーは高らかに宣告した
おおっと、喜べ!
なんとなんと、一年ぶりの――
『大盤振る舞い☆大出血丁半』に決定だ!!
なんとも奇妙な賭けの名前
しかし、会場の熱は爆発しそうなほど急上昇した
よっしゃ、これで負け分は帳消しだ
フハッ!
これでまた新しい武具が買えるわい
鉱石はいらないから、売り飛ばすとして
宝石だったら……そのままもらおっと
『大盤振る舞い☆大出血丁半』とは――
東国で生まれた『丁半』という賭けを基に
このカジノが作ったオリジナルの賭博である
ルールは簡単
魔法師が召喚によって
二種類の石を一方だけ呼び出す
その召喚された石が
『丁』か『半』のどちらか
二択から選んで当てるゲームだ
当たる確率はズバリ1/2
直感が試される賭博である!
なお、この賭けは他にはない魅力がある
参加者は、召喚された石を持ち帰って良いのだ
そして、呼び出される石は
路傍にあるような石クズではない
鍛冶に使う鉱石が足りなかったし
できたら『丁』が出て欲しいな……
召喚される二種類の石は次の通り――
チョウル鉱石――略して『丁』
大陸北方の山脈でのみ採れる希少な赤石だ
これを使った防具は鉄壁の硬度を誇る
ハンドルメダ宝石――略して『半』
大陸南方の海底に堆積している貴重宝石
その美しい青色は貴族ですら目を輝かせるほどだ
極論、これを拾いまくれば
賭けに負けても利益が十分に出る
それゆえに、”大盤振る舞い”!
賭けに勝ち、石もいただく
男児たるもの、全てを手に入れねばな
しかし、落ちた宝石は
参加者であれば誰でも拾える
そのため召喚直後に
骨肉の争いが起きるのだ
それゆえに、”大出血”!
カジノが利益還元のため
極稀に開催するサービスイベントだ
さあさあ、まずは賭けな!
丁か、それとも半か!
石拾いに参加できるのは
金払って賭けた奴だけだぜ!
ディーラーの盛り上げもあり
ほぼ全員の客がどちらかにベットしていく
これに乗り遅れまいと
アレスは直感的に当たりそうな方を選んだ
俺は丁にする!
じゃあ、あたしは半ね
「じゃあ」ってなんだよ
アレスの逆張り?
ついに言いやがったよ
この守銭奴シスター!
まあ騒ぐな、オレも半だ
はーい、あんたら負け決定ー
ケタケタと笑い
アレスとゲドを指さすミリエル
しかし、それはアレスの闘志を高めるだけである
はっ、後で吠え面かかせてやる
おらー!
テメーら、賭けやがりましたか!?
あらかた客がベットをしたところで
ディーラーが募集を打ち切った
そして煽るように会場へ呼びかける
トイレは済ませたか?
殴り合いの準備は?
宝石を巡って流血する覚悟はOK?
「ウォオオオオオオオオオオ!」
と、地上へ響かんばかりの歓声が沸いた
それを確認して
ディーラーがある人物を呼び出した
そんじゃ先生、お願いしゃーす
うむ
出てきたのは老練な魔術師だ
見覚えのある者もいるらしい
そう、この老人は街で名の通った魔術師
芸術的な召喚魔術を、観客も期待する
ハァアアアアア……
魔術師が目を瞑ると
凄まじい魔力が身体から溢れ出た
まるで戦場にいるかのような圧迫感――
魔術師は長い呪文を唱えると
一気に会場へと魔力を撃ち下ろした
――ここに在れ、希少なる鉱石よ!
魔力は大きな光となり、希少な石を召喚した!
果たして
丁か、半か――!
…………
…………
…………
――硬直
「石が現れたら、スタートダッシュして掠め取ろう」
そう考えていた参加者は
一様にみな固まっていた
そんな中
ついに魔術師が重い口を開く
すまん、間違えた
なぁに……これ
ランクS――『激怒の石王』だ
たぶん、強いぞ
うお!?
台座から動き出した!
アレス、下がって!
私の傍にいなさい!!
ありゃあ接近戦じゃ無理だな
刺激しないよう囲んで
一斉に魔術で殴り殺した方がいい
アレスを抱き寄せようとするミリエル
冷静に強さを分析するゲド
会場はパニックになりつつあった
そして誰よりも錯乱したディーラーが
魔術師の胸ぐらに掴みかかる
なに召喚してくれてんの!?
消して! 早く消して!
そう年寄りを急かすな
だから最近の若者は……
誰だよ!
こんなボケ老人連れてきた奴は!
出てこいよ!
当然、名乗り出る者はいない
今にも暴れだしそうな石像に怯えて
皆それどころではないのだ
しかし――
はーい、チキンちゃんはどいててねー
ブツゾーの世話すらできぬとは
情けない街だ
二人の男が群衆の中から出てきた
そしてチンピラは鋭い剣を
東洋人はナイフのような小刀を取り出す
あ、あれは……!
知っているのか、ごろつきA!
ああ……赤髪の方は
ラグナロク恐喝団の若頭だ
ら、ラグナロク恐喝団!?
そうさ……!
癒着で私腹を肥やし、権力を濫用する
そんな商人から大金を脅し取り
市民たちに送り返さんとする大悪党よ
カーッ! そいつはひでぇ!
世も末って言いたくなるほどひでーや!
誰が一番ひどいのか
気づいてないわね……
ここで、ついにチンピラと東洋人が動き出す
獲物を構え、颯爽と走り始めた
ま、そこで見てなよ
本当のアウトローの姿ってのをね――ッ!
……名も知らぬブツゾーよ
悪く思うな――ッ!
突撃していく二人
それを見た巨大な石像は
今までにない敵意を瞳に宿らせ――
大変だー!
チンピラが一撃でやられたァ!
東洋人もだぁ!
つーかこいつは何だったんだ!
その時――石像に異変起きる
ちょ……なんか
石像が暴れ出したんだけど!
……言わんこっちゃない
ああ、そういえば……
刺激するなって言ってたな
苦笑いを浮かべるアレスとゲド。
そんな二人を無視し
石像は手当たり次第に暴れていく
これを見て
ディーラーが二人の元に駆け寄ってくる
テメーら武芸者だろ!?
アレ何とかしてくれよ
魔術使えないからオレはパス
上に同じだ
ごめんな、相性はどうしようもない
そう、相性が悪いのだ
石像系の魔物は打撃や斬撃を弾いてしまう
現に、抑えこもうとする戦士はことごとくやられている
ついに歯止めが聞かなくなったのか
石像はカジノの壁を叩き割り始めた
ズガン、ズガンと破滅的な音が響く
いやぁあああああああああ!
お店壊れるぅううううううう!!
響き渡るディーラーの悲鳴
しかし、さすがは物言わぬ石像
慈悲はない
だが、さすが不憫になったのだろう
アレスは密かに魔力を溜めていた友人に声をかける
ミリエル、頼めるか?
もー……
仕方ないんだから
かくして、10分後
あるシスターが
聖魔術で鎮圧するまでの間
石像は思うがままに暴れたのだった――