勇者に憧れる。

 誰だって、ガキの頃に通る道だと思う。

 くたびれたサラリーマンや、達観した様な態度の高校生、縁側で人生を振り返る爺さんだって、きっと1度は憧れたとはずだ。

 だって、それはヒーローだから。
 魔王を倒したり、世界を救ったり、お姫様を助けたりする、実にわかりやすく、実に格好良い。
 単純明快なヒーローだ。

 憧れるな、と言う方が無理だろう。

 そして俺も、勇者に憧れていた1人だった。

 ……いや、憧れて、いる。

少女の声

もしもし。
『自称勇者』さんの番号でお間違いないですか?

ガイア

はぁ……
まぁ一昔前まではそんな感じでしたけど……


 ちょっと前まで『自称勇者』だった青年、ガイア。
 今となっては自称の肩書きすら無いただの大学生でしかない。
 むしろ、その肩書きについては早めに忘れたいと思っていたりする。

 築40年、かろうじて風呂トイレ付きな古アパートの一室。そこが彼の住居。いわゆる苦学生という奴をしている。

 ある朝、そんな彼のスマホに、見知らぬ番号から電話がかかってきた。
 その声の印象は「活発そうな女の子」という感じ。

 相手は、意外というか、何の脈絡も無い人物。

少女の声

実は私は、「悪い魔法使い」なんですが……

ガイア

……はぁ……?

 悪いも何も、ガイアには魔法使いの知り合いなんぞいない。

ガイア

失礼ですが……
番号をお間違いでは?

少女の声

いえいえ。
面識が無いのは当然です!
私だってありませんから!


 と言う事は、全くの他人である。
 本来ならば、電話でやり取りをするはずも無い相手だ。

少女の声

私は今、
『悪竜の王』と戦った方々に片っ端から電話をかけているのです!

ガイア

はぁ……


 悪竜の王というのは、3年程前に現れた漆黒の巨竜。
 100匹程のドラゴンの群れを率いて人類に宣戦布告し、世界中をちょっとだけ震撼させたドラゴンの王様。

 世界征服を企んでいたらしいのだが、軽く1万人を超える「自称勇者」の大軍勢に退治されてしまったという、ちょっと可哀想な爬虫類。
 結構強かったとの噂だが、数の暴力には抗えない。

 まぁガイアもそんなドラゴンいじめを行った自称勇者の1人だった訳だ。

 ……若気の至り、という奴だ。

ガイア

切っていいか?

 ガイアとしては余りその辺をほじくり返していただきたくない。

少女の声

ちょっ、タンマです!
話だけでも聞いてください!
もうあなたしか残ってないんですよう!
お願いします! この通りです!

ガイア

どの通りだよ……


 電話の向こうで土下座なりなんなりしている様だが、それがガイアには全く伝わり様も無い事に気付いていないらしい。

 どうやら、ちょっと阿呆な少女らしい。

ガイア

……まぁわかったよ。
話だけは聞いてやる。
ただ、バイトがあるんで手短に頼む。

少女の声

ありがとうございます!
では早速!
実は私、この度、会社を立ち上げようと思いまして……

ガイア

会社……?


 声色からして、ガイアはこの電話の向こうにいる相手の年齢を10代半ば程だろうと見積もっていたのだが……幼声な大人、なのだろうか。

少女の声

しかもなんと!
『悪の組織』です!

ガイア

……………………

 ピッ。

スマホ

 プルルルルルル……

ガイア

…………もしもし?

少女の声

なんで切るんですか!?
しかも無言で!
電波障害ですか!?
多分違いますよね!?
さっきまで普通にイケてましたもんね!?


 電波障害を起こしてんのはお前の頭だ。
 ……と言ってやりたい所だが、ギリギリで飲み込む。

ガイア

すまん。
あれだ、なんつぅかお前は俺には荷が重い。
だからもう終わりにしようぜ。

少女の声

まだ始まったばかりですよ!?
ネバーギブアップ!

ガイア

……じゃあラストチャンスな。
次切られたら諦めろよ。

少女の声

ガッテンです!


 やたら元気のある奴である。

少女の声

私が悪の組織を立ち上げようとしてる所までは話しましたよね。
それでですね、その組織の幹部を勤めてくれる人材を探しているんですよ!
求人誌にも出してます!

ガイア

…………あー…………
もしかしてあんた、あれか。
この前のアグレに載ってた、あの「マジなんちゃら」とか言う……

少女の声

多分それです。
「魔地悪威絶(まじわるいぜ)」商会です。


 ガイアはこの名を誌面で見かけた時、「頭がマジで悪そうな会社だなー関わりたくないなー」と思っていた。……のだが、向こうから関わってくるとは、ガイアも予想外の事態である。

ガイア

…………あれか。
察するに、俺をスカウト的な?

少女の声

話が早い!
どうですか!?
私と一緒に悪の…


 ピッ。

 とりあえずガイアは通話を終了した。
 朝飯を食おう、と頭を切り替える。
 今日は大学は休みだが、バイトが朝勤なので少々急がねばならない。苦学生であるガイアには、馬鹿を相手にしている時間など無いのだ。

 しかし、スマホが鳴る。
 どうせ、さっきの偏差値低そうな魔法使い女からだろう。

 ガイア的には無視しても良かったが、下手に粘着されてもアレと判断。
 きっぱり断っておくべきだろう。
 面倒だなぁと溜息をつきながら、ガイアは通話ボタンをタップする。

ガイア

おい、さっきの約束はどうした。
ルールを守って楽しく電話しろよこの野郎。

少女の声

今の流れで何で切ったんですか!?
納得がいきません!
これは審議が必要ですよ!
アンパイアの介入を要求します!

ガイア

むしろ今の流れで何で
取り合ってもらえると思ったんだよ……


 ガイアは腐っても1度は勇者を名乗った身である。
 悪の組織の幹部なんぞやってられるか、って感じな訳だ。

 それくらい普通に考えてわかるだろう。

少女の声

ワンモアチャンスを!

ガイア

もうゲームセットどころかチーム解散だ。
諦めろ。

少女の声

勤務時間は融通しますよ!?

ガイア

そういう問題じゃない。

少女の声

実力次第では高給確約しますよ!?

ガイア

最後のチャンスだぞッ!

少女の声

ありがとうございます!

ガイア

はっ……俺は何故……!?


 ガイアは我に返る。

 高給確約という、苦学生からすれば素敵過ぎる言葉に見事なくらい釣られてしまった。

 でも魅力的なんだから仕方無いじゃないか、とガイアは誰に聞かせるでも無く心の中で言い訳をする。

少女の声

もうこの際だから会って直接話しましょう!
必ずその気にさせてみせます!
ご飯でも食べながらじっくりゆっくり!

ガイア

えー……


 あんま親しくも無い奴と2人で飯というのはちょっと面倒というか、ガイア的に気分が乗らない。

少女の声

奢りますよ

ガイア

俺のバイト先の近くに、
美味いと噂の高級ファミレスがあるぞ。

少女の声

じゃあ、そこで

 という訳で、今日の夕方頃、バイト終わりに直接会って話を詳しく聞く事になった。


 そんでもって件の高級ファミレス。

 夕日の町並みの中、我が家へ急ぐサラリーマン達の姿を窓越しに眺めながら、ガイアは深い溜息を吐いた。

少女

そう言う訳でですね。
私としては生半可な物では無く、
こう1本筋の通った悪の組織を作りたいわけですよ!


 ガイアの向かいに座ってそんな事を言っているのは、ぎりぎり中学校入学してるかな、と思えるくらいの幼い少女。
 下手したら小学生だ。

 この子が今朝電話をよこした魔法使い……らしい。

ガイア

……まぁ、あんたがどんな悪の組織を作りたいかはわかったけどよ。


 丁度運ばれて来たラーメンを受け取りながら、ガイアは再度溜息。

ガイア

……本気で言ってんの?

少女

そりゃもちろんですよ。
…というか、今まさに熱く語って聞かせたじゃないですか。
話聞いてました?


 そうは事言われても、だ。
 ガイアからしてみれば、中学生くらいの子が妄想を垂れ流しにしているだけにしか感じられなかった。

ガイア

………………

少女

なんですか、その目は……
何か疑っている様に見えますが?

ガイア

ああ……
本当に奢れる様な金を持ってんのかなって。

少女

当然持ってますよ。
私、毎月結構お小遣いもらってますもん。

ガイア

お小遣い、ねぇ……

少女

それにしても、
私のファンシーオムライスはまだですかね?


 足をパタパタさせながらオムライスを待つ少女。
 ……悪い魔法使いというか、本当に魔法が使えるのかも怪しい所だ。

ガイア

つぅか……なんで悪の組織なんて作ろうと思ったんだ?


 普通、このくらいの年頃の女の子なら、悪の組織なんぞよりもっと華やかな物を夢見るモンだろう。
 一体どういう精神的迷走の末こうなったのか、ガイアも多少興味はある。

少女

実は私、この国の王様の娘なんですけど……

ガイア

…………はぁ?

少女

姫、って事です。


 そう言って、少女が指を鳴らした。
 すると、ガイアの前に、ポンっと1枚の写真が出現した。

 魔法だ。
 魔法使いなのは事実らしい。

 その写真には、この少女と、テレビで見た事あるおっさんが映っていた。

ガイア

…………コラ画像か?

少女

違います。
何で自分と父親でコラ画像作るんですか。

ガイア

いや、だって……
このおっさん、国王じゃん。


 テレビで何度も見た事がある。
 この国の王様だ。
 メディア露出が大好きな目立ちたがりで、確か最近権力をフル活用して歌手デビューまでしやがったはずだ。

少女

だから、私の父です。
…あ、そういえば名乗ってなかったですね。
テレサです。よろしくお願いします。

ガイア

………………

テレサ

何でまた、そんな胡散臭いものを見る様な目でこっちを見るんですか?


 そういうモノを見てるんだ。
 適切な目だろう。

ガイア

…………あれだ。
わかった。ここは俺が譲る。
仮にあんたが姫だと仮定してだ。


 そう仮定するとだ。
 さっきの疑問が興味で済ませていい物では無くなる。

ガイア

何で一国のお姫様が、悪の組織なんて立ち上げようとしてんだよ?

テレサ

……私は、
魔法の才能を持って生まれました。


 テレサがパチンと指を鳴らすと、その手に数枚の画用紙が現れる。
 紙芝居だ。

 描かれているのは、可愛らしく三等身にデフォルメされたテレサと国王。

テレサ

でも、父は認めてくれないんです。
『魔法は魔人や蛮族、それに近い人種が使う物だから、王族らしくない』
…そんな偏見で私の魔法を否定するんです。


 紙をめくっていくと、何やらテレサと国王が言い争っている様な絵が現れた。
 そして次に現れたのは、優しそうに微笑む女性の絵。

テレサ

もう死んでしまったけど……
私の母は、この魔法の力、いっぱい褒めてくれたんです。
……なのに父はそれを否定する……


 言いながら、テレサがうつ向いてしまう。
 その瞳に、涙が溜まっているのがガイアにはわかった。

テレサ

だから私は……

テレサ

あ、オムライス来た!

ガイア

………………


 目前のオムライスに笑顔全開のテレサ。

 一瞬訪れた真面目な空気を返せオムライスこの野郎……と、ガイアは生まれて初めてオムライス相手に負の感情を向ける。

テレサ

まぁ、とにかくそんな感じなんです。
王族らしいとからしく無いとか、そんな理由で母まで否定された気がして…王族ってのが嫌になったんです私は。

ガイア

……お前な……

テレサ

それはとにかく美味しそうです!


 楽しそうにオムライスにスプーンを入れるテレサ。

 結構な事を言っていた気がするのだが…本当に台無しである。

テレサ

なので私は魔法使いとして生きる訳です。
で、いっちょカッコイイのが良いなと思いまして……ん!
最高に美味しいですね!
噂通りですよ!


 勢い良く食事を進めながら、テレサはパチンと指を鳴らした。

 出現したのは、1冊のコミックス。
 最近流行ってるというダークヒーローが活躍するバトルアクション漫画だ。

テレサ

筋を通す悪ってカッコイイなぁって。
自分が善でも悪でも関係ない。
自分の信念を貫く。
ダークヒーロー、最高です。

ガイア

別にダークヒーローはダークになりたくてダーク方面でやってる訳じゃないだろ…
つぅか、普通にヒーローじゃダメなのか?

テレサ

わかってませんね。

テレサ

悪役サイドだと思われていたのに、
その実情は正義の味方!
そのギャップが熱いんです!
私の悪の組織もそれを目指すんです!

ガイア

………………

テレサ

あれ?
ところでガイアさんは食べないんですか?
冷めちゃいますよ?
きっとそのラーメンも美味しいですよ。

テレサ

あ、そうだ!
ちょっと私のオムライスと
一口分交換しませんか?

ガイア

……ああ、見た目通りガキだ。
いや、見た目より更に精神年齢低いんじゃねぇか?

テレサ

何で黙ってるんですか?
オムライスは好きじゃない、とか?

ガイア

……ガキだが……


 その行動の一部は理解出来なくも無い。

 ガイアも、父に反発した事がある。
 くだらない事だった。
 でも、反発せずには居られなかった。

 子供には、譲れない物がある。
 大人から見ればくだらない些細な事だとしても、子供に取っては絶対に許してはいけない事が、あるのだ。

 テレサに取ってそれは、母が褒めてくれた大切な力を否定する事。

ガイア

………………


 思い出してみる。自分が、自称勇者になった理由を。

 それは、奇しくもこの少女が「悪の組織を作りたい!」と言っているのと似たような理由。

 ヒーローに、憧れていたのだ。
 テレビの向こうで華やかに活躍する、正統派のヒーローに。

 父がそのヒーローをチープだなんだと馬鹿にした時、ガイアは本気で怒りを覚えた。それくらい、ヒーローに心酔していた時期があった。

 その名残から、勇者を目指してしまった節があるのだ。

 ……まぁ結局RPGの主役みたいなカッコイイ勇者になんぞ成れなかったが。


テレサ

オムライスが嫌いなんて、珍しいですね。

ガイア

……嫌いじゃねぇよ。


 やれやれ、とガイアは本日何度目かもわからない呆れ溜息を吐く。
 ただし、今回の溜息はテレサに対してではない。自分が出した結論に対しての物だ。

ガイア

ほれ


 一口ずつの交換に応じながら、ガイアは決めた。

 今は、とりあえず飯を食おう。
 食い終わったら、この小さなお姫様に言ってやろう。

 お前の話に乗ってやる、と。

 名ばかりの悪の組織。それに参加してやる。
 この魔法使いの少女の目的、大切な「魔法」を貶した父への盛大な反抗期に加担する。

 何故ならガイアは、姫様とか華麗に助けてしまう様な勇者に、憧れていた……いや、憧れているのだから。

 魔王は倒せない。そんなもんいないし。

 世界は救えない。世界は全然平和だから。

 でも、今、このお姫様は助けられる。
 助けるといっても、手助け程度の意味だが。


ガイア

ま、自称勇者にはそれくらいがお似合いだ。

魔法が使えるお姫様(ガチ)

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