佐藤

今日からお前、ツイッター禁止な

田中

は、なんでだよ

 


 昔からの友人である田中の部屋で、俺は高らかに告げた。
 自室の床に寝転びながらスマートフォンを操作していた田中は顔をあげると、怪訝そうな表情を俺に向ける。
 スマートフォンの画面には、縦に長く羅列されたいくつかの画像と文章の数々。
 それは「ツイッター」だった。


佐藤

なんでもなにもないんだよ。今日からお前にはツイッター禁止令がくだされたんだ。

田中

いや、くだすなよ。佐藤、お前どうした?

田中

かまってもらえなくて寂しいのか? ちょっとリプライ返し終わるまで待ってな。

佐藤

待てねえよ。今すぐやめろ。永遠にやめろ。

田中

だからやめねえって。あとでモンハン一緒にやってやるから、ちょっと待ってろ。



 そう言って再びスマートフォンの画面に視線を戻すと、フリック入力を駆使しながら「ツイッター」に勤しむ田中。
 俺は苛立ちを覚えて、強制的に田中のスマートフォンの電源を落とした。
 突然の行動に当たり前ながら田中は驚いたようで、あっけにとられたような表情に向けてくる。


佐藤

聞こえなかったのか、ツイッターは禁止です。

佐藤

あ、今だけじゃないぞ。これからずっとだ。というかアカウント消せ。急いで消せ。さあ消せ。すぐ消せ。俺の見てる前で消すんだ。

田中

なあ佐藤、お前本気で言っているのか? さすがに意味がわからないぞ。
理由をちゃんと説明しろ。そんなに寂しがりやでもなかっただろ。

 

 山田がため息をついて、俺をまっすぐに見つめてくる。少し心配そうな表情でさえある。
 俺の突然の暴挙にも、怒るどころかこうして気にかけてくれる部分が田中のいいところなのだけれど、今この瞬間にの俺にはそんな田中の性格を鑑みるほどの冷静さはなかった。

佐藤

お前のツイートが腹立つんだよ!



 俺が面と向かい堂々とそう主張すると、田中の困惑はさらに深まったようだ。
 スマートフォンを俺に向け、これ見よがしに左右へ振る。田中の謎の癖だった。

田中

だったら、ミュートでもリムーブでもブロックでもなんでもすればいいだろうが。じゃなきゃお前がツイッターやめろ。

佐藤

お前、タイムラインから俺がいなくなってもいいっていうのか!

田中

俺が消えるのはいいのかよ!

田中

大体、どうして俺がお前にツイッターを禁止されなきゃならないんだ。俺のツイートの、何がそんなにお前を不快にしてるんだ。
謝って済むならちゃんと謝るから、はっきり説明しろ、説明。

佐藤

説明も何もない! 
禁止禁止禁止! 
禁止しししあああああああんあんあんあ!!



 埒が明かない俺に対し、困ったなと呟く田中。
 俺も俺で、我ながらどうかしてるなと思いながらも、感情を制御することが出来なかった。ここまで理屈や態度が破綻することがあるなど、自分でも不思議なほどだ。

田中

はあ? 意味がわかんな……いやあ、わかったぞ。

 

 田中は急に下卑た笑みを浮かべて、意地悪な光を宿した瞳で俺を見つめた。

田中

佐藤、お前嫉妬してるんだろ。

佐藤

はあ?



 山田は思い切り俺を見下すように言い放つ。

田中

まあわかるよ。仕方ないよな。俺はフォロワー五万人超えの『アルファ』だからな



 田中はスマートフォン電源を再度入れると、ディスプレイを俺に突きつけた。山田のツイッターアカウントのプロフィール画面には、気前のいいフォロワー数が踊っている。
 所謂『アルファ』というのは多くのフォロワー数を所持している、多数のユーザーから支持を受けているなど強い影響力を持った、人気のあるユーザーのことを指している。
 田中はツイッターを始めてわずか半年ほどなのだが、なにか特別な個性や能力があるわけでも、最初から著名人だったわけでもなく、一介の高校生にしか過ぎないにも関わらず、現在では下手なタレントよりも多くのフォロワー数を抱える『アルファ』だったのだ。

田中

俺の『自虐ネタ」、何気なく始めたことだったけれど、今となっちゃ何つぶやいても沢山の人から『お気に入り』に入れてもらえるもんな。

田中

 お前知ってたか? こないだ『まとめブログ』にピックアップされていたんだぜ。

佐藤

知らねえよ、そんなの。何も立派じゃねえだろ。

田中

一方お前のフォロワー数はいくつだ? えーっと、ちょうど百人? 友達と芸能人しかフォローしてないじゃないか。

田中

ダメダメ、そんなんじゃ。ツイッターの『面白さ』ってやつを充分に味わえてないよ

佐藤

なんだよ、ツイッターの面白さって。そんなもん知らなくたって困らねえよ。

田中

最近は女の子からもリプライが届くようになってさ。あれは絶対、俺に気があるね。

佐藤

ねえよ馬鹿。鏡見て物言えよ。天狗になるにも限度があるぞ。

田中

残念だけどな、俺の自虐キャラはツイッターじゃちょっとしたムーブメントなんだぜ。



 田中のドヤ顔に俺のストレスが限界を振り切り、気が付けば盛大に舌打ちをしていた。
 なんてことだ。こいつ、いくらなんても自尊心が肥大化しすぎているんじゃないのか。
 どうやら田中は、まるで自分が芸能人にでもなったかのような錯覚を覚えているようだ。俺は可及的速やかに、この男をツイッターから引き離さければならないと決意を更に強くする。

 そんな俺の気持ちと、今の自分の気持ち悪さを理解していない田中は、顔の筋肉を緩ませて次々と自慢じみた言葉を俺に投げ続けてくる。


田中

そうそう、こないだフォロワー三万人超えの××さんと一緒にCD出さないかとか言われたんだよ。まあ同人だけどな。

田中

あとフォロワー四万人超えの○○さんとちょっと大規模なオフ会を開くことになってさ。多分女の子もくると思うんだけど、どう? お前も行く?

佐藤

行かねえよ! っていうかお前も行かせねえよ! ツイッターは禁止だ禁止!

田中

だからなんで禁止なんだよ! お前は一体何なんだよ。物事は納得できるように言え。ひとりよがりなコミュニケーションはブロックの元だぞ。

 

 俺と田中が睨み合う。険悪な空気が二人の間に流れる。
 互いに主張を曲げる気はなかった。泥仕合のような口論が続いた。

田中

言っておくけど、お前が何を考えていようと、俺はツイッターをやめないからな! 俺みたいなイケてない男が誰かからこんなにチヤホヤされる機会、滅多に無いんだぞ。

田中

それに俺は笑いを取っていても誰も傷つけていない。なんたって『自虐ネタ』だからな。俺はもうツイッター無しじゃ生きられない身体なんだ、今日も明日もつぶやきまくって、色んな人から……。

佐藤

オラッ!

 

 俺は雄叫びをあげて跳躍すると、田中の腕にあるスマートフォンに飛び蹴りをお見舞いした。



 

 田中の手中から吹っ飛んだスマートフォンは窓の外へと飛び出し、路上を転がると通りかかった車に轢かれ、観るも無残に粉砕された。


田中

ああああああああ!! 俺のスマホが!! 死ぬ気で親におねだりしたのに!!

田中

お前、俺のスマホになんてことするんだ! っていうかこんなことしても別にツイッターができなくなるわけじゃないだろ!

佐藤

うるせえ馬鹿! 俺がツイッターするなって言ったら、黙って従えばいいんだよ!

田中

お前、いい加減にしろよ。さっきからなんなんだよ。この際だ、友達なら本音で腹割って話そうぜ。

田中

さあ、言いたいことがあるなら思いっきりリプライかDMしろ!

佐藤

なんでツイッターで会話するんだよ! 目の前にいるだろ! 何度だって言うぞ、お前のツイートは読んでいて我慢できないんだよ!

田中

はあ? ただの自虐ネタだろうが!

佐藤

だからだよ!



 俺の言葉に、田中は理解できないと言った表情を浮かべていた。
 友達なら腹割って、本音でリプライしろ、か。だったら言ってやろうか。この思いの丈を言ってやろうか。




 沈黙が流れる部屋の中、俺はすっと一呼吸置くと、




 『田中、お前にはもっといっぱいいいところあるだろ。優しいし、自分が思っているほど、イケてないなんてことないんだよ……。
 たとえお前にとってはウケ狙いのネタのつもりであっても、お前が自分を卑下することで、お前がみんなからダメなやつみたいに思われるの、耐えられないんだよ……』

佐藤

……。

佐藤

……俺、帰るわ。

田中

え、おいちょっと待てよ! 自由すぎるだろ!



 結局、俺は真意を田中に告げることもなく、そそくさと背を向けると静かにその場を後にした。
 思いのままに伝えることが恥ずかしかったというのは確かにあったかもしれない。が、愚直に伝えたら伝えたで田中も困るであろうことが目に見えていた。
 かといって、なんだか適当な理由を探して言い繕っても、それはそれで何の解決にもならないであろうし、何より俺自身それほど言葉が器用でないことは、これまでの田中とのやりとりからでも自分で察することが出来た。
 何より、そんなことで田中に嘘をつくことが忍びない。

 しかし、田中の思っているような意味とは違うとはいえ、田中による「嫉妬」という指摘は的外れなどではないのだ。
 俺と田中は小学校からの親友で、いつも二人で行動を共にしていた。そんな田中がネット上とはいえ、たくさんの人間からちやほやされることに、妬みのようなものを抱いていたことは否定出来ない。
 それがどういう方向性のものなのかはわからない。しかし、それを自覚すればするほど自分の器の小ささに自己嫌悪を覚え、かつそんな感情を払拭するために、田中の前でけんもほろろな態度を見せてしまったのだ。

 自分の部屋に辿り着くと、田中からメールやLINE通知でも届いていやしないかと思ったが、スマホを覗く気力もわいてこなかった。そもそも田中のスマホは俺が壊したので田中は連絡の送りようもなかったのだが。
 

佐藤

……

 

 翌日、ツイッターを覗くと田中は相変わらずの調子である。耐えられなくなり、俺は田中をミュートした。
 田中のいないTLは、ただそれだけで廃墟のように寂しい。


 我を忘れていたとはいえ、昨日の俺はあまりにもお粗末すぎた。
 少しばかり、いや相当言いすぎてしまったか。それも、田中には俺がなぜあのような醜態を晒していたのか、その理由の検討もついていないのだ。



 そのとき、俺は自分のフォロワー数が百一人になっていることに気が付いた。新しいフォロワーを確認すると、新しく作られたばかりのアカウントで、よく見ると俺しかフォローされていない。

佐藤

あっ……!



 プロフィールには簡単に、こう記されていた。




『たったひとりの親友をフォローするためのアカウントです』


佐藤

……。



 俺は急いでフォローを返すと、自分がツイッター廃人になってしまいそうな予感を覚えていた。


いますぐやめろ!

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