山菜大器

今日は事務所に僕だけか。……ま、いつものことだし

 この掘っ立て小屋が、僕――山菜大器(やまなたいき)のバイト先の事務所だ。
 ドアはガタガタで、すきま風がひゅーひゅー吹いてくる。冬場は地獄なんだろうけど、今は初夏なのが幸い。
 僕はここで今日、この仕事に志願してくる新人の面接をしなきゃいけない。
 え? なんの仕事かって?
 ――夜の、工事現場の力仕事だ。

山菜大器

この仕事も、始めてはや三ヶ月。慣れたというか、慣れすぎたというか……

 若手のいない職場だから、僕は重宝されまくり。未成年は労働基準法とやらで夜十時以降は働いちゃいけないんだけど、オッサン達が出勤しにくい夕方から午後十時の間を埋めるのに、僕は最適らしい。
 力仕事はもちろん事務雑用全般をホイホイ任されているうちに、僕はすっかりこの仕事に慣れてしまった。
 だけど……。

山菜大器

僕はまだ高校二年生だってのに、バイトの面接を僕なんかがやっていいの!? 大体、どんな人が面接に来るのかの前情報ゼロ。履歴書も渡されてない。来る人の名前すら知らない

 ひとりごとが止めどなく出てくる。どうせ誰も聞いてないし、いいよね。

山菜大器

ま、いっか。こんな職場だし、強そうな人なら適当に採用しちゃえば。まさか夜の工事現場に、華奢(きゃしゃ)な人が申し込んでくるわけないし……ん?

山菜大器

なっ!?

 なんだなんだ、なんの音!?

小豆沢はれ

あのー、失礼しま~す!

山菜大器

えっ? あ、どうも……?

 明らかに場違いな、ほっそりしてて小さい女の子が現れたぞ。僕と同じ学校の制服を着てるけど、こんな子いたかな? 違う学年かな?

山菜大器

ええっと……ここは○×建設の出張事務所だけど、別の場所と間違えてない?

小豆沢はれ

あ、○×建設さんですね。大丈夫でーす、合ってます! 私、バイトの面接に来ました!

山菜大器

……ええっ!?

 この子が、今日の面接の相手!?

山菜大器

ここの仕事、夜の工事現場作業がメインだけど、本当に間違えてない? 事務職専門の募集じゃないよ、力仕事ありまくりだよ!?

小豆沢はれ

あははっ、大丈夫ですよぅ~。工事現場のお仕事だからこそ、申し込んだんです!

 日本語の「だから」「こそ」って、今みたいな使い方はしないよね。
 あの細い腕や腰、しゅっとした脚……。この子が重い荷物を運んでる姿は、とても想像できない。

小豆沢はれ

なんですか、じろじろと。……あ~、お兄さん、ひょっとして! 私のスタイルを見て、工事現場の仕事なんかできっこないって思ってますねー? 女には無理だとか思ってますね!? そういう判断はセクハラですよ。あと、目線がちょっとえっち

山菜大器

いやいや、どうして僕が追い詰められてるのさ!?

 これから面接するのは僕なのに、この子相手だと、むしろ面接される気分になりそう。

小豆沢はれ

ああっ、すみません! そういうつもりじゃないんですけど、つい……。ごめんなさい面接官さん、私を落とさないでください! 早くお金がもらえるようにならないと、私……飢え死にしちゃいますっ!

山菜大器

う、飢え死にだなんておおげさな……

小豆沢はれ

ほんとなんですよぅ~、お願いしますっ!

 申し訳なさいっぱいの顔で、ぺこぺこと頭を下げ始めた。表情がころころ変わる。裏表のない、いい子なのかも。……あれ?

山菜大器

僕が面接官って、どうしてわかったの?

小豆沢はれ

だってさっきまで、ひとりごとをブツブツ呟いてたじゃないですか。面接がどーの、履歴書がないとか。ドアのすき間から外まで聞こえてましたよー

山菜大器

うああ~……

 ひとりごとを聞かれてたって、なかなかにつらいな……。

小豆沢はれ

それより、履歴書がないってことは私のことを全然ご存じないんですよね。じゃあ、改めまして自己紹介を!

山菜大器

う、うん……よろしく

 この子に仕切られながら面接が始まった。やっぱり僕が面接されてるような気分だ。

小豆沢はれ

私、小豆沢(あずきざわ)はれって言います! はれちゃんって呼んでもいいですよー?

山菜大器

呼ばないからっ!

 そんな笑顔で言われても困る。初対面からそんな呼び方できないよ。いい子みたいだけど、このノリには疲れそうだなあ。

小豆沢はれ

私、すっごく『ちからもち』なんです! だから、必ずお役に立てると思いまーす!

山菜大器

は? ……力持ち?

 その白く細い腕で?

小豆沢はれ

はいっ! ほら♪

 袖まくりしてきゅっと作られた力こぶはほとんど形を成しておらず――ただ不覚にも、その仕草にどきっとしてしまった。

 僕は最初、小豆沢を不採用にしようかと思った。
 いい子だからこそ、過酷な仕事なんてさせたくないと思った。力仕事であることを除いたとしても、そもそも深夜にかかる仕事だ。よくない。だけど――

 すがるように頼み込んできた彼女のお腹が、なにかを激しく主張した。

山菜大器

うー、あー……了解だよ。とりあえず、採用ってことで!

小豆沢はれ

あ、ありがとうございまぁす!!

山菜大器

でも、バイト代がすぐ明日もらえたりはしないと思うけど……大丈夫?

小豆沢はれ

えっ、やっぱりすぐにはもらえないんですか? たぶん、あと何日かは生き延びられると思いますけど、バイト代、来月末とかになっちゃいますか……?

 そ、そんな悲しそうな顔で見つめないで欲しい……。ええいっ、もう!

山菜大器

わかった、バイト代を少しでも早めにもらえないか、頼んでみるよ。

小豆沢はれ

えへへっ、ありがとーございます☆

 僕は押し切られるようにして、彼女を採用する判断をした。返ってきた満面の笑みがあまりにもまぶしい。この笑顔が過酷な労働で失われるのかも知れないと思うと胸が痛むけど、彼女が望んだことだから仕方ない。
 重量物を運ぶことはできなくても、小豆沢ができる現場作業はきっとあるさ。
 ……誰も文句言わないよね? 僕が今回の面接と採用判断、一任されてたんだからね?

小豆沢はれ

あの、お兄さん、お兄さん……またぶつぶつなにか言ってますよ? 誰に向かって言ってるんですか?

山菜大器

う、えっと、いやいやこれはただのひとりごと……

小豆沢はれ

また、ひとりごとですかぁ。ところで、お兄さんの名前、教えてもらってもいいですか?

山菜大器

あ……そう言えば名乗ってなかったね、ごめん。僕は山菜大器(やまなたいき)。よろしく。

小豆沢はれ

山菜さんですね。はい、よろしくお願いしまぁすっ!

1話「小豆沢はれの力」

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