ボクらはしばし口を閉ざしました
ボクは夕食前に逃げてきたので、かなりお腹が減っていました…
あぁ、そういえば、飯は食ったのか?
元・接客業だけあって、結構気遣いのできる人…というか、吸血鬼のようです
ボクの空腹を見破ってしまいました
きゅう…
しかたないな、
ワインに合いそうなつまみくらいしかないが…
彼が言いながら立ち上がろうとした瞬間、ボクの耳に微かな悲鳴が聞こえました
……!
悲鳴だ!
彼も気づいたようでしたが、ボクはすでに玄関に向けて走り出していました
真夜がドアを開けると同時に、ボクは弾かれたように飛び出し、隣室のドアに走り寄りました
もう一度、微かな悲鳴!
ボクはドアに爪を立てて引っかきましたが、金属製のドアはびくともしません
どけ!
言うが早いか、真夜がドアノブを掴み、勢いよく開きました
かかっていたロックの金具が引きちぎれました
さすが人外の力です!
ひ、い、いや……!
……!!!
玄関を入ったすぐの廊下の床に、人の姿がありました!
宅配業者風の服を着た男が相川さんの上に覆い被さっていたのです
ボクは頭に血が上りそうになりました!
……!
ガウ!
グルルルー!
ひ!
なんだ、このワン公!
クソ!!!
ボクが飛びかかると男は這うようにして逃げました
追いすがってきた真夜は男を取り押さえると、すかさず殴って気絶させました!
はぁはぁ!
相川さん、怪我はありませんか?
あ、ああ…!
相川さんは真っ青になって震えていました…
サイレンの音がけたたましく響いていました
異変に気づいた近所の人が心配そうに覗き込んでいますが、警官が追い払っています
ボクは何も出来なかったので…
とりあえず、相川さんの近くにいました
この姿でも悪いことばかりではありません
真夜が殴った犯人はすでにパトカーで連行され、やがて到着した救急車に相川さんも乗せられていきました
真夜は警官に話を聞かれ、ボクのことを「旅行に行く友人から預かったシベリアンハスキー犬」と説明しました
「犬が隣人の悲鳴に気づいた」
「犬が勝手に犯人に飛びかかったので、自分は命令していない」などなど…
まあ、随分と嘘ばかりなのですが、警官は納得しやすい説明に耳を傾けてくれました
ふう…
目立つことはしたくはなかったが、
隣人が傷つくのは好まない
……
…君、頭に血が上って犯人を噛み殺すんじゃないかとヒヤヒヤしたよ
たしかに頭に血が上ってしまいましたが…
一応自制しました
我を忘れたら自分でもどうなるかわからないので…
まあ、事なきを得たな…
警官に探りを入れてみたのだが…
どうやらあの犯人、この近辺のマンションなどで弁当の宅配業者として物色してから、誤配を装って、強盗や暴行を繰り返していたらしい
隣人はシングルマザーのようだったし、
帰りも遅いことが多かったようだから狙われたのだろうな…
……
それに加えて…
彼女はそういう血の匂いがするからな…
……
なあ、君、彼女に気があるのなら、それとなく守ってやれよ?
……!!!
彼が急に変なことを言い出すので、思わずドキドキしてしまいました…
…まったく、大人っていうのはすぐに気があるとか、ないとか言うので困りものです…
くすくす…
その顔は「百も承知だ!」ってことかい?
違う違う、
そうじゃない…って、言葉が通じないのはすごく面倒くさいです
ああ、そうか、メシだな!
安心しろ、ドッグフードじゃなくて、冷食のワインのつまみだ!
…ローストチキンとカニのテリーヌ、それとチーズ…
なかなかうまそうだなあ…
さて…
そろそろ仕事をしないと…
リモートとはいえ、一応、
ノルマもあるしスケジュールもあるからな
奥の部屋で仕事をするが、
適当に過ごしてくれ
バスタオルと着替えを置いておくから、人間に戻ったらシャワーを使うといい
ああ、それと…
話し声がしても気にしなくていい
……?
それじゃあ…
真夜は奥の部屋へと入っていきました
何から何まで、色々と感謝です…
この姿ではお礼は言えませんが
おなかが膨らんだので、
ちょっと眠くなってきました…
……
例の人狼の小僧か…
ああ
人目に触れる前に連れて来れてよかった
隣でひと悶着あったようだな?
……
ククク、まるで人間のようじゃないか?
助けた姫君にキスでもしてもらったか?
お前は下世話だな
使い魔は使い魔らしく、慎ましく影に隠れていろ
ヒヒ、笑わせるな
俺はお前の使い魔になった覚えはないぞ?
真の主の命令に従っているまでのこと
お前の命令を聞くつもりはない
好きにしろ
第7話 終