為人

それからしばらくの間は何事もなく日々が過ぎました

為人

学校の授業と部活、
時々はクラスの人達と話したり…

為人

このまま平和に学生生活が送れればいいのですが…

その日ボクは図書室に寄らずに家に帰りました

その日の夜は満月だからです…

おばーちゃんの家に住むようになってから、満月の夜を迎えるときは早めに寝たふりをします

一人でこっそり押入れの中で過ごすのです
おばーちゃんも遅くまで起きている人ではないので、誤魔化せました

夜半におばーちゃんが来ても押入れの中までは見ないだろうし…
後で尋ねられたら、眠れなかったので散歩していた、と言えばどうにかなりそうです

ボクは狼化しても人間の意識を持ったままいられます
そうでなければ…

考えたくはないですね…

 

家政婦の田代さんが作る晩御飯の
匂いがし始める頃、
庭で人が騒いでいる気配がしました

庭で騒いでいたのは伯父さんでした
伯父さんはいつもその時間帯を狙ってくるのです…

伯父さん

おふくろー
来たぞー!
晩飯、何?

おばーちゃん

守!
ご近所迷惑だから大声を出さないで!
あなた、また酔ってるわね?
お酒はやめるって言ってたじゃないの?

伯父さんは以前お酒に酔って奥さんと子供に乱暴しました
それで二人は出て行ってしまったのだそうです…
お酒はやめると言いながら、
なかなかやめることができないようです…

伯父さん

うるせえな
怒ると血圧上がるぞ?

おばーちゃん

じゃあ、ストレス因子のアンタが来なけりゃいいのよ!

伯父さん

あぁ?

お、奥様…

さすがにおばーちゃんや田代さんには手が出ないようですが、その代わりに伯父さんはボクを狙ってきました

伯父さん

おやおや…
誰かと思えば、優等生姉貴の息子じゃねえか?
どうだ、勉強してるか、えぇ?

…ハイ

伯父さん

日本語憶えたかぁ?
ヒック!
よーし、おじちゃんがいいところに連れて行ってやるよ!
きれーなおねーちゃんに遊んでもらおうぜ!

おばーちゃん

守!

伯父さん

社会勉強ってやつだよ、おふくろ!

おばーちゃん

何言ってるの、為人は未成年よ
変なこと言わないで頂戴

伯父さん

へ?未成年かー!
図体ばかりでかくなりやがって
ウドの大木って言葉、知ってるか?

……?

伯父さん

見かけはでけぇが、中身は空っぽって言ってんのさ

おばーちゃん

守、お腹が減ってるなら、キッチンにお行き
ご飯くらいは食べさせてあげる

伯父さん

ちっ!
そんな邪険にするなよ
ヒック!

伯父さん

じゃあ、小僧、お前も大人の第一歩だ、
おじちゃんと酒でも酌み交わそうぜ

おばーちゃん

いい加減にしなさい!
為人は未成年だと言ってるでしょ!

伯父さん

ああ、もう、うるせえな!
おふくろはいつでもガミガミ怒ってばかりだ!

イライラした伯父さんが手を上げたので、
ボクはとっさに裸足のまま庭に降りて
二人の間に割って入りました

伯父さん

こいつ!
これは家族の話なんだよ!
赤の他人がしゃしゃってくんな!

おばーちゃん

なんてことを言うの、守!

伯父さんはボクに掴みかかってきました

正直、酔っ払った伯父さんの力くらい、どうってことはありません

でも…
ボクが少し興奮すると、体中の毛穴がムズムズするような感じがしました

まずいです…
まだ夜半じゃないけど、満月の力は確実にボクに迫っているのです…
攻撃的な伯父さんに対してボクは怒りを覚えているのだと気づきました

興奮すると狼化が早まってしまうかもしれない!

ボクは思わず怯んでしまいました…

伯父さん

ケッ!
弱ぇくせに出てくんな、このでくの坊が!

おばーちゃん

いい加減におし!

す、すごい音がしました!

な、なんとおばーちゃんの鉄拳制裁!?

おばーちゃんが守伯父さんを殴ったのです!

伯父さん

痛ぇ!!!
くそ、おふくろ…!

おばーちゃん

子供の前で恥ずかしいと思わないのかい?
アンタって子は!

伯父さん

う、うるせえ!

お、おばーちゃん…!

伯父さんは今度はおばーちゃんに突っかかっていこうとしています
でも、コワイのか腰が引けている様子です

おばーちゃん

為人、一旦お逃げ

でも…!

おばーちゃん

田代さんが警察呼んでるから

……!

おばーちゃん

早く逃げて

その言葉を聞いたとき、ボクの全身はまたザワザワときました…
それは亡くなったおかーさんが最期に言った言葉と同じ…

ご、ゴメンナサイ、おばーちゃん!

とりあえず、ボクは裸足で飛び出し、逃げました!

おそらくその場にいたらボクの体は変わってしまったことでしょう…

走って、走って…
ボクは人目を避けて、夜の公園へと走り込みました
すぐ横の高架を電車の音が耳障りに響きます

目をやると…
ボクの手は毛が生え始めていました!
獣の、少し硬い体毛です

ああ…!

公園の隅にある公衆トイレにボクは走り込み、個室に入ってドアを締め、しっかりと鍵をかけました…

ガタガタ、ブルブル…

ボクの体は興奮状態で震え、思わず歯がカチカチと鳴りました…

こんな状況で変身してしまうなんて…!

ボクは慌てて服を脱ぎ始めました
着ているものを汚したり破いたりしたくなかったからです

服を脱ごうとするボクの手はすでに人間の手の形ではなくなっていました

はぁ、はぁ、はぁ…!

どうにか服を脱ぐことが出来ました
ボクは脱いだ服をまとめて咥えました
このままトイレの個室に隠れていたいのは山々ですが…

実は最近、この公園のトイレ周辺では夜になると悪い人たちが集まっているという噂があったのです
トイレのドアが壊されたり、ラクガキされているのもその人たちの仕業なのでしょう…

もしもこの場に、一見大型の犬のように見えるボクがいるのが見つかれば、
何をされるかわかりません…
だから公園の奥の茂みにでも身を隠そうと思いました

もちろん、ボクの力なら銃を持たない人間数人くらいなら対処できるでしょう

でも、ボクは人を傷つけたくはなかったのです
たとえ悪人でも…できるだけ関わり合いには
なりたくなかったのです

服を咥え、便座の上に上がるとぱっと飛び上がりました
個室の壁を飛び越え、床に着地するとそっと外をうかがいました

そこでボクはトイレの個室のドアの鍵が掛かったままなことに気づきました
…明日にでも様子を見に来ることに
するしかありません

少し離れたところに街灯があって薄明るくなっているだけで、人の気配はありません
また高架の上を電車の音がします…

ボクは公衆トイレを出て、走りました
高架に寄り添うように細長い敷地の公園の奥には植え込みがあります
その根本に身を隠そうと思ったのでしたが…

…誰かいる…!

悪人さん?でしょうか?

やあ、いい月夜だね

……

妙な気配に呼ばれて来てみたら…

これは迷子の子犬かな?

……

嗅いだ覚えのある匂いでした
男性用香水とそれに混じる微かな腐った血肉か何かの臭い…

咥えているのは服か…

もしや、人間の意識があるのか?

ボクはとりあえず頷いて見せました

つづく

第7話 1 オオカミ少年、困る

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