バタン!!
ーーそのことなんですが
婚約者であるゆうちゃんの不安を
解消させる意味で本日あなたたち
と会わせていただいたんですが、
その事情を僕の口から語るわけに
はいかないし、また、語りたくも
ないんです。……ごめんなさい
ちょっ、ちょっと慎君!
それはないんじゃないの!?
こうしてわざわざ探偵君や同僚
が力を貸してくれているのに!
部外者たる僕らはいつでも
手を引いていいんだがね、
三本松さんのその答えでは
鈴木さんは永遠に納得する
ことはないと思うが?
…………
そのとおりよ! あなたも私に
誠実でいてよ! 特に、家族に
関する隠し事はやめてーー
ゆ、ゆうさん、どうか
落ち着いて(どうしよ、
本格的なケンカに突入
しちゃいそう……)
ふむ……
三本松さん、もし可能なら
妹さん用の洋服等を見せて
もらっても?
ああ、見るだけだ。下手に
触ったりしないと約束する
……いいですよ
ドレッサー室へご案内
します
いや、案内は結構。行き方
さえ教えてもらえれば
あなた方はその間に、双方
頭を冷やしておいてくれ
そうね。……そうさせて
いただくわ
ほら、佐藤さん行くぞ
ホッ、助かった!
わ……すっごーい!!
若い子に人気のブランド
がこんなに沢山……!
……全部が同じデザインに
しか見えないんだがそう
なのか?
そうなんですぅ
ほら、このマネキンが着ている
一式なんて去年の流行を上手に
組み合わせているんですよ
バッグはこのブランドで、靴は
こっちって風にこだわりがある
みたいですね〜
これらが使用済みかどうかは
見てわかるものなのかな?
うーん……
綺麗に使用していれば見分け
はつかないし、専用のクリー
ニングにマメに出してるかも
しれませんから、私みたいな
素人にはちょっとわからない
ですね
じゃあその線から妹の
実在は追えないな……
ただ……
ただ!?
あ……全然たいしたことじゃ
ないんですけど!
妹さんの持ち物にしちゃあ
服が少な過ぎるし、これは
普段使いできない高級な物
ばかりだな、って
…………
別な部屋に他の衣服や普段着
があるかもしれませんしね
あ! このパフューム、私も
大好きなんです。中身は割と
減ってますね
クンクン
プシュッ!
プシュプシュ!
ちょっとちょっと!?
ダメですよ御手洗さん!
勝手に触らないって約束
したじゃないですかっ
……間違いない、こっちだ
アロマの匂いより強く感じた
のはこっちだった。廊下にも
こいつが匂っていた
バタン!!
ひゃっ!?
その時。室内であるにも関わらず
突風が吹き、開け放たれた扉から
香りが拡散していった
ーーぃよっ! ボンボン探偵
ここにいたんか、待たせたな
なっ!? 梨元刑事、
どうしてここに……!?
いまドアが勝手に開いた
のって梨元刑事が向こう
から開けたから、だよね
……?
どうしてってそりゃあ、
ボンボンのお目付役から
調査を依頼されてよぉ
結果をなるたけ早く知り
てぇだろうからタクシー
飛ばしてきたんだわ
あー……さっき5分だけ待たせた
のってじいやさんに電話をかけ
にいってたんですね!?
そういうことだ
うちのじいやはお菓子作りや
もてなしに関しては最上級の
プロなんだが、調査などには
てんで疎くてな
そういう場合はこのヤニ刑事
が最も頼りになる
おいらなら現役を引退したも
同然だからいっくらでも時間
とツテを使えるしなぁ
多忙などどさんだとなかなか
そうはいかねぇよ
ところで、居間で言い争ってる
さっきの嬢さんたちに声かけて
あがらせてもらったんだがよぅ
嫌に険悪だったけど、ありゃあ
でーじょーぶなんかい?
でーじょーぶでーじょーぶ
妹の謎が解けてしまえば即
元サヤに収まるだろうさ
さ、ヤニ刑事
調査した内容を教えて
もらおうか?
あいよぉ、ガッテン承知
……そ……そんなことが
あっただなんて……
……なるほど。ヤニ情報と僕推理
を融合すれば、散らばった点が
ようやく一本の線で繋がったぞ
逆においらのほうがワケ
ワカメんなっちまってら
この情報が何の役に立つ
ってんだぁ!?
少なくとも階下のカップル
の険悪な喧嘩を止められる
のは間違いない
さ、答え合わせに行こうか
ーーこれから僕なりにたどり
着いた結論を披露させて貰う
途中で異議を唱えるも間違い
を訂正するもどうぞご自由に
え……マジで? こんな早く
何かわかったっていうの?
…………
話は株式会社スリーパインの
拠点がまだ安アパートの六畳
一間だった時代にまで遡る
チラリ
コクン
えぇと、15年前の10月2日だね
その日旦那は朝から金策に出かけ
長男の慎さんは修学旅行中
経理兼事務係の奥さんが山ほどの
在庫整理に取り組みながら、長女
雪ちゃん5つの面倒を見ていたと
大口の取引が入っていたため
奥さんの意識は雪ちゃんへは
あまり向いちゃいなかった
雪ちゃんもひとり遊びが上手
な手のかからない子で、よく
荷物の間でかくれんぼをして
いたらしい
おかあさーん
かくれんぼだよ
おかあさんが
ゆきをみつけてー
後に、奥さんはこのセリフだけ
は覚えていると言ったらしいね
てっきり荷物の間で遊んでいる
と思っていた雪ちゃんはいつの
間にやら外に出て、大型ダンプ
に轢かれて亡くなってしまった
ーーっ!?
……病院に駆けつけた時の
奥さんの嘆きはそりゃあ
もう凄まじかったとか
娘の代わりに私を殺せ、
頼む殺してくれってな
お気の毒すぎて……もう
公式の記録とはいえ家族という
当事者たちが語るにはあまりに
辛い記憶だ。三本松さんが自ら
進んで話したがらないのも無理
はない
鈴木さんの疑問に答えるため
とはいえ、家族の傷をあえて
ほじくり返したことは申し訳
ない。詫びさせていただく
こちらのお宅は家族経営なだけ
あって元々結び付きが強かった
と聞くがよ、雪ちゃんのことが
あってからより一層互いが互い
のことを思いやるようになった
そうじゃねぇか
じゃあ、あの……妹さんは
亡くなったその雪さん、
のことだったのね……?
ここまでで充分鈴木さんへの
答えになるとは思うけど少し
だけ追加項目があるのだ
御母堂の彩子さんは雪さんの
一件以来精神的な不調が続き
アロマテラピーの勉強を開始
したのも、自身の不眠を解消
するためだった
コスメを扱う会社ということ
もあり彩子さん主催の講座は
若い女性陣に人気があった
とーーここから先は僕の
推論、というより、想像
の域を出ないんだが
自分の娘がもし生きていれば
今頃こんな風に……と亡き娘
と彼女らを絶えず重ねていた
彩子さんには必然的にとある
趣味が芽生えていた
成長していく雪ちゃんに似合い
そうな洋服や靴、バッグを買い
揃えていくことだ
枚数からいって、おそらくは年
に1、2回、例えば誕生日などの
タイミングで揃えていたのでは
ないかな?
ああ、ね。それくらいなら
あの枚数でも納得です
高級な物ばかりだったのは
普段使いじゃなくてお祝い
用だったからなんですね
匂いにこだわりの強い彩子さん
は雪ちゃんをイメージする香水
を巧みに選び出し、たまにその
香りをふりまいて、雪ちゃんが
さながら、一緒に暮らしている
ような悲しい欲を満たしていた
のではなかろうか
家族たちも彩子さんに快く調子
を合わせてやったはずだ
あっ!? そこをたまたま私に
見られてしまったから、全員が
照れ笑いで誤魔化したんだ?
見ていたかぎり、ここの男性陣は
みな心優しいし、もともと家族仲
もいい
同調することで妻君が母親が正気
を保ってくれるならいくらでも話
を合わせてくれそうだからな
……母のため……だけじゃ
ないんです
ん〜? 何か言ったかい?
そこのあんちゃん
「いま雪が階段のところに
いたねぇ(……なつもり)」
「今回の秋物は雪に色味が
ピッタリじゃない?」
「雪はきっとキッチンで料理
を習いたいんだわ」
最初は……僕も父も母に調子を
合わせているだけだったのに
柔らかな香りと母の優しい声
に耳を傾けている内に何だか
本当に……成長した妹がうちに
帰ってきてくれたような気に
なっていったんです……
どひゃー! すんげぇ
言霊使いだな、アロマ
テロってなぁ!
テロリストみたいな
言い方はやめろ
あのオンボロなアパートでひとり、
健気に遊んでいた5才の雪ではなく
母の用意した服に身を包んだ年頃の
妹がいつもそばにいてくれるみたい
で、みな馬鹿馬鹿しいとは内心思い
つつ、どうしてもごっこをやめられ
なかったんですーー
…………
理由が理由だけにゆうちゃんには
言うに言われず、母も亡くなって
しまったし、このまま隠し通せる
かなって……ごめんなさい
結果的には不安がらせてしまい、
こうして色んな人をわずらわせる
羽目になってしまった
慎君……
コンコン
……失礼するよ
鈴木さん……私からもお詫び
します。これこのとおり、
要らん心配をかけてしまい
まことに申し訳なかった
お父様までそんな……!
いいんです、いいんです、
どうか頭をお上げになって
……家内が揃えた服の類は一斉処分
し娘の御霊は家内ともども菩提寺
で弔っていきたいと思う
そうするのが正解だったのだろう
皆さん、このたびはほんとうに
家族ごとでご迷惑をおかけして
しまいました……
いえ、そんな……
私なんかは全然
いやぁ……なんつぅか……
なぁ? あんちゃん達も
あんま気に病みなさんな
ーーというのが事の次第でな
三本松の人間たちがひたすら
平身低頭するだけの胸糞悪い
顛末になってしまったわけだ
ふーん? 何が胸糞なんか
あたしにゃわかんないねぇ
ちゃんとそれなりのお足は
いただいたんだろ?
相手が鈴木ならぼったくって
やったが、流れからして許嫁
が払ってきそうだったからな
寛大な心で、ヤニ刑事の調査
費分だけ受け取っておいた
そもそも、誠実を盾に他人の
うちの内情を暴こうっていう
その卑しい心根がムカつく
誰だって触れられたくない事
のひとつや百はあるだろうに
何様だオマエは
のぞき屋と大差ない探偵業
やってる奴の言えたセリフ
じゃないよねぇ
…………(←超図星)
あ、このミカン
おいちー
……待て。なぜ僕は大家と
アフタヌーンティーを楽
し、いや楽しくはないな
、やっているんだっけ?
なぜって。家賃を取りにきたら
あんたンとこのひつじがお茶に
招いてくれたんじゃないのさ
そういうことです
ささ、ぼっちゃま、さぞかし
お疲れでしょう。本日は世界
最高峰のブラックアイボリー
をご用意いたしました
は〜……効くー……
ーーして、妹君の衣装は
またご自宅にて燃やされ
たのでしょうか?
……いや……
妹さんが生きていれば同い年
だし、これらは自分が責任を
もって管理しますと鈴木嬢が
言い出してね
さーてさて? それこそ
“誠実”に役目を果たして
くれればいいんだがーー
ねぇ! このミカン
おいち過ぎない!?
きゃー! ウソ、やだこれ
×××の個数限定販売だった
ヤツじゃん! ついに予約
取れなくてがっかりしてた
ヤツー♪
っとと、いけないいけない
今はとりあえず少しでも高く
換金できそうな物を探すのが
先決……けど、ここまで減ると
さすがに気づかれるかな?
ま、わかりゃしないか!?
後乗せ麺も知らずに口にする
ような食にも生活にも無頓着
な連中だもんねー
ふふっ、前々から気になって
たのよねこのドレッサー室!
実在しない妹のための肥やし
にならなくてヨカッタわぁ
慎君、あなたに対して誠実で
いられるためにこれらを換金
するくらいは許してね?
それでお水時代の借金は全部
チャラになり、あなたの理想
の奥様になってあげられる♡
バンッ!!
ーーええっ!? やだ、何っ
ドアが勝手に……今日は私以外
誰もいないはず……っ
しかも……なに、この香水
の香り……きっつい!?
おかあさーん
おかあさーん
わるいひと……
みつけたよぉ
そうだねぇ……
悪い悪い人がおうちに
入り込んでいるわねぇ
シャー!!