リュウ君、はい、コレあげる
リュウ君てば最近寝ている時に
よくうなされてるみたいだから
パパに頼んで、有名な神社から
買ってきてもらったの
すごく霊験あらたかなんだって
リュウ君、はい、コレあげる
リュウ君てば最近寝ている時に
よくうなされてるみたいだから
パパに頼んで、有名な神社から
買ってきてもらったの
すごく霊験あらたかなんだって
これをこうしてーー枕の下に
入れて眠るといいらしいよ?
もうじきあたしたちの結婚式
なんだから、ハナムコさんが
睡眠不足で式の間寝てました
なんてことにならないように
ふふっ、おやすみなさい
…………
……? ここは……
この風景……この寂れ方……
間違いない、俺のいた村だ
ここが夢の中であることは
すぐにわかった
十代の頃に飛び出してから
一度も帰っていない故郷は
隣の町に吸収合併されて、
もはや存在しないのだから
寂れ果てた建物、埃っぽい
無人の道……
しかし妙に心安らぐのは、
そこがやはり故郷だからか
!?
西のほうからすさまじい女の
悲鳴が聞こえてきたのは気の
せいだろうか?
断末魔という表現がまさしく
ピッタリくるような……
現実なら足がすくむところ
だが幸いにもここは夢の中、
そっち方面にある自分の家
を確認するついでに行って
みるか
しかし聞き覚えのある声
だったな……
気のせいや風の音の聞き
違いではなさそうだ……
!! うちの前に誰かが
……いる!?
あら、リュウちゃん
じゃないの
ーーおかえりぃ
あ、姉貴っ
あやしく光る草刈り鎌を手に、
生前と何ら変わらぬ、おっとり
とした様子でほほ笑む姉
あの刃で首を掻っ切られても、
俺には文句を言う資格などない
父ちゃんと母ちゃんが続け様に
逝った後、死に物狂いでアンタ
を育ててくれた姉ちゃんが末期
の乳ガンだと知った直後だった
っけねぇ?
カラン……と乾いた音を立てて
草刈り鎌が地面に転がる
だが、握りの部分と刃に鮮血
がベッタリ付着していたのは
さすがに見逃せなかった
リュウちゃんが家の金という金
を盗ってここから逃げていった
のはーー
……すまない
謝らなくていいんよ
ここはリュウちゃんにとって
大切な“夢”であり“原風景”
であり、“魂の居場所”でも
あるの
アンタを苦しめる夢をひとつ
ひとつ潰してやったら、ここ
が残ったんよ
リュウちゃんはきっとずっと
ここへ辿り着きたかったのね
俺を苦しめる夢を……
ひとつひとつ潰す?
そ、それって……
キラキラした大都会に立派な会社
恰幅の良いおじさん上司、高級な
お酒、ブランド……
そういったものたちが澱みたいに
ごっそり積もっていたから、私も
協力して潰していったのよ?
ちょっ……
待って待って!
昔っから野心家なアンタが
慣れない大都会で頑張って
頑張って手に入れたモンが
今や、夢の中でまでアンタ
を苦しめてるなんてねぇ、
とんだ皮肉よねぇ
そんなはずがあるか!
俺は今の生活に、成功した
人生に満足している……!
いいんよ、ここでは素直
になろ?
ほら、潰し切れなかった
悪夢のカケラを姉ちゃん
が切ってあげるからね
……何を……
はっ!?
着ているものがいつの間にか
オーダーメイドのスーツへと
変わっていた
重役の娘、アリサとの結納用
に作ってもらった一品物だ
……じっとしていれば痛く
しないわ
その高そうなスーツは、
リュウちゃんの“虚栄心”
のあらわれよ。ここでは
不要なものなの
やっ! やめろー!
姉貴はやっぱり自分と
故郷を捨てた俺のこと
恨んでるんだろ!?
しつこいわねぇ。恨んで
なんかないったら
現実の姉ちゃんはおそらく
激痛にのたうちながら最期
の最期まで泥棒で裏切り者
な愚弟のことを恨んでいた
だろうけどね
ひぃっ……!
私は違う。私はアンタの
“罪悪感”のあらわれ
ここにいる限り、いくら
でも優しくしてあげるし、
悪夢がふたたび澱みたいに
溜まったとしたらあの方と
一緒に潰してあげる
さ、イイコだからじっとして
さっき入り込んできた悪夢は
ズタズタに切り裂いてやった
けど、リュウちゃんは表皮を
切り取るだけだから安心して
うわああぁぁぁ!!
ただただ恐ろしかった
ここから一刻も早く目覚める
ことだけを祈りながら走って
走ってーーさらに西にある村
のはずれまで来ていた
気が付けば氷のような雨まで
降り出してくる始末……
ここが深層心理の中だという
のなら、これは俺が無意識に
流している涙雨ではないか
はぁっ……!
はあはあはぁ……っ
あ! あんなところに……
今度は子ども、だと?
…………
雨降る廃村にポツンとたたずむ
いたいけな幼児のすがたに心が
チクリと痛んだ
散々利用してきた女が「子ども
ができたの」と泣いてすがって
きた日のことを思い出す
直後にアリサとの結婚が決まり、
後腐れなく別れたつもりだったが
もしほんとうに俺の子が腹にいた
としたらーー今頃はどんなふうに
成長しているだろう
なぁ、そこのボク?
君はひとりぼっちなのか?
……親御さんは?
幼児はこちらを一顧だにせず、
ひどく荒れた廃屋の中をのぞき
込んでいる
つられて俺ものぞいてみると
あ……あぁ……あ
アリサーーー!!!!
廃屋の上り口には……大量のアリサが
ぶちまけられていた……
中でもむごたらしく刻まれているのが
顔面で……こぼれ落ちた眼球には驚愕が
こびり付いている……
あの断末魔は俺のフィアンセが発して
いたものだったのだ
ーーリュウちゃんの最大の
悪夢がソイツだったのよ
キレイで、良い学歴と家柄
の、ワガママ放題でアンタ
にご執心なモンスター
しまった!?
背後を取られーー
ほらほら! これ以上手間を
かけさせないでくれる?
アンタがもう苦しまなくても
済むように、あの方が悪夢を
喰らい尽くして下さるからね
ピチャッ
クチャッ
や……やめろっ!!
貴様よせっ、アリサ
をーー
アリサを食うのは
やめてくれー!!
…………
はぁっ!!
はーっはーっ……
……夢……
悪夢よりもはるかに
タチの悪い……
リュウく〜ん
起きたぁ〜?
……アリサ!?
変なことを訊くけど、
無事だよなアリサ!
なぁにがぁ〜?
獏の絵、効いだみたいだね〜
リュウ君ぐっすり寝でだよ〜
あざ……ごばぁん……
どずる……だにが……
だ、べ……だ……