10 抗争鎮圧作戦 その5

ななな、な……

気づけばそこは、もとの倉庫。

ファンバルカ

はぁはぁ……

ビエネッタ

――――

絶え絶えの荒い息を吐くファンバルカと、両膝をつき、彼に目元を塞がれたビエネッタ。それと――

おおおおお、なぜ……!?

血を流し果てた魔犬の変わり果てた亡骸。

全ては、一瞬のこと。3人は、乱暴な言い方をすれば幻覚を見ていたに過ぎない。残された貴族2人からすれば、魔物が勝手に血を吐き崩れ落ちたようにしか見えなかっただろう。

たかが幻覚と言えど、強烈な現実感。そこで負った損傷は、そのまま己の肉体に返る……

ファンバルカ

ふふ、ふ……君の切り札はこの通り。

ファンバルカ

まだ歯向かうかい?

バーナード、これは貴様の仕業か……!?

知らん! お前の手駒ではないのか!?

己の手駒を同士討ちさせるわけがないでしょう!

ともかく! 我々の取引を見られた以上死んでもらうしかない!

ファンバルカ

未だ闘志緩まず。いいねえ、若さだねえ。――だが。

ファンバルカ

残りが人間だけならビエネッタくんの敵ではない。蹴散らしたまえ!

ビエネッタ

お待ちを、視界が回復しません。

ファンバルカ

なに?

敵を警戒するように首を振る。しかしその方向は……全く合っていない。あさってだ。見えていないのだ。

ビエネッタ

敵を倒し、ファンバルカ様は守る。今の状態では難しい任務。

ビエネッタ

ファンバルカ様ごと切り刻めば、前提条件が崩れますね。

ファンバルカ

早まってはいけない!

ファンバルカ

君がそんな状態では仕方がない。作戦変更だ。己の身を守ることに専念したまえ。

ビエネッタ

わかりました。ファンバルカ様は?

ファンバルカ

たまには僕も戦うさ。

なんと、ファイティングポーズ……!

ええい、一番手はやられたとは言え手駒は残っておるのだ。やってしまえ!

(そして間髪入れずハウゼンの若造も殺してやる!)

荒くれ者共が飛び出す。魔犬がやられたところを見ているにも関わらず、いずれも怯まない。流石は荒事になれた無法者たちだ……!

ファンバルカ

フフフ来るかい? 迎え撃たせてもらおう。

ムーキュ

キューー

たくさんの人形をばらまく!

無呼吸で斬り払われる!

ファンバルカ

うおおお戦士たち……!

中身の綿が空間を舞う。さながらそれは、彼ら人形の肉。血液。活躍の機会を与えられることなく散っていったのだ。

ビエネッタ

時間稼ぎにしかなりませんでしたね。

ファンバルカ

おや? 立派に役目を果たしたと思うが? いいかい、彼らの、

聞いていない! 何か言っているファンバルカを後ろに残し、ビエネッタは敵へと駆ける。

そして、“正確”に敵の土手っ腹に剣の腹を叩き込む!

ぐぉはッ……!?

見えていた、のか!? ……いや、そんなはずはない。まだ目は閉じたままだ。

――――音、だ。先程の人形が潰されれる音。そこから、敵の位置を割り出したのだ。

やめろやめろむちゃ、無茶苦茶だ。おいなんだ、こいつ、腕がめためたに曲がってないか!?

幻覚空間での無茶の後遺症である。

お構いなく左フック!

アボーーーーッ

は、はフ、なんだか知らんが周りがバタバタ倒れていく。助かった、よし逃げるぞ!

わざわざ声を上げて逃げてくれるとは親切の至り。

ビエネッタ

ポケットから取り出したカラーボール。声のした方めがけて放り投げる。

ファンバルカ

おお、いい当たり。

後頭部に直撃。殺傷力は無きに等しいが、突然の攻撃により足をもつれせさせもんどり打って転がる。

ボールの中の塗料により真っ赤に染まる頭! 一気に事件性を帯びた見た目になってしまった。

ファンバルカ

さて。これだけ騒ぎを起こせば十分だ。僕らはお暇するとしよう。

な、何を貴様ら……

その時である。

憲兵だ! おとなしくしろ! 近隣の住人から騒ぎが起きていると聞いて駆けつけてきた!

なッ……! しまった、時間をかけすぎたか……!

だが、マズい立場なのは貴様も同じはず……!

ファンバルカ

イヒヒ、こういうとき無名だと助かるねえ。

まずは……そこのバーナード様とハウゼン様を保護しろ! 怪我をしている!

卿ら……後で弁明をしていただきますよ!

や、やめろ! わたしのことはいい、あそこの不審者をまず捕らえろ!

ファンバルカ

たっぷりお灸を据えてもらうんだね。……さらば!

窓ガラスを割り、脱出する!

逃がすか! お、追えー……!

わかっていますから。もちろん追いかけます。

さあさあ、お二人はこちらですよ。

むぐ……むぐ……

ウォーーーーーーーー!

ファンバルカ

――あの後、二人の貴族の取引はニュースになったようだね。

ファンバルカ

正直にすべて話したとも思えないが、しばらくは世間の目を気にして、大きく動くことはないだろう。

ビエネッタ

そうですか。

ファンバルカ

これにて役所の仕事も完了だ。カルネー市のパワーバランスは守られた。

ファンバルカ

フフフ、僕も立派に社会貢献しているねえ。

ビエネッタ

そうですか。

ファンバルカ

もう少し興味を持ってもいいんじゃないかな?

ビエネッタ

人形が社会のあれこれに関わるべきではありません。

ビエネッタ

人形が、道具が、物事を考えだしたらロクなことにならない。

ビエネッタ

わたくしは、あなたが保有するただの兵器。使い方の是非は、ファンバルカ様が慎重に判断くださいませ。

ファンバルカ

……それには同意しかねるね……

ファンバルカ

さて。処置は完了だ。どうだい、見えるかい? ビエネッタ君。

ファンバルカはただ無駄話に花を咲かせていたわけではない。先程からビエネッタの周りを忙しく歩き回っては体の様子を確認していたのだ。

ビエネッタ

――……

ビエネッタ

……見えます。

ゆっくりと、目を開く。そこに、変わらず美しい宝石の双眸。

ファンバルカ

……よかった。あのまま僕の顔もわからないままになっていたら、どうしようかと思ったよ。

ビエネッタ

見えます――

ファンバルカ

やや、くり返し言ってくれるなんて嬉しいねえ。僕もよく見えているよ……

ビエネッタ

ファンバルカ様の話はしていません。

ファンバルカ

そうなの……

ビエネッタ

その後ろにいるものの話です。

侵入者か!? とっさに振り返るも、小屋には2人の他……誰も……いない。

彼女が見ているものは――

ファンバルカ
ビエネッタ

……一体、何人。引き連れているのですか?

ファンバルカ

…………ク……

ファンバルカ

ククク……成功だ……見えているんだね? 「それ」が。

ナニかが、通り過ぎた気がした。

ファンバルカ

……僕自身には見えないが。けれど彼らはいつでも僕の後ろにいる。それは知っているんだ。

ファンバルカ

この世ならざる者共。君は、それを見通す目を手に入れたのさ。

ファンバルカ

…………クク

ファンバルカ

クク、フヒヒヒヒ……! 愉快!

ファンバルカ

これだけの力があれば、虐げられることはもうない! 何事にも屈せず生きていけるんだ!

一人高笑いをする狂人。

ビエネッタ

魔を見通す目――

ビエネッタ

わたくしはどうなっていくのでしょうか。

ファンバルカ

ビエネッタ

ファンバルカ様はわたくしを人間にするとおっしゃった。これが、その一環だと、そう言うのですか?

ファンバルカ

…………

ファンバルカ

……すま、ないね……

少しだけ、寂しさを帯びた表情を見せる。だがそれも一瞬のこと。

ファンバルカ

そうとも。僕は君を人間にする。

ファンバルカ

そのためになら、君をぐちゃぐちゃに改造することも、ツギハギだらのオバケにすることも、ためらいはしない。

ビエネッタ

矛盾しています。オバケからどう人間になるのですか。輪廻をめぐるのですか?

ファンバルカ

おうおう、気の長い話だ。

ファンバルカ

……だが僕はせっかちでね。もっと近道を通るとするよ。

ビエネッタ

わかりました。そちらは、ファンバルカ様におまかせします。

ピシっと立ち上がる。

ビエネッタ

そして、わたくしは、次の行動が決まりました。

ファンバルカ

何かな?

ビエネッタ

手に入れた特技を活かし、新たな職を手に。ゴーストハンターとしてギルドに申請してきます。

ファンバルカ

待ちたまえ待ちたまえ。

ビエネッタ

生計の危ういファンバルカ様の家計を支える新たな稼ぎ頭として

ファンバルカ

嬉しいけど、いや悲しいけど、か……? ともかく待ちたまえ。

決然とした表情を貼り付け、扉へと向かうビエネッタを羽交い締めにするファンバルカ。お構いなく進もうとするビエネッタ。すごい力だ。ズルズルと引きずられる。

にぎやかなやり取りが、誰もいない静かな森にしばらく響き渡ったそうな。

続く

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