おい、おれの前で本を読むなと言ってるだろう!

バンデラ星のヤシャマルが、肩をいからせて食堂へ入ってきた。
イカレストリアのガス・ワルドは、眼鏡の奥から面倒そうに見返す。

いいじゃないですか、僕は留学志願生なんです。
セグルに到着したらすぐに試験なんです。少しでも勉強しなきゃ。

留学か何か知らねえが、おれの星じゃあ本は持つのも禁止だったんだ。
見るだけで胃がむかむかするぜ。

道理で教養のない顔立ちをしている。

なんだとぉ!

あんたたちねぇ、やめなさいよ。

割って入ったのはクラエス星のマヤノさんだ。
後ろで遠巻きに見ている人たちは、お茶会仲間らしい。

…………

…………

食堂は公共の場だよ。周りがうるさがってんのがわからないかい。

やかましい、ウサギがしゃべるな!

ウサギ呼ばわりはクラエス人に対する差別だぞ。

小人がしゃべるな!

小人はしゃべるだろ…

おい!
今、おれを馬鹿にしやがったか!?

西の屋敷へ移ってからというもの、こんな騒ぎはしょっちゅうだ。
乗客同士が顔を合わせることが、宇宙船生活より増えたせいだろう。

私はそんな騒音を極力シャットアウトしながら、食事を口に詰め込んでいた。

船ではお皿を部屋に運んでもらえたのに…
配給ロボが壊れちゃったんじゃ仕方ないけどさ。

とにかく早く食べ終わろ。
でないと――

みんな、ただいま!

ああ…来ちゃった。

一番苦手な人の登場に、スープの味も薄れて行くようだ。

おや、ヤシャマルも来た所かい?
ちょうどよかった、同席しても?

あ、ああ。
あんたならいいけどよ。

ありがとう!
じゃあ、ガス・ワルドも一緒に。

僕は食べ終えたところなので。

それは残念。
また今度ぜひ。

だけどトニトニ、君は一緒に食べるべきだ。ヤシャマルの羽織っている毛皮に興味があるって言ってたよね。

え、や、そりゃちょっと触ってみたいとは言ったけど、仲良くしたいとは言ってない。そんな差別主義者となんか。

差別? ああ。

…………

パーメントールはマヤノさんと目配せしてから、ヤシャマルに笑顔を向けた。

ヤシャマル、マヤノは人間だよ。いろんなことを知っているし、いろんな話をしてくれる。

一度じっくり話してみるといい。でも今日は、彼女には先客がいるらしいね。

遠慮することないわ、みんなで食べればいいのよ!

ヴェストリア星のキュラシーがマヤノさんたちの腕を引っ張って、パーメントールのいるテーブルに着かせた。

ね、パーム。あなたが来てくれて嬉しいわ。あなたって、いつも魔法みたいなタイミングで現れるのね。

そんなに喜ばれるとは意外だな。
もしかして、コレがあることバレた?

パーメントールがいたずらっぽく笑い、手に持った鞄を開いて見せた。歓声が上がる。

町のパティスリーに行ってきたんだ、みんなで食べようと思ってね。
そうだ、君にもひとつ。

空になった皿を持って立ち上がった私を、パーメントールが振り返った。

!!

広く開いた袖に、ころん、と個包装のマカロンを落とし込まれる。

君の好みをまだ知らないんだ。
口に合ったか、今度教えて。

よく知らない相手からもらったものを、食べるわけない。

突き返したいが人目があるし、それに両手もふさがっている。

私は頭だけ下げて、その場を逃げ出した。

パーメントール・ケミック=リスロットレーヤー。

船にいた頃は、その顔立ちと王子然とした振る舞いから、好意と反感を同じくらい受けていた。


しかし不便を強いられる共同生活で、その評価は一気に傾いた――つまり好意の方に。

彼は働き者だし文句を言わない。

よく気がきいて助けてくれるよ。

誰にでも分け隔てなく親切にするなんて、なかなかできるこっちゃありません。

人気者になればなるほど、反感も強まるのが普通だが、パーメントールの場合は違った。

人の悪意という存在を知らないのか、すべてをポジティブに解釈し、喧嘩を売られたことにも気づかない。
そんな態度じゃ怒ってる方が馬鹿らしくなるということで、敵意ある人間がだんだんと減って行ったのだ。

今ではこの通り、パーメントールが現れるだけでギスギスした空気が霧散してしまう。きっと先祖に空気清浄機がいる。

だけど…

私にとって厄介なのは、度を越した会話好きであることだ。

他の人と話すのは、構わないし好きにすればいい。
しかしなぜ、あからさまに無視してる私にもこりずに話しかけてくるのか。
一日ごとに記憶がリセットされる体質なのか。

人間関係は鏡だというが、パーメントールの鏡は割れている。

私は、話したくないんだよ…

自室に向かいながら、私はもらったマカロンの処遇に悩んでいた。

お、重い…

家事労働は当番制。
中でも私が大嫌いなのは、洗濯当番だ。

洗濯機から回収した濡れた衣類を、裏庭まで運ばなければならない。
洗濯機を裏庭から遠い場所に配置した人は、ワープ能力を持っていたはずだ。

よいしょ、よいしょ…

大変そうだね。半分持つよ。

!!

上から降ってきた声に、私は体を固くした。
突然荷物が軽くなる。反動でよろめきそうになる。

裏庭まで、だよね。

あ。

君、ラルっていうんでしょう?
ラが名字で、ルが名前だって。

え。

僕と反対だね。僕の名前は長すぎるってよく言われるから。
パーメントール・ケミック=リスロットレーヤー。パームって呼ばれてるよ。

う…

セグルへは何しに行くんだい?
僕は留学生なんだけど、君も?
ガス・ワルドは受験があるそうだよ。到着の遅れは考慮されるはずだってさ。

……っ

私は黙って早足になる。

はいとかいいえとか言えばいいんだろうが、それで会話が続いてしまうのも面倒だ。
何より声を出すこと自体、私にはハードルが高い。
特に、こんなふうに、両手がふさがっている場面では。

うっかり相手を怒らせたときに、すぐに逃げられないから。

ああ、着いたね。
よければ干すのも手伝う――

言いかけたパーメントールをさえぎるように、私はブンブンと首を振った。
背中をぐいぐいと押して通路に逆戻りさせる。

おっと。

っ!

ぺこ! と深く一礼して、扉を閉める。

これだけの量を干すには時間がかかる。その間じゅう緊張してなきゃならないなんて、ごめんだ!

さて、洗濯物を干すために…


…踏み台を持ってこなきゃいけないな、うん。

どうしたんだろう。
結局一言もしゃべらなかったな。

あら、パーム。
こんなところで何してるの?

ああ、キュラシー、奇遇だね。
今、ラルといたんだけど…

ラル…?

ああ、ヨウ星人の女の子ね。
わかった、話そうとして、失敗したんでしょう。

あの娘、誰にでもああなのよ。
ヨウ星人ってもしかして、言葉を持たないんじゃないかしら。

言葉を、持たない?

だって、口をきかないでしょう?
そうとしか思えないわ。

…なるほど、そういう可能性もあるのか。考えたことなかったな。

あら…

本気にしちゃったのかしら。
冗談だったんだけど。

そんなところも可愛いわ!

洗濯当番の翌日が、買い出し当番だなんてツイてない。

屋敷には十一人が一緒に住んでいるので、食糧はすぐになくなってしまう。
買い込んだものを食糧庫まで運ぶのも、私の体力じゃ一苦労だ。

町と村の往復は、軽重力バイクで飛んでいけるからいいんだけど…
屋内でも運転できればいいのにな。

うなりながら食糧を運んでいた、そのときだ。

しまった。

帰る時間が重なってしまったらしい。
もう足音でわかる。こいつはパーメントールだ。

歩幅の広い彼は、すぐに私に追いつく。
私は荷物が軽くなるのに備えて足を踏ん張り――

ちょっとごめんよ。

そして…何も起こらなかった。

あれ?

パーメントールはもう先を行っている。
こちらを振り向く様子はない。

なんだ…
脇を通り抜けたかっただけか。

必要以上に話しかけられずに済み、ホッとする。
だけど違和感は残る。

パーメントールはこんなときには、必ず手を貸していた。たとえ誰が相手でも。

みんな、お菓子を買ってきたんだけど食べるかい?

もちろん食べるわ!

私はパーメントールが入って行った扉とは別の扉をくぐった。

食糧庫は、台所と食堂の両方に隣接している。
食堂でのにぎやかな声はここまで響いてくる。

あれ、いつもより少ないね。

ああ…

ラルの分は買ってないんだ。
結局好みがわからなかったからね。

…………

二回続けば、偶然じゃない。

パーメントールが態度を変えた。

こちらが冷たい態度を取り続けてたんだから、当然だ。
むしろ願ったりな状況…でも――

なんだ、この、イヤな予感は?

やけにひやりとした食糧庫の空気に、私はぶるりと身を震わせた。

 

つづく

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