登場人物:嵯峨山陸・晴海詩乃
注意:登場人物の明確なCP(恋愛)要素

きっと仕方の無いことなのだ。

晴海詩乃

2月は向こうが忙しくて、会いもしなかった……

百貨店でわざわざ買ってきたチョコレートだって、ひとりじめさせていただきました! ふん。

テレビの中の彼……嵯峨山陸が鮮やかに早押しを決める姿に、わざとらしく鼻を鳴らしてみる。

晴海詩乃

なぁにが『完全無欠の王子様』よ

……恋人、なんだから。手を振り払うような真似しないでほしい。

私のことなんて知らないみたいな笑顔が、それでも綺麗だとか。イライラする。

晴海詩乃

……答えは2番。そんなに頭を突き合わせて悩む問題じゃないでしょ


適当にアイドルを呼んでイチャイチャさせるのが目的なのか知らないけど、『MySTAR』の2人がチームで何やらひそひそと話している。

晴海詩乃

ただのクイズ番組なのにそんなに近付いて……

晴海詩乃

なっ、額がぶつかりそう……!? それでサービスのつもりなのかしら、もう!

気が気じゃない。いえ、『そういうの』じゃないって勿論分かっているわよ。
世の女性たちに愛をふりまくのが彼らの仕事なんだし? アイドルには色んな売り出し方も価値観もあるでしょうよ……

……最近は種族を越えた愛もあるらしいです。そんな映画を見ました。大切なのは分かり合うこと……ロボットには心は理解不能ですが

そうそう、愛の鼓動は人生を彩るんだから!
良いかしら? 年齢を重ねなきゃ分からないこともあ・る・の♪ カタい心は~こうシて……

晴海詩乃

わーーーーっ!!!

なな、何をしようっての! 何よあのチーム! あんなに素早く胸元にカメラが寄るの初めて見たわよ!

チャンネルを引っ掴んでぜーぜーと息を整える。それで、結局答えは何だったのかしら……!

晴海詩乃

はぁ~……馬鹿みたい

なんだか毒気を抜かれたみたいで……もうテレビをつけなおす気分じゃない。お腹がすいたわ。コンビニでサラダチキンでも買ってこようかしら。

晴海詩乃

あら、インターホンが……
こんな夜更けに来客なんて、何かしら

身構えつつカメラを覗く。マスクで顔は隠されている……けれど。

2人で選んだコートがカメラに映れば、扉を開ける理由は十分。

晴海詩乃

……珍しいわね、もう日付が変わるわよ

嵯峨山陸

そうなのか? ホワイトデーに間に合っているといいんだけど

晴海詩乃

な……ふーん、さぞたくさんチョコレートをもらったんでしょうね

嵯峨山陸

お返しチョコはもう電波に乗ってるよ

嵯峨山陸。

いけしゃあしゃあと言ってのける男は、挨拶もそこそこに部屋にあがりこんできた。
ラブソングなんてハミングしながらコートを脱いで、お決まりの位置に引っ掛けている。

晴海詩乃

悪い男ね

嵯峨山陸

これでも正統派王子様がウリなんだけど。意外か?

晴海詩乃

はいはい、『MySTAR』はそうかもね

努めて冷たい目線を送る。
わざとらしく肩を竦めてみせる陸は、私の頭にぽんと掌を乗せてから……なぜかキッチンに向かう。

嵯峨山陸

キッチン借りるぞ

晴海詩乃

何か持ってきてる訳でもないのに、何の用かしら?
まぁいいわ ついでに食器洗っておいて

嵯峨山陸

りょーかい
……コンビニ弁当は程々にな

冷蔵庫何か入ってたっけ?
陸ならそれなりのものを作れるだろうから心配はしてやらないけれど。

私とつるむには勿体ないくらい女心をわかっている、『出来たヤツ』。

晴海詩乃

……どうせならもっと早く来なさいよ

嵯峨山陸

まぁまぁ。寂しがらせちまったな

晴海詩乃

なっ……寂しくない!

嵯峨山陸

本当に?

晴海詩乃

本当。……寝るとこだったの

嵯峨山陸

……そうか

何よその反応は。
適当にあしらわれるかと思ったのに、露骨にしょげられると思わず黙り込んでしまう。

晴海詩乃

ねぇ、今日うちに来たのって……

これ見よがしに鼻をくすぐるチョコレートとミルクの香り。

晴海詩乃

用意してたんじゃない

嵯峨山陸

してないとは言ってないだろ
どーぞ


後ろからマグを差し出され、黙って机に置くよう目線を送る。ご丁寧に蓋付きの保温マグを奥から出してきたみたい…………

晴海詩乃

……なに

不意に背中が温かくなった。
後ろから抱きしめられた、と理解して口を開いて、……やめる。

一応、確認する必要があるから。強ばったように力が込められた腕が、私に何を求めているのか。

嵯峨山陸

なに、だって。もしかして『なにか』起こっちゃダメな日?

晴海詩乃

ダメじゃ、ない、けど
……冷めるわよ

嵯峨山陸

あっためなおすさ

晴海詩乃

……あっそ

肩に顔を埋められる。重くはないけど、少しくすぐったい。
黙り込んだまま、しばらくそのままでいた。

嵯峨山陸

みんなの『王子様』と『俺』は別モノだ

言葉を慎重に選んでいるみたい。陸はようやく重い口を開いた。

嵯峨山陸

自分の気持ちを見失ったりはしない

嵯峨山陸

……でも、ちょっとは周りに影響されたみたいでさ
今日にかこつけて会いに来た

晴海詩乃

陸……

嵯峨山陸

本当はもうちょっと工夫して驚かせてやろうと思っていたんだが、焦っちまったみたいだ

嵯峨山陸

……らしくないよな
こんな時間に迷惑だった、すまない

晴海詩乃

迷惑ってんな訳、ああ……もう!

この男はほんっと、皆が思うより遥かに不器用なんだから!

『寂しい』を口に出せないどころか、自分が『寂しい』ことにさえ気付いていないんじゃないの。

急に振り返った私に驚いて開いた唇を、塞ぐ。
陸の強がりを私の嫉妬ごと溶かしてしまうように。

嵯峨山陸

……っ、おま、

甘ったるいチョコレートが喉から下にすべり落ちていく。顕になった男の本性、そうよ、御託はいい。

……早く、『なにか』起こしてしまいなさいよ!

嵯峨山陸

ひとつだけ、言っとく

ひときわ低くて甘い、少し震える声。
私にしか向けられない表情がこれからを予期させる。

嵯峨山陸

愛してる

晴海詩乃

……ん

それだけ。
あるいは、それから。

繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された。

~終わり~

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