某スタジオにて。

プロデューサーとスタッフが話し込んでいる中、トキコⅢ(ときこさーど)は眼前にこんもりと並べられた花を眺めていた。

トキコⅢ

圧倒的な存在感です。花には詳しくありませんが、なるほど……

普段は小道具としてその一部を切り取られるだけの花が種類ごとにずらりと並ぶ様は、ひとつの芸術品のようだ。

……ということです。
平たく言えばバースデーページの企画です

トキコさんに選んでいただいたお花と一緒にお姿撮影いたしまして、その後簡単なインタビューにコメントください

プロデューサー

今回もありがとうございます。ご期待に応えてみせます!

心強いお言葉です。こちらこそよろしくお願いします

プロデューサー

いえいえ、自由にさせていただいて本当に感謝しております

プロデューサー

……急ではありますが、例の件もよろしくお願いしますね

隔週発行の小さな雑誌ではあるが、いつもトキコⅢを起用している、いわゆるご贔屓の案件である。

スタッフとも比較的長期の深い付き合いがあり、盛り上がっている様子だ。

トキコⅢ

あ スタッフさん
トキコⅢはロボットですので、誕生日というより製造日と呼称するのがより適切です

トキコⅢ

雑誌にもそのように載せてください

え? はいなるほど、わかりました

スタッフは突然かけられた言葉にもあっさりと了承しメモを取っている。

大抵の現場で不思議ちゃん(イロモノ)扱いされるトキコⅢの発言にも慣れたものである。

プロデューサー

ふはっ、あまり反映されたことがないこだわりだな

トキコⅢ

何か言いましたか?

プロデューサー

いやはやなんにも?

はははは! 相変わらず仲がよろしいですね!

少し離れたところで撮影準備をしている他のスタッフたちもにこやかに彼らを見守っているようだ。

プロデューサー

どうもお陰様で。
ほら、まじめに選んでくれよ? 撮影が終わったら花を持って帰ってもいいらしいぞ

記念にどうぞ。

プロデューサー

と言っても、他のモデルさんもお使いになるだろうから傷はつけないようにな

トキコⅢ

もちろんです
スタッフさん、本日はお世話になります

はい、よろしくお願いいたします

こちらの準備進めますので、ゆっくり選んでくださいね。では!

スタッフが一礼して去る。
会釈を返してから、トキコⅢはまた花に向き直り、何事か考えているようだ。

プロデューサー

へぇ、花の名前と花言葉が書かれているのか

トキコⅢ

お気付きですか
手書きカードとはアナログな方法ですが、細やかな仕事は尊敬に値します

トキコⅢの視線の先にある花束を、プロデューサーがひょいと手に取った。

輪ゴムで一纏めにされ、リボンで名刺大のカードが留められている。

プロデューサー

ええと、スノーフレークか。

プロデューサー

清楚な白い花だな。これが気に入ったのか?
今までのイメージと違う路線で良いと思うぞ

トキコⅢ

気に入った……

トキコⅢ

いえ、そのような非合理的な理由は認められません
かわいい赤リボンも他の方が選ぶでしょう

トキコⅢ

結論……トキコⅢらしいイメージにすべきだと判断

プロデューサー

え? そうか?

プロデューサー

まぁそう言うなら……これはどうだ?
何となく見覚えがあるな

プロデューサーが指さしたのは、橙色の花。
【ストレリチア・花言葉は輝かしい未来】と書かれたカードが添えられている。

トキコⅢはカードを確認し、どこか安心したように息を吐いた。

トキコⅢ

メモリ参照。データロード……完了

トキコⅢ

ストレリチア。極楽鳥花とも呼称されます
私の誕生花に該当する、と以前涼花から教わりました。

トキコⅢ

厳密にはトキコⅢの誕生日という言い回しではなく……

プロデューサー

うんうん製造日ね。覚えた覚えた

プロデューサー

この花にするか?
……わかった、スタッフさんに伝えてくる

プロデューサー

……ってことがあっただろう?

トキコⅢ

はい。まさかライブ直前の楽屋で思い出話に花を咲かせるとは、という感想をお送りします

全く表情を変えないトキコⅢ。
油を売っている暇などない筈だ、と言外に含ませる発言に、プロデューサーは大げさに肩を竦めてみせる。

プロデューサー

雑誌の評判が良かったそうだ
トキコⅢには橙色がよく似合う、って褒められていたんだ

トキコⅢ

環境データと照合……結論……だから今日は橙色の衣装を選んだということですね

プロデューサー

ああ。花のドレスをイメージしたんだ

プロデューサー

トキコⅢにはあんまりドレス衣装がないからな、ひそかな願望……とは言い過ぎかもしれんが

プロデューサーはふと真面目な顔で言葉を止める。

プロデューサー

改めて、俺の思いつきに巻き込まれてくれてありがとう

トキコⅢ

問題ありません。突然のワンマンライブとはいえ、仕事ですので

プロデューサー

実はあの雑誌にも広告を載せてもらったんだ

プロデューサー

快く許可いただいたよ
トキコⅢがいつも頑張っているおかげだな

一時の軽口でないと確信させる真っ直ぐな言葉に、トキコⅢは少しだけ目を見開く。

プロデューサー

今回の単独バースデーライブは、小さなハコだけど……

プロデューサー

だからこそ、トキコⅢをとびきり応援してくれているファンばかりだ

プロデューサー

……調子はどうだ?

トキコⅢ

全システムオールグリーン
いつでも100%の出力が可能です

トキコⅢ

お客さんの数やステージの熱気にパフォーマンスが左右されることはありません

声色や表情は普段と変わらないものの、トキコⅢの手は小さく震えている。

「完璧なアンドロイド」「ミスは許されない」
……期待に応えるために常に努力を重ねるトキコⅢ。

その高い志は彼女に極度の緊張を与えるのだと、トキコⅢ本人よりもプロデューサーがよく知っていた。

プロデューサー

ああそうだ、思い出した

のんびりとした声で話しかけられてなお、トキコⅢの表情は硬い。

トキコⅢ

……。

トキコⅢが呑気なプロデューサーに苦言を呈しようと顔を上げると、

トキコⅢ

え? これは……

ベルの形をした小さな花が揺れて、兎が足跡をつけたように花弁の先の斑点が跳ねる。

トキコⅢ

花束……スノーフレークですか?

プロデューサー

特別なファンからの贈り物だよ

薄いクリームと柔らかな桃色の包装紙が、細く伸びた茎を包み込んでいる。

愛らしい印象のなかで凛と結ばれたリボンはトキコⅢの瞳と同じ赤だ。

トキコⅢ

リボンまで……別の方が持って帰ったとばかり思っていました

トキコⅢ

しかも今まで枯れずに咲いていたなんて

プロデューサー

造花だからな

プロデューサー

造花は枯れない。
だからその……トキコⅢに一番似合うと思って……

トキコⅢ

具体性を欠いていますね

プロデューサー

そ、その……
スノーフレークには【皆を惹きつける魅力】って花言葉があるんだ

トキコⅢ

惹きつける……

プロデューサー

皆を惹きつけて離さない! 永遠に輝く魅力をもつアイドルといえば! ロボアイドルトキコⅢ!

プロデューサー

ごほごほ……

プロデューサー

な? ふさわしいだろう?

わざとおどけた口調でふんぞり返り、そのわりに恥ずかしそうに噎せるプロデューサー。

そんな様子をちらとも顧みずトキコⅢはスマートフォンを取り出した。

トキコⅢ

検索エンジンを参照

プロデューサー

えっ

トキコⅢ

【皆を惹きつける魅力】のほかに【純粋】【純潔】……

トキコⅢ

それに、カードには【穢れなき心】が花言葉として記載されていましたよね?

プロデューサー

ほらピッタリだろう

トキコⅢ

トキコⅢはロボットなので心は存在しません
それに純粋も純潔もどのように定義しているのか不明で……

トキコⅢ

何を笑っているんですか、もう!

花言葉も心も、理解できるようになるさ。

などという本心は、プロデューサーの心の内にしまわれた。
ただ、トキコⅢが選んでいた筈の花を贈りたかっただけなのだから。

プロデューサー

……で?
緊張はほぐれたか?

トキコⅢ

もともと緊張という機能・感情は存在しません

プロデューサー

そうかぁ

トキコⅢはそっぽを向いて、プロデューサーは手をひらひらと振ってみせた。

トキコⅢ

もうすぐ開始時間ですから、プロデューサーは静かに見ていてください

プロデューサー

うんうん分かったよ

プロデューサーは緩んだ表情もそのままにトキコⅢに背を向ける。

披露するまでずっと後ろ手に花束を持っていた癖が抜けないようで、腰のあたりにベルがゆらゆらと揺れる。

プロデューサー

花束は家に届けておくよ

トキコⅢ

……いえ、プロデューサー!

呼び止められると思っていなかったプロデューサーが、驚いたように振り向く。

トキコⅢ

その……特に理由はないのですが、事務所に飾りませんか?

プロデューサー

いい考えだ。杏菜たちも気に入ってくれるだろうからな

トキコⅢ

そう、そうです!
理由がないというのは嘘ですトキコⅢも同じことを考えました。ぜひお願いします

プロデューサー

ああ。里見さんに花瓶を見繕ってもらうよ。
俺のアシスタントだけあってセンス抜群だからな、あの人は

トキコⅢ

ええ。……では、行って参ります

残念ながらトキコⅢの表情をプロデューサーが見ることはなかったが。

どんな表情で、どんな気持ちでいたのかは、分析するまでもなく理解できたのだった。

 

~終わり~

pagetop