編纂は成った。
禁書は笑みを残し、扇へと姿を変える。
雨に詠う願いが、静かに響いた。
編纂は成った。
禁書は笑みを残し、扇へと姿を変える。
雨に詠う願いが、静かに響いた。
祈雨丸はその掌に舞扇……禁書を収めた。
水中となっていた呪圏は、滝の水が崩れるように白い飛沫となって消えていった。
空は澄みやかに晴れており、紅葉が静かに舞う。
祈雨丸は暫し、やっとのことで手にしたその禁書を眺めていた。
扇は、まるで満足したとでもいうかのように沈黙を保つ。
ふと、祈雨丸の背後で砂利を踏みしめる音が遠慮がちに響いた。
ありがとうございました、緋奈子さん
その音の主に声を掛ける。
あなたのお陰で、このように封印を成すことができました。……一先ず、今回の事件はこれにて収束となりましょう
様子をうかがっていた緋奈子は、その言葉にほっと息をつく。
……そっか。よかった……
振り向き、歩み寄る。
そして、再び戸惑いの色を浮かべた彼女に対し、ひびの入った簪を取り出した。
そして、謝らねばなりません。あなたから預かっていた簪……お守りとして、こうして肌身離さず携えていたのですが……
それを見て、目を数度瞬かせてから少し困ったように笑う。
あー、割れちゃったか……。まぁ、あんな戦いの中だったしねー。そんな気にしないでいいよ。きーやんがなんともなかったんだから、それで十分
と、少し満足そう。
ってか、お守りって……、そんなすごいもんじゃないと思うんだけど……
ありがとうございます
なおも申し訳なさそうに返す。
確かに、これ自体に特別な力が秘められているわけではありませんが……あなたの物だったから、私にとっての助けになったのかもしれませんね
唯一無二は承知の上で、いつかこれに代わる簪を、きっとあなたに贈りましょう。この戦いのお礼も兼ねて
そ、そういうもん、かなぁ……?
“あなたの物だったから”という言葉には、頬を少し染めて照れたようにはにかむ。
お礼って……、そんなの、どっちかっていうと、うちがしなきゃいけないのに
と、口を尖らせた。
……ありがとう、本当に。うちじゃ、どうしようもできなかっただろうから
祈雨一人でも、どうにかできるものではありませんでしたよ
魔法使いにとって、それは謙遜ではなく本心だった。
あなたの協力があってこそ、この舞扇がいかに朱華と因縁深く結びついているのかを知る事が出来ました
閉じてなお赤く美しい扇を見下ろす。
……ですが、やはり……手放しで、この禁書を朱華に返すことは難しい
ぽつりと溢す。
しかし悩み苦しんでいる様子はなく。
手段は決めているのだろう、が、何かあと一歩……懸念が残るような表情だった。
……
その言葉に、一瞬息を詰める。
しかし、それに対する拒絶の色はない。
……どうすればいい? うちができることがあるなら、何でもするから
きっぱりと言った。
真っ直ぐに祈雨丸を見つめる。
……これは、あなただけではなく、朱華の一族、その首魁に問わねばならぬ決断になるだろう
と静かに答える。
先立って、あなたに問うべき事が、2つあります
……まず、この舞扇……禁書を、大法典に属さぬ人間たちの元に返すわけにはいかない。悪しき禁書は、我々大法典の魔法使いが然るべき場所で管理する物だ。だが……その原則に則さぬ例がある
……龍の宝物庫、そこに納められた物。古来より、我ら龍種は宝の番人だった。大法典が創設されるよりも、はるか昔から。龍が管理する物であれば、即ちそれにいたずらに触れようものならば、逆鱗に触れたも同義
朱華の宝物庫を我が名のもとに置くのであれば、舞扇は”朱華の手元に”在ることが叶うだろう
龍の……宝物庫……
その言葉を復唱する。
驚きをにじませながらも、ゆっくりと頷く。
……朱華の宝物庫…っていうか、蔵、だよね。あそこを、きーやんに任せるっていうこと、かな。……わかった。具体的にどうなるとか、いまいちピンとこないんだけど……、でも、皆を、特に綾緋を説得すればいいってこと? それなら、やる。……綾緋には、怒られるかもだけど
最後は、それを言ったときの妹の剣幕を想像したのか、少し苦笑しながらではあったが、そう答えた。
ええ……伏羲や応龍であれば箔も付いたことでしょうが、私は蛇ですから
と冗談をいうように苦笑した。
綾緋さんには、どうやら快く思われていないようで……私が介入することなど、彼女の最善と言えるかどうか
あー……
と、その言葉に視線をさまよわせる。
そういえば、と、戻るときの妹の様子を思い出した。
あの恨みがましそうな眼と、今の彼の言葉からそれを察するのは容易だった。
……まぁ、反対はするかもしれないけど。でも、あの子頭いいから
と苦笑を返す。
そうしたほうがいいって理解できれば、それを”自分が嫌だ”っていうだけで却下とかはしないと思うし……ぶーぶー言うかもだけど、何が最善かはちゃんと理屈で理解できるタイプだから
うちとは正反対なんだよね、その辺、と笑った。
ふふ……私にはよく似た姉妹に見えますよ、どちらも本当に人間らしくて
しかし、綾緋さんに納得して頂かねばならないのはそれだけではなく、朱華の宝を守ると契約を交わすにあたり、私は……
と、ここで一度言葉を切る。
……いえ、まずは二つ目を問わねばなりませんね、緋奈子さん
……先に申しあげた通り、蛇たる私は、あなたに執心しております
俯く、しかし幾分その表情から苦悩は消えていた。
あの言葉に、偽りはないのでしょう。ですが……それでも、やはり私は諄いと言われようと、問わねばならない
私はこの想いを持ち続けて良いのか、貴女の心を求めて良いのか……
恐れとも、不安とも言い表せぬ、迷いが紫の目に浮かぶ。
その言葉を受け、しばしの沈黙が流れる。
緋奈子は、じっと祈雨丸を見つめ、それから地面に視線を落とした。
照れるでもなく、慌てるでもなく、まるで、祈雨丸の不安が移ったように瞳を揺らす。
それから、思い切ったように口を開いた。
あのさ、いっこだけ、聞いてもいい?
そう問うてから、視線を上げてその紫の瞳を見返す。
……?
瞬きをし、見つめ返す。
言葉はないが、緋奈子の言葉を待つ。
きーやんは、人の願いによって、人の思いによって、在り方を変えるって言ってたよね。人の心に左右されるんだって
じゃあ
じゃあさ
うちに、執心、してるって…………すきって、言ってくれる、それも、もしかしてうちが『そうあればいいのに』って思っちゃったから、とか
そういうこと、だったりするのかな
別に、それだからその気持ちはにせものだーとか、そういうこと言いたいんじゃないよ。あのきーやんも、このきーやんも、ちゃんと本物で、”きーやん”なんだって、わかってるし
慌てた様子でそう言い募ってから、でもね、と、どこか寂しそうな笑みを浮かべた。
……もしそうなら、うちも、そういうつもりでいなきゃなって、思って
ちゃんと、弁えなくちゃ、と。
申し訳なさそうに、笑う
しばらくの沈黙が流れた。
しかし祈雨丸の瞳は揺れず、動揺する様子でもなかった。
自分の中に在るなにかを確かめるような、問うような、そんな時間が過ぎた。
……もしかしたら、そうなのかも知れません
確かめようがない、というのが答えだった。
ですが、現し世に住まう数多の人間の、私を知る多くの者が《慈雨》と《水禍》を願う中で、貴女だけが私の心を望んだ。
龍神ではない、祈雨という個を……望んでくれた。
どのような私でも、貴女は私の名を違えずに呼んでくれる……
あの日々が、全ての私にとってどれほど稀有なものであったか
申し訳なさそうに笑った彼女に、胸を痛めた。
はずだったのに、愚かにも、自らの社で過ごしたあの時間を思い出せば、笑みがこぼれた。
そう言った意味では、この偏屈な蛇に飽きずに関わり続けたお前がいたから、今があるのだとも言えような。……だからこそ、
だからこそ、何が真実であれ、これは悲観すべきことではないのだ。
だからこそ、一匹の蛇として答えましょう。そんな貴女に、焦がれてやまぬと
その返答に、ゆっくりと息を吸った。
……そっか
息を吐く。
そっかぁ……
それから、緋奈子は表情を緩めた。
やや沈黙があってから、彼女は顔を上げた。
……初めて会ったときにもさ、うち、きーやんのこと綺麗だなーって思ったんだよね
初めはその面立ちが。
次に書く文字が。
名前が、所作が、声が――。
まー、ヤバイ!って思うこともあったけどさ。でも、ずっと綺麗だなって思ってた
それからいろいろ一緒に過ごして……、ごはん一つで喜んでくれるのがかわいいなーとか……ここにいていいって言ってくれたのが、嬉しかったりとか……
少し頬に朱が走る。
なんか、そーいうきーやんが、すきになったり、して
とぼそりと言う。
でも、きーやんがうちに優しい言葉をくれたり、親しくしてくれたりするのって、全部うちが人間だからで、きーやんは“緋奈子”じゃなくて、”人間”が好きで、”人間”に優しくしてるんだなって、気づいてた。
それもまぁ、きーやんらしいし、綺麗だなって思ったんだけど、でもやっぱり
そうやって綺麗なのが、ちょっと、悔しくて、寂しかった
だから、きーやんのあの時の言葉にはさ、びっくりしたし、きーやんがなんか辛そうで、どうしようって思ったけど、でも
嬉しかったんだよねー
と、困ったように、しかし、確かに顔をほころばせる。
今も、きーやんがそう思ってくれるのは、もしかしたらうちがそう想ったからかもしれないって……そうわかってるのに、なのに嬉しいって、やっぱ思っちゃう
きーやんは、自分が面倒~とかいうけど、うちも大概っぽいよ?
とくすくすと笑う。
……その気持ちがさ、やっぱうちが想ったからだとしても、それをきーやんが、よかったって言ってくれるなら
……ええと、なんていうのかな、なんていえばいいんだろ。よ、よろ、しく……とか?
そこでじわじわと再び赤くなり始める。
それまで出ていた言葉は急につっかえ出し、おろおろと手が彷徨いながら、なんとかそう絞り出した。
オコタエッ……!!
祈雨様の返答を読んで、なーるほどなぁ~…良き…って思っていた……。
へへ……
……ふふっ
暫く静かに聞いていた祈雨丸は、
面倒事の根競べが始まるかと思えば……あなたは直ぐそうだ
杞憂だった、とまでは思いませんが……少し苦しみ損でしたね。ですが、これも稀少な経験として覚えておきましょう
では、貴女の覚悟…もとい、想いを聞けたところで、最初のお話に戻ります。朱華の蔵を、私の管轄に置くと言う話です
……ど、どーいう意味……
と、“直ぐそうだ”、と笑われたことには若干不満げに口を尖らせ、赤く火照った頬をぱたぱたと仰ぎながらも、話が戻ったので真面目な顔に戻りつつ頷く。
祈雨丸は、穏やかな微笑みのままそれを眺め、続けた。
私は、願い乞われればそれを叶えるように努めます。雨を司る龍として祀られているのですから、当然です。ただし、宝の番人の役目となれば、別
龍神の名は廉くない。無暗矢鱈と人間に手を貸しては同族に示しがつかぬどころか、有難いと言う価値の薄れから、信仰心の減退にまで繋がってしまう……ゆえに、我らは『対価』を求めてきた
時を遡れば、それは番人に限らぬ。水禍を鎮めんと川底に投げられる贄、雨が降らぬと井戸に鎮められる贄、或いは誰も踏み入らぬ山のなかへ……ええ、”人身御供”というものです
躊躇う様子はなく、眼前の龍神はそう言った。
……っ
淡々と言うその様子に、緋奈子は知らず知らずのうちに小さく息をのんだ。
まさか、と。彼の言わんとしていることに、瞬きも忘れ、その姿を見返す。
その表情を見、しかし安心させるように微笑んだ。
人間は賢い生き物ですね。まだ年若き人間の遠出、永久の別れを例え、憚られるその風習を、誰かがいつかこう呼んだのです。……これは、神への輿入れだ、と
よばふことをゆるせ、乙女よ
緋奈子の瞳を見つめ、その手を取った。
それは水底の様に冷たい手だったが。
私が対価に求めるのは、貴女だ。いつか誰かが例えた、その言葉通りの意味で
我が、妻となってはくれぬか
………………………へ?
丸々数秒、固まったのち、間抜けな声が漏れた。
おおよそ4ヶ月越しの貯蓄をRPをした(熟成されてる)
緋奈子と一緒にアワーーー!?となってますこの羊!!!
えへへ!
神仏的発想だなーって思いついて(11月に)
あ、当然のことながら誤魔化し通す方向でも全然問題ないです……! 人間的に「お付き合い」という発想のない龍神なだけですので……
その意味をようやく解したようで、
うぇ、ぇ、ええ!?ま、ま、ちょ、え!?
と、全く言葉にならない声を上げてひたすらに狼狽えている。
な、な、なんか、すごいすっ飛ばしてない!?
ようやく言葉になったのはそんなことではあったが、しかし、取られた手は振りほどかず、応えるように握り返していた。
水底のように冷たい手を、炎のように熱い手が握り返す。
(つ、つま!?つまって言ったよね!?ツマ!?つまってなに!?妻か!?ケケケケケッコン!?)
と頭の中は大混乱の様相を呈している。
飛ばし……? 合意を確認の上で切り出したのですから、強引ということもないと思ったのですが……
と疑問符を浮かべつつも、手を握り返されたことに、朗らかな笑みを浮かべた。
温かい、いや、熱い手ですね
大きな手で、楓の如き小さな手を包む。
そして、小さい。ふふ
うえぇええぇえとぉぉぉぉ……!!
手を包み込まれ、ひんやりとしたそれに、しかし体温は上がる一方だった。
ほとんど湯気が立ちそうな顔になりながらも、なんとか言葉を続ける。
ご、ご、合意って言うか、その、全然!い、嫌とかじゃないんだけどね!?じゅ、じゅんじょっていうか!?ま、まずは、こ、こいびとから、とか…そ、そういう、あの……
う、うち、彼氏とかも、いたこと、ない、し、だからってわけじゃないけど、でも、け、ケッコンとかの前にそういうのも、とか……
滅茶苦茶狼狽えていますが、押し切ってもらっても大丈夫ですよ!!
ふふふ
緋奈子的には両想いになれたことすら奇跡的でふわふわするようなことなのに、さらにその上に重ねてこられて大混乱状態……
混乱の嵐を招きまくってしまった……
つまり……人間の、ないし現代の通例として、夫婦となる以前に別の関係性を結ぶ必要がある……ということでしょうか
手を取ったまま、不安げに首をかしげる。
ええと、ひ、必要、という、わけでもない、とは思うんだけど、その……
その不安そうな様子に、そこはかとなく罪悪感がうずき、そんなふうに言ってしまう。
……ふふ。そうですね……この件については、朱華の家にもお伝えしなければならぬこと。通俗的、人にとって適切な関係性をあなたから伝えてください
と、そっと手を放した。
……ですが、私にとって貴女は妻と呼ぶ以外の何者でもありません。ゆえに、私の口からはそう紹介させて頂きましょう
……ね、面倒でしょう? 私
その言葉に、相変わらず顔を朱に染めながら、パクパクと口を開閉させる。
そしてようやく、観念したように笑った。
……ほんとだ
これから大変かも? ……でも、そーいうきーやんを見るのも、ちょっと楽しみだったりして
やっと落ち着いて言葉が出るようになったようだ。
緋奈子はそう、いたずらっ子のように笑った。
お互いに、楽しみですね。今まで以上に……
そんな笑顔を眺めつつ、祈雨丸もまた木漏れ日の様に微笑んだ。
ひゅう……ひゅう……!!!いや、その可能性を全く考えていなかったわけではないが本当にそうくるとは思っておらず非常に動揺した羊でした!!
えへへー!
おかげで風を吹かせる余裕がなかったぜ!!!!後追いの風だ!!!ヒュー!!
ひゅー!向かい風ー!
向かい風wwwwww
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NEO HIMEISM 様
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