誰も信じてくれないけど、わたしにしか見えない怪盗がいるの。
お父様に予告状を見せても、お母様にお話しても、絶対に信じてくれない。
『そんなことをして遊んでいる暇があるのなら、将来のために勉強しなさい』って、そればかり。
 
 

お嬢さん

ホントよ…怪盗はホントにいるのよ!

どうして信じてくれないの!

イマジン

おやおやお嬢さん。今日はいつにまして、ご機嫌ナナメだね。

ほら、今だって!窓枠に腰掛けて、黒い服を着た男の子が笑ってる!!

お嬢さん

怪盗イマジン!

イマジン

ふふ、はい、何でしょうか

お嬢さん

あなた、何者なの?お父様も、お母様も、あなたのことが見えないみたいなの

お嬢さん

あなたは何者?どこから来て、どこに行くの?わたしに何をして欲しいの?

イマジン

それはお嬢さん

怪盗はひらりと身を翻し、黒いマントを靡かせて、わたしの部屋の床を汚す。ああ、またお母様に怒られる!

イマジン

怪盗とは、正体を晒しちゃあ面白くない。どこに帰るかも、秘密にしておいた方が格好いい。

お嬢さん

いじわる!

イマジン

まあそう言わず。僕の目的はただ一つ…

手をくるりと回し、わたしに掌を差し出してくる。そこにあったのは、可愛らしいヒメジヨンの花。

お嬢さん

わあ!可愛い!!

レディの扱いがうまいんだから!可愛いお花をくれたから、今日は許してあげる。

イマジン

ほら、咲いた

お嬢さん

さいた?咲いたって、何が?

イマジン

それはお嬢さん、あなたの笑顔の花だよ。僕の目的は、その笑顔を咲かせることさ

お嬢さん

なあにそれ。わたしは、そんな言葉では惑わされたりしないんだから!

イマジン

おや、手厳しい

いけない。あまり心を許すと調子に乗ってしまうわ。
コンコンというノックの音がする。

お嬢さん

お稽古の時間だわ

イマジン

そうかい…では、そろそろお暇しようかな

お嬢さん

そうして頂戴。いつ、お父様とお母様にに、あなたが見えるようになるか、分からないもの。

イマジン

ああ。そうだね。また来るよ

お嬢さん

来なくていいわ。ドロボウのお友達なんて、わたしいらないわ

すると、怪盗はムッとして

イマジン

失礼な。僕はドロボウなんかじゃないさ。盗む時は、必ず予告状をよこすだろう?

お嬢さん

でも、盗むんじゃない。そうよ。あなた、ものを盗む怪盗でしょう?なら、それらしくしたらどうなの?わたしに渡してばかりじゃない

わたしが言うと、怪盗はふむむ、と口元に手を当てた。

イマジン

おや、盗まれていることに、お気づきでないと

お嬢さん

わたしは何も盗まれてないわ。

また、ノックの音がした。少し強い音だった。

お嬢さん

いけない、爺が怒ってる

イマジン

そら、早く行っておいで。僕はその間に帰ってしまうから

お嬢さん

ええ。それじゃあね

言った時には、怪盗はもうどこにもいなかった。

やっぱり怪盗は今日も現れる。

ムカつくほどの綺麗な笑顔と、白い小さな花を持って、それはいつも通り私の部屋の窓辺に現れた。
 

イマジン

いやあ、今日の君も、なかなか別嬪だね

お嬢さん

帰ってちょうだい

イマジン

お土産もあるよ

お嬢さん

そんな雑草、いらないわ

イマジン

おや、ヒメジヨンは好みではなかったかな?

お嬢さん

あなたいつの話をしているの?

イマジン

そうかい?こんなに可憐な花なのに…

今日の私は殊に機嫌が悪かった。最近バタバタとして忙しいし、こうして構ってオーラ全開の犬のような男の相手をしなければならないし、未だにこの男は誰にも認識されないし…とにかく、イライラしていた。

そんな中、道端にいくらでも咲いているような雑草を差し出されたことで、それは最高潮を迎えた。

大股で怪盗の下に歩み寄り、変わらない笑顔のそいつの頬に、一発。
 
 

イマジン

………?

怪盗は一瞬目を丸くして…けれども、直ぐにあの笑顔に戻る……何でよ。

イマジン

お嬢さん

なおも差し出される白い花を、怪盗の手からむしり取り、窓の外へ投げつける。茎からがくが取れ、花は首が落ちた死体のように地面へと散った。

イマジン

ああ、可哀想に

怪盗はそれを丁寧に拾い集めると、シルクのハンカチに包んで大切に仕舞った。

イマジン

ダメだよお嬢さん、いくら辛くても、関係の無い命に当たっちゃいけない。

お嬢さん

……あんたでしょ…

イマジン

…………

怪盗は、柔らかな笑みで私を見すえる。今はその顔が、酷く憎らしい。

お嬢さん

あんたでしょ…あんたが、盗んだんでしょ…?

イマジン

お嬢さん

お嬢さん

返してよ…返してよ…!

お嬢さん

お母様を…返してよぉ…!!

ーー2週間前の夜、お母様が病気で亡くなった。私はこの数日、休む間もなく働いていた。すっかり保けてしまったお父様の代わりに代理の喪主を務め、鎮魂の儀を取り仕切ったり、書類仕事をできる限りまとめたり…母の死を、悲しむ猶予もなかった。

その最中も、この男は変わらずここに現れ、飽きもせずにあの雑草を窓辺に置いていった。枯らせて腐らせたのは、昨日で何輪目だったろう。

イマジン

……ああ、そうだよ

怪盗は、少し悲しげに、眉を下げて言った。

イマジン

僕が、君のお母さんを連れていったんだ。ごめんよ。だって、あまりにも美しかったから

お嬢さん

っ……!!

悲しみと怒りの他に感じた、この感情は、一体なんだったろう。私はまだ、この感情を知らない。

お嬢さん

返してよ…

イマジン

ごめんよ

お嬢さん

返して…返して、返して返して返して返して…!!

お嬢さん

返しなさいよ!!!!!

それから私は、怪盗の胸元を叩きながら、声を上げて泣いた。年頃の女性が恥ずかしい、とは言われなかった。

怪盗は何も言わず、ただただ私に叩かれ続けていた。

ーーその日からしばらく、怪盗は私の前に現れなかった。あの雑草も、窓辺には置かれなかった。

イマジン

おや、今日はまた、殊に綺麗じゃないか。どうしたんだい?

私の部屋の窓辺に、彼はいつものように現れる。とはいえ、最近姿を現す頻度もめっきり減っていたから、今日、この日に会えるとは思っていなかった。

お嬢さん

あら、イマジン。来ていたのね

イマジン

今日は調子が良くてね。最近は、眠くてかなわないんだ

お嬢さん

あら、美女より眠りを優先するの?

イマジン

仕方がないだろう、動けなくなってしまうんだから…

お嬢さん

それは大変ね

イマジン

本当だよ

いつもの…より、少し疲れが見える笑みで、彼は答えた。私に会ってもまだ眠いなんて、全く失礼しちゃう。

コンコンと、部屋のドアがノックされる。返事をすると、同じ真っ白なタキシードに身を包んだ愛しい人が現れた。ふわふわの猫毛が愛らしい、私のパートナーになる人だ。

彼は私の姿を見ると、たちまち顔を赤くして口元を抑えた。
  
  

イマジン

あれは、君の?

お嬢さん

ええ、そうよ。私の

怪盗に自慢げな笑みを向け、それからあの人に向き直る。こうして正面から見ると、彼もとても素敵で、目を逸らしてしまいそうになる。

…すごく、綺麗だよ

お嬢さん

あら、それだけ?

本当は…もっと沢山言いたいけど…でも…どれもチープに聞こえちゃうから…

お嬢さん

ふふ、随分ロマンチストなのね

嫌かい?

お嬢さん

いいえ、ロマンチストは大好きよ。

ふ、と、窓辺に視線を向ける。そこには変わらず、あの怪盗がいる。眩しそうに、私を見ている。

そろそろ行こうか。お義父様が待ってるよ。

お嬢さん

ええ…ちょっと待って。

窓辺に駆け寄り、怪盗の下へ…

お嬢さん

…随分、小さくなったわね

イマジン

…君が大きくなったのさ。

お嬢さん

……そうね。

イマジン

………行っておいで。彼が待ってるよ

お嬢さん

…………イマジン

彼の頬に手を添え、唇に触れるだけのキスを落とす。怪盗はきょとんとした顔をして、たちまち顔を赤くした。

イマジン

そういうのは、僕じゃなくて、あの人とするんだ

お嬢さん

予告無しに、ごめんなさいね。でも、あなたが盗んでいったのよ

イマジン

……そうか、そうか。アハハ、僕は、とんでもないものを盗んでしまったようだ

怪盗はいつもの笑顔でそう言った。そして、あの時のように、私に白い花を差し出す。

イマジン

今なら…受け取ってくれるかい、お嬢さん

お嬢さん

……ええ。白いドレスには、ぴったりの色ね

彼からヒメジヨンを受け取り、髪に挿す。白と黄色の色彩が、純白にとても良く映えた。

イマジン

……うん、とびきり綺麗な花嫁の完成だ。美しいもの好きな僕が言うんだから、間違いない。

お嬢さん

あら、それは嬉しいわ。それじゃ、行くわね

イマジン

ああ、行っておいで

最後にもう一度だけ目を合わせ、振り返る。恐らくもう、彼と会うことは出来なくなる。けれど、寂しくない。

シオン

…大好きよ、怪盗イマジン

彼に聞こえていたかは分からない。けれども、どちらでもいいと思っている。

愛しい彼に手を引かれ、私は約20年を過ごした部屋を後にする。家具もおもちゃもほとんど残されていないその部屋から、私は一歩踏み出した。

ーー大丈夫、もう怖くないよ。

イマジン

……さよなら、シオン。

部屋の窓辺には、もう誰もいなかった。

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