最初は父様のことがそんなに嫌いじゃなかった。

チャールズ

ハロルドはいい子だね

ハロルド

へへ…

一度、そうやって頭を撫でてくれた。
それがうれしかった。

ケヴィン

ごめん、兄さん。
違うんだ。決して兄さんから父様を奪いたかったわけじゃない。

兄さんはもう一度父様に認めてほしかったんだろう?
使用人の噂話で聞きました。
俺が成果を出す度に兄さんに対する父様の態度が変わったと…

ケヴィン

僕のほうが、優秀だから…

兄さんはそう言っていたけど、自分の幼い頃より俺が優秀な成果を出していくから、怖かったんだろう?
徐々に追い付いてくる俺が怖かったんだろ?

だから俺の大事なものを奪うことで意欲を削ごうとした。
内緒で飼っている動物は片っ端から捨てられたし、遂には殺すまでに至った。
それだけじゃない、あらゆる手で俺を絶望させようとした。

ケヴィン

でもそれが逆効果だったことにはいつまでも気付かなかったね。

アヤ

ねえ、ボクを殺してから…そう課題を出したよね?

ハロルド

…っ

アヤ

…重要なことだったんだよ?

アヤ

君がまだ迷ってるから…

ハロルド

…それは!

盗聴器を父様が仕掛けていると知ったとき…
信じられなかった。
だって父様、貴方はいつも傍観者だったから。

ハロルド

父様…じゃあ…

それじゃあ、全部知っていたことになる。
兄さんからされたこと、全部知っている筈だ。
アヤに会う前のことも全て…
あの日、兄さんがしたこと…

ハロルド

…うぅ

誰も助けてくれなかった。
父様はまだあの時家にいた、いた筈なのに。
いくら叫んでも誰も駆けつけやしなかった。


心に黒いドロドロとしたものが溢れる感覚がした。

アヤ

…君さ、兄と父は殺せても母や使用人を殺す覚悟、はっきり言ってないだろ?

ハロルド

っ…

アヤ

挙句の果てには一部は生かそうとまで考えてないかい?それは絶対ダメだ。例え今まで育ててくれた恩人がそこにいたとしても、生かして置いたら後々不利になるんだ!

ハロルド

そんな…で、でも!本当にそうなのかわからないじゃないか…!


アヤは首を横に振った。

アヤ

…そんなことは、ないんだ…ないんだよ…!

掴む手にぐっと力が籠る。
ギリギリと絞められて、とても痛い。

アヤ

アヤ

…ボクを信じて、ハロルド

ハロルド

アヤ

君は、恩を貰った人間を殺す練習はしてないだろう?だから絶対に守って欲しかった

アヤ

何より、ボクのようになって欲しくないんだ…

アヤ

…それにね、ボクは君に殺されるならそれでもいいって…今なら思えるから

アヤ

それに、ボクは君にいくつか嘘を吐いた。だから、当然の報いでもある

ハロルド

…え

アヤ

ね、お願い…

アヤは手を離して、俺の上からゆっくりとどいた。

ハロルド

…っ

起き上がった俺は、ゆっくりとナイフを構えた。
震える手で柄を握りしめた。

アヤ

アヤ

おいで、ハロルド

アヤは手を広げた。
いつものように、笑顔で俺を見た。

ハロルド

…ぐっ…うっ

涙が溢れて止まらない。
でも、今はそれどころじゃない。
急いで拭って正面を見据える。

アヤ

俺は助走をつけてアヤに近づく。
せめて苦しまないよう、一気に首を掻き切った。
一気に血が噴き出す。
汚れないように距離を取った。
本当は傍に行って抱きしめていたかったけれど

ハロルド

…ありがとう

震えた声でそう言う。
距離を取ったとき、アヤは偉い偉いとでも言うように頷いたような気がした。
そう見えたかっただけかもしれないけれど

ハロルド

なるべく、アヤのほうは向かなかった。
急いで浴びた血を落とし、もう一度服を着替える。

ハロルド

鍵を開けて外に出る。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
もう覚悟は決まっている。

ハロルド

だって、一番大切な人間は、もういないのだから…


この手で、あやめたのだから。

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