最初は父様のことがそんなに嫌いじゃなかった。
最初は父様のことがそんなに嫌いじゃなかった。
ハロルドはいい子だね
へへ…
一度、そうやって頭を撫でてくれた。
それがうれしかった。
…
ごめん、兄さん。
違うんだ。決して兄さんから父様を奪いたかったわけじゃない。
兄さんはもう一度父様に認めてほしかったんだろう?
使用人の噂話で聞きました。
俺が成果を出す度に兄さんに対する父様の態度が変わったと…
僕のほうが、優秀だから…
兄さんはそう言っていたけど、自分の幼い頃より俺が優秀な成果を出していくから、怖かったんだろう?
徐々に追い付いてくる俺が怖かったんだろ?
だから俺の大事なものを奪うことで意欲を削ごうとした。
内緒で飼っている動物は片っ端から捨てられたし、遂には殺すまでに至った。
それだけじゃない、あらゆる手で俺を絶望させようとした。
…
でもそれが逆効果だったことにはいつまでも気付かなかったね。
ねえ、ボクを殺してから…そう課題を出したよね?
…っ
…重要なことだったんだよ?
君がまだ迷ってるから…
…それは!
盗聴器を父様が仕掛けていると知ったとき…
信じられなかった。
だって父様、貴方はいつも傍観者だったから。
父様…じゃあ…
それじゃあ、全部知っていたことになる。
兄さんからされたこと、全部知っている筈だ。
アヤに会う前のことも全て…
あの日、兄さんがしたこと…
…うぅ
誰も助けてくれなかった。
父様はまだあの時家にいた、いた筈なのに。
いくら叫んでも誰も駆けつけやしなかった。
心に黒いドロドロとしたものが溢れる感覚がした。
…君さ、兄と父は殺せても母や使用人を殺す覚悟、はっきり言ってないだろ?
っ…
挙句の果てには一部は生かそうとまで考えてないかい?それは絶対ダメだ。例え今まで育ててくれた恩人がそこにいたとしても、生かして置いたら後々不利になるんだ!
そんな…で、でも!本当にそうなのかわからないじゃないか…!
アヤは首を横に振った。
…そんなことは、ないんだ…ないんだよ…!
掴む手にぐっと力が籠る。
ギリギリと絞められて、とても痛い。
…
…ボクを信じて、ハロルド
…
君は、恩を貰った人間を殺す練習はしてないだろう?だから絶対に守って欲しかった
何より、ボクのようになって欲しくないんだ…
…それにね、ボクは君に殺されるならそれでもいいって…今なら思えるから
それに、ボクは君にいくつか嘘を吐いた。だから、当然の報いでもある
…え
ね、お願い…
アヤは手を離して、俺の上からゆっくりとどいた。
…っ
起き上がった俺は、ゆっくりとナイフを構えた。
震える手で柄を握りしめた。
…
おいで、ハロルド
アヤは手を広げた。
いつものように、笑顔で俺を見た。
…ぐっ…うっ
涙が溢れて止まらない。
でも、今はそれどころじゃない。
急いで拭って正面を見据える。
…
俺は助走をつけてアヤに近づく。
せめて苦しまないよう、一気に首を掻き切った。
一気に血が噴き出す。
汚れないように距離を取った。
本当は傍に行って抱きしめていたかったけれど
…ありがとう
震えた声でそう言う。
距離を取ったとき、アヤは偉い偉いとでも言うように頷いたような気がした。
そう見えたかっただけかもしれないけれど
…
なるべく、アヤのほうは向かなかった。
急いで浴びた血を落とし、もう一度服を着替える。
…
鍵を開けて外に出る。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
もう覚悟は決まっている。
だって、一番大切な人間は、もういないのだから…
この手で、あやめたのだから。