【2015年、春。柊なゆた】
【2015年、春。柊なゆた】
夕日を身体いっぱいに浴びていた私の前でソレは起こった。――船のステップを渡る由香ちゃんの体が一瞬でブレた。
ゆ、由香の体が、
サトウさんの言う『ホーム・ホルダー』が与えた影響(チカラ)なのだろうか。私は由香ちゃんの手を握り締めた。
由香ちゃんっ!
なんで? なんで由香消えちゃうの? こ、怖いよ! 怖いよお姉ちゃんっ!
――私の声に、由香ちゃんの脅えに応えるように、サトウさんが由香ちゃんの首にソレを掛ける。自身に掛けられた白銀の石を由香ちゃんへと移した。サトウさんの覆面の中で緑色の瞳が伏せられる。
由香ちゃん。負けたら、諦めたら駄目だよ。貴女はいつも、誰かに守られてきた子なんだから。だから、その命、決して手放したらダメ。
私の前でサトウさんの黒が霞んでいく。その覆面が、遠く高い山の向こうへと流れていく。その流れる黒髪に、現れた優しい笑みに言葉が抑えられなかった。
お、お母さんっ!
叫んだ。
黒いスーツを、その腕を掴もうと伸ばした手が届かない!
捕まえなければ消えてしまう! 私は本能的に感じた!
お母さんに似たこの人は、
……いつも唐突に現れて、迷惑をかけて、へんてこな日本語を話して、でも、
サトウさんが居たから私達は輝いた。その姿を失うことは許されないことだった。眩しかった日々の煌めきを消すことは決して……、
お母さん、なんでしょ!
許されないことだった。
その腕を胸に捕まえた! ――はずなのにその体は船の外へと落ちていく。
……そんなの無かった。あまりにも理不尽過ぎる!
お母さーーーーんっ!
消えゆくヒトが下へ、下へ落ちながら言葉を紡いだ。
また、今度こそ逢えたと思った。なゆたっ!
……霞むそのヒトはただただ微笑んだ。空に身を任せ、人懐っこい笑みで。
いっくんの掴んだ黒いスーツも、縮れ消えていく。
……幼いあの日を思い出した。
お母さんとその隣に並んだ彼女が居た。私は彼女に逢っていた。
その手が私へ3つの髪飾りを手渡し、
私の頭へ手を翳す。
――また、いつか逢いに来るから!
って。目を閉じた私へ彼女はきっと『魔法』を掛けた。
目を覚ました夜、……闇色に染まった我が家へ帰ってくる『誰か』が居ない。何故だろう。『誰か』とパブロフ達の世話をしていたはずなのに、いつも笑いあっていたのに、
そして、思い出さなきゃいけない、もう1人の『誰か』が居たはずなのに、
その『2人の誰か』が思い出せない……。