春都

はぁ…はぁ…っ

桜によって張られた結界の中で苦戦を強いられる春都。
慣れない力の行使にHPとMPは削られる一方であった。

佳穂

こんな数じゃいつか限界がきてしまう。
でも…カレンがいないと私は何も…

春都

ちっ……こんな時に…

胸を押さえて下を向いたときだった。

春都

────っ!!!!!

完全に見える世界が変わっていた。
今まで消滅していたはずのモンスターが残骸となって生々しい姿で足元に転がっていた。
青い炎で焼かれ、目や口を大きく開けたまま絶えた何かが自分を囲むように焦げたまま潰れていた。
ワイシャツはいつの間にかモンスターの体液でその白さを失っていた。

春都

いつの間にここまで侵食されていたんだ…
こんな幻を…いや、違う。
これがこのゲームの本来の姿なのか。

春都

これを全て俺が…?

佳穂

春都さん!!危ない!!

佳穂

ぐっ……!!

春都

佳穂ちゃん!!

モンスターのツメが春都を庇った佳穂の肩を掠めた。
佳穂のHPが大きく減少し、その肩には本物のように赤い傷跡が残されていた。

春都

これで…最後だ!!!!

最後のモンスターが青い炎に焼かれ、二人を包んでいた結界が解かれた。

佳穂

うまく動けない…

被ダメージが多すぎるために、佳穂の動きは鈍く、壁伝いに歩くと腰を下ろしてしまった。

春都

ごめん…護りきれなくて

佳穂

気にしないでください。
この程度で済んだだけでも春都さんのお陰です。

佳穂

私こそ、その、力になれなくて…

春都

…………。

佳穂

………。

春都

何とか生き残ったんだ。
お互い過ぎたことを悩むのはやめようか。

佳穂

そうですね。

春都

立てるかい?
よかったら手を………っ

佳穂

ありがとうございま────

春都

─────っ!!!!!

春都は佳穂に差し伸べた手を触れる寸前で引き戻した。

佳穂

春都…さん?

春都は片手を握り締めながら何かブツブツと呟いている。

春都

………………

春都

先に…みんなの所へ…俺も少し休んだら追いかけるから、さ

佳穂

でも、こんなところで…

春都

大丈夫大丈夫。
外の確認だけでもさ…お願い

佳穂

わかりました。そこで安静にしててくださいね。

そうとは言えども佳穂も負傷状態。
通常よりも進むスピードは圧倒的に遅い。

春都は青い炎を灯す右腕を隠しながら、横目で遠ざかっていく佳穂の背中を見ていた。

春都

早く、俺の視界から消えてくれ…!!

自分の内にいる何かが今にも出てきそうだった。
何もかもを殺し尽くしてしまいたい。
そう考えずにはいられないほど、春都の精神は完全に蝕まれていた。

春都

短時間で大量の敵を相手にすれば反動も大きいか。

春都

くそっ…あの女の目的は最初から俺だったってことかよ

極端にレベルが上昇しているうえに、完全に意識を持っていかれれば殺戮マシンへと成り果ててしまう。
経験値が足りていない佳穂たちがいくら束になって戦おうとも、今の春都を倒すには不十分であった。

春都

思い通りになるものか。
このまま俺自身を焼いてやる。

春都

あぁ、でも最期にアイツに伝えられるだろうか

テレパシー用のコードを入力して相手を確認すると、通信は回復していた。
春都は情けなく笑うと、そのままギンへ接続した。

春都

すまない…ギン……俺は、もう…

ギン

どこにいるのか答えろ、春都!!

春都

何だよアイツ、俺なんか助からないってわかってるのに。馬鹿じゃねーの…

春都

あぁ、でも自分で死ぬのってダサいよなぁ…

春都

洞窟だ……

現実世界に戻れるのかもわからないゲームで自分はこんなにもあっさり消えてしまうのだろうか。
恐ろしい激情を抱いたまま、電子の海に意識ごと溶けてしまうのだろうか。
どうせ、何もわからないまま…行く先も決められないのならばせめて…

春都

最期はお前の手で…

青い炎を灯した手を自らの胸に近づける。

春都

殺されたかったよ、ギン

そのまま胸を貫こうとした時、身体は春都の制御から離れ、意識だけとなった世界に広がるのは血のような赤だった。

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