宇宙艇は超光速の速度で暗く輝く海を進んだ。
今日もお疲れさん。毎回悪いね、こんな辺鄙な場所まで配達させちゃって。
いいさいいさ、10光年くらい。僕の宇宙艇はそんくらいじゃビクともしないよ。
そうかい、まあ気を付けて帰ってくれよ、最近はここらで妖怪が出るらしいぜ。
妖怪?なんだそりゃ。20世紀のお伽話じゃあるまいし…そろそろ行くわ、じゃあな。
中性子エンジン点火用意、秒読み3…2…1…
じゃ、またな。
宇宙艇は超光速の速度で暗く輝く海を進んだ。
ピピピ・・・
もうすぐ燃料も切れるな…どこか着陸するか。
そう独り言をつぶやき、進路を変える。
次の瞬間
がくん、と船体が傾く。
おっとと…何が起こってるんだ?機器類がすべてでたらめになっている。
まあそう慌てることもない、とりあえず近くの星に不時着して修理しなくちゃ。
太陽フレアの影響かなぁ もしかして妖怪…んなわけないか。
目視・・・・・最寄りの惑星は・・と。
おっ、あったあった、あそこがいいや。
宇宙艇は緑と桃色に彩られた奇妙な惑星へと吸い込まれてゆくのだった。
宇宙船は黄緑のパステルカラーで包まれた平原に、音
もなく着陸した。
ふぅ…ここはどこだろう。人…というかコロニーは無いのかな。
船内の窓から辺りを見回す。怖いくらいに黄緑一色だ。
ここで燃料の補給や壊れたレーダー類を直すことはできるのだろうか。少し憂鬱な気分になる。
これって遭難…いやそんなはずない、いつも通る配達ルートじゃないか。
危険レベルも高くはないエリアだし…。
とはいえ全く見慣れない星だった。
地図にも載っていない。
不思議なこともあるもんだと思ったが、今はそれよりも燃料とレーダーが心配だ。
うーん、レーダーが壊れて燃料も無いんじゃ宇宙艇も単なる箱…。
コンコン
ん?
コンコン
ん、船外に誰かいるのか。
人通りも少ないエリアではないし、民間人が住んでいる星も珍しくはない。
助かった、と思いながら船外へつながるハッチへ向かう。
こんにちは!誰かいますかー?
はーい、今開けます
ハッチを開けるボタンを押す。
はじめまして!この星は初めて?
現地住民だろう。上半身は人間の女性のようだったが、下半身は魚のような形状をしている。
彼女はクラリスと名乗った。
初めまして、クラリスさん。
全く見慣れない型のヒトで少し驚いたが、友好的な種のようだ。
このあたりを通っていたら突然レーダーが故障してしまって、この星に不時着させていただきました。
それは大変!じゃあしばらくこの星に居ないといけないわね。私のところに来る?
ありがたい。
一人で船内に居続けるのも辛いからな。
ついてきて、と言うとクラリスは歩き出した。
振り返ったその背中には、昆虫のような薄羽がついていた。
パステルカラーで覆われた平原を進むうち、1mほどの何かが列を成して移動しているのが見えた。
あれは…何? 生き物のようだけど。
あの子たちもここの住人よ。今は「仕事」中ね。
「仕事」?
そう、あの子たちがは運んでいるの。それが「仕事」。
確かに、何かを抱えている。丸く柔らかそうなもの、角ばっていて透明なもの。
クォルクォル
ポポポポ…
彼らは鳴き声のようなもので会話しているらしかった。ここの言葉だろうか?
グ~
突然、おなかが鳴った。そういえば、仕事を終えてからなにも食べていないのだ。
あれから何時間か経っているはずだ。
おなかがへったの?じゃあこれ食べる?
そう言いながらクラリスは赤く艶々した肉のようなものを取り出した。
これは…?
この星で採れる物質を加工したものよ。この星の住人は皆これを食べるの。
お礼を言いながら一口食べてみる。
もぐ…。
甘く、果実のような風味がありながらも肉のような触感だ。
噛むと肉汁のようなものが染み出す。
うん、悪くないな。これはどこで手に入るんだい?
この星で「仕事」をすると手に入るわ。それがこの星のルールなの。
ルール…?法律のようなものがあるのだろうか。
そうだ、しばらくこの星に滞在しなければいけないかもしれない、その「仕事」を紹介してくれないか。
ええ、そのつもりよ。さ、行きましょ。
クラリスは歯を見せて笑顔をつくった。
僕の任された「仕事」は、壁から染み出してくる粘液をバケツのようなものに入れて運ぶというものだった。
この星では文明があまり発達していないのか、とても原始的な「仕事」。
しかし、不思議な満足感を与えてくれるのだった。
ふぅ~…今日もよく働いたな。
そうだな、お疲れ様。
友人もできた。
この星の人たちは親切だった。
なにも知らない私を歓迎してくれ、穴ぐらのような住む場所と「仕事」、食事を共にしてくれた。
生きるには何不自由ない生活だった。
あれからどのくらいの時間がたっただろうか。
宇宙艇の電子部品や燃料のことを住人に尋ねてみたり、自分なりにこの星を探索してみたりした。
しかし、手掛かりは何もつかめず、明るい黄緑色の平原、パステルピンクの壁、ひどく濁った池があるのみだった。
そういえば、とふと思い出す。
あれからクラリスに会っていない。聞けばなにかわかるだろうか。
クラリスはいつも、少し離れた洞窟に住んでいるんだっけ。
行ってみる価値はありそうだ。
こんにちは、クラリス。聞きたいことがあるんだけど。
あらこんにちは、どうしたの?
クラリスは後ろを向いたまま受け答えた。
この星から出るために、レーダーと燃料が…。
そう言いかけたとき、クラリスの動きが止まった。
そう、この星から出たいの。
クラリスがこちらの言葉を遮った。
咄嗟のことで、言葉を失う。なにかおかしい。
クラリス…?
だめよ。
異様なほどなめらかな動きでクラリスが振り返る。
顔には見覚えのある笑顔が張り付いていた。
あなたはずっとここにいるの。
何を…。
自分の身体を見てみなさいな。そんな身体で地球に帰るつもり?
クラリスは鏡をこちらに投げた。
この星には鏡も、水たまりもないもんねえ。
ふふふ…
鏡には、見覚えのない顔が映っていた。
まるでこれは…
お友達に似ているかしら?
似た者同士なら、言葉も通じたはずよね。
そうだ。ここでできた友人。同じ顔だった。
どうして…
事態が呑み込めない。僕が、僕の身体じゃない。
ここは、星であって、星じゃない。生き物なの。
知ってる?生き物って、体内にいろんな器官があって、それがまるで別々に生きているかのように動いて、「仕事」をしている。
そして、私がこの星の「脳」。
この星はね、人間を食うわ。でもね、栄養にするわけじゃないの。
聞いてる?
意識がぼんやりする。クラリスは、こいつは何を言っているんだ。今、何が起こっている。
この星はね、他の生き物を体内におびき寄せて、自分の一部として仕事をさせるの。
一生。死ぬまでね。
星の寿命は知ってるかしら? ふふふ…
心の底から冷たく暗いものがこみ上がって来るのを感じた。
そこで、あなたに一つ、提案があるの。
何を…?
あなたの記憶、私にくれないかしら。
記憶をなくせば、他の皆みたいに楽しく暮らせるわ。
ここは妖怪惑星クラリス。いいところでしょ?