私は人間が嫌いだ。


 二月の寒空の下、

高校受験のため塾に向かう同級生を、

小綺麗で真新しいバスの停留所から

眺めながら私は思う。



一月中旬に実地された
私立高校の推薦入試を終えた私には、

そんな風にせせこましく
努力している人間がとても愉快に見えた。

嫌いなものが苦労しているのだから当然だ。


 色気の欠片も無い黒のマフラーで口元を覆い、

同じくバスを待つ
他の中学生に悟られないよう

私はほくそ笑む。

ああ愉しい。

寒々しい曇天が
受験生の不安を煽っていると思うと興奮する。


 しかし、中途半端に都会なこの街では

堅そうなビル群などは見受けられず、

折角の曇天に似つかわしくない

緑の遊歩道が
のうのうと道路の間に寝そべっていた。

その遊歩道の端、


シャッター街と化した商店街の入り口の、

塗装の剥げた

「ようこそ!森商店街へ!」

の看板の下で、

小学校低学年のガキ供が

キィキィと騒いでいた。

うるせえな

 興が削がれ、私は思わず呟いてしまった。

一斉に停留所内の中学生がこちらを振り返る。

しかし、三年は皆塾に行っている所為で
下級生しかおらず、

―――

ひと睨みすると
またもや一斉によそを向いた。


 そんな自我の無い猿どもにも苛立ち、

私は鞄から
学校に持ち込みを禁止されている
音楽プレイヤーを取り出した。

巻きつけた黒のイヤホンを解き、
マフラーの下から耳に着ける。

イヤホンの色に合わせて
買った黒いマフラーのおかげでバレ難い。

と言っても、

推薦入試が終わった今、


低脳な馬鹿教師供に
バレようと知った事では無いのだが。

あのぅ

ふととある男子中学生が話しかけて来た。

その、一年生もいるので、校則違反は

誰だお前?

 丸いメガネを掛けた
小柄な男子中学生を、
ベンチから睨み上げながら訊く。

すると、その学生は
丈の長いだぼだぼな学生服を

びくりと震わせて答えた。

ま、丸山です。丸山智、

二年三組で生徒会の書記を

あっそ。

それで、私にイヤホン外せって?

 生徒会だから?

はい、その、一年生が

さっき聞いた。

同じことしか言えねぇのか?

それとも、
一回じゃ分からないって
馬鹿にしてんのか?

い、いえ、僕はそんな

 腰を引いて萎縮する丸山を無視し、

私は音楽プレイヤーの電源を入れた。

お気に入りの一九九〇年代の
hiphopグループを見つけ、
再生する。

あのぅ

と弱気な声で話し掛けてくる丸山に

見えるよう音楽プレイヤーの音量を上げ、

―――

もう一睨みすると、

!!!

丸山はまたしても腰を引いて逃げ出した。


 腰抜けが。

内心で毒突き、

私は耳元で流れる
ドープなラップの歌詞に
耳を傾けた。

そこではまるで
学のなさそうなちっぽけな人が、


自分が正義だとばかりに
世間に対する批判を叫んでいた。


『こんな猿の支配する腐った社会の
言いなりで何が楽しい。

ビビって喉に詰まったままの
言葉だって真実だ。

諦めたならそれで良い。

代わりに俺が叫んでやる 』

 素晴らしい。

私は麻薬の海に浸ったように
その歌に陶酔した。

これでこそ人だ。

知性を持った高尚な生き物だ。

魂が抜けて形骸化した肉の塊なんぞとは
比べ物にならない。

猿が人の皮を
被っただけの人間なんて
糞食らえ。

人間賛歌

作者:ゆめ様

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以下、ゆめ様の
書いた紹介文です

私立高校の推薦入試により
一足早く受験生を終えた朱莉は、


後輩の丸山から
「引きこもりの弟を助けて欲しい」と頼まれた。



朱莉は同級生の優香と共に
その願いを聞き、

丸山の弟を助けようとするが

そこには思わぬ理由があった。


人間嫌いな主人公、


偏愛主義な同級生、


臆病な後輩



少し歪んだ中学生たちの
小さな一歩を綴った青春小説。


あなたは人間が好きですか?

人間賛歌 作者:ゆめ

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