ユズリハ

とにかく、あたしは信じてる。


誰に何と云われようとも……。

ユズリハ

幽霊は、絶対いるんだから!














とある住宅街のはずれにある小さな公園に、

月光が降り注ぐ。



そこに、長い影が二つ伸びていた。

ユズリハ

よしっ。準備オッケーっと。
そっちはどう? ヒナタ。



手にしていた木の枝をポイッと放り投げ、

満面の笑みで振り返ったのは、

望月 楪(もちづき ユズリハ)。


そして……。

明らかに乗り気ではないが、


彼女に渋々付き合っているのは、

その双子の兄・望月 雛太(ヒナタ)である。


ヒナタ

まあ云われたことはやったけど……。まさかお前、本当にやる気なんじゃ……。

ユズリハ

何云ってんのよ。
もちろん! やるわよ!

ヒナタ

…………。

ユズリハ

ままっ。
とにかく、あたしに任せなさい!
ね? おにーちゃん!

ヒナタ

おいおい……。本気かよ……。



ノンストップ☆デイズ
-いたずらと悪魔は紙一重-







肌寒い風がユズリハの前髪をかき上げる。





その顔には、得意げな表情が浮かんでいた。


ユズリハ

ついに……ついに実現するんだわ。

小声で呟いて、時折吹く冷たい風に身震いする。



制服姿のユズリハにとって、

秋も中盤に差し掛かったこの時期の気温は

非常に辛いものだった。





この間の文化祭の劇で使用した黒マントを

ちゃっかり身につけていたが、


寒がりなユズリハにとって、

それだけでは

十分な防寒対策とはいえなかった。




それでも、


無情に吹きすさぶ風に

黒マントをなびかせて、

ユズリハは

先ほど書き終えた魔法陣の中心に

仁王立ちしていた。

魔法使いが持っていそうな年季の入った

「いかにも」な本を右手に持ち、

パラパラとページをめくっていく。





目当てのページにたどり着くと、

すうっ——と息を吸って……


まるで大切なものを紡いでいくかのように、

ページの上に連なる言の葉を詠唱し始めた。

ユズリハ

古今東西を守る神よ。我の願いに応えよ。
卯より出でて酉に沈むもの、虚空に続く道を開け……

呪文を詠唱していると、


魔法陣の外で待機していたヒナタが

ぼそりと呟いた。

ヒナタ

アホらし……。

その言葉を、


ユズリハが聞き逃すはずがなかった。

ユズリハ

ちょっとヒナタ。

アンタ、「アホらし」って何よ!

ヒナタ

事実だろ。

ユズリハ

せめてバカって云いなさいよ、
バカ。

ヒナタ

いや、そーいう問題じゃねーだろ! バカか!

ヒナタ

何だよ。お前さあ……。

「幽霊を呼び出す〜!」って、

突然叫び出したと思ったら、
深夜にも関わらず突然家を飛び出してさ。
心配に思ってついてきたけど……。
そもそも幽霊を呼び出すだなんて、普通に考えて、ムリだろ。

ユズリハ

……!

思わず、ムッと頬を膨らませるが、

すぐに眉根をキュッと寄せて、



哀れむようにヒナタを見やった。

ユズリハ

アンタって、夢、ないのね。



はあ、とため息をつく。

ユズリハ

あー可哀想。ホント、可哀想。
どうしてこんな子に育っちゃったんだろうねえ、ウンウン。

ヒナタ

深夜にいきなり家を飛び出すヤツに云われたくねーよ。

ユズリハ

ま、とにかくとにかくぅ。

ユズリハ

あたしは呪文を唱えてんだから。邪魔しないで。

ヒナタ

お前が勝手にオレの話に乗ってきたんだろ。

ユズリハ

うるさいなあ……全く……。

ユズリハは、

左耳に左の指を突っ込んでむくれると、


残りの呪文を一気に読み上げた。

ユズリハ

失われしかの者は空音(そらね)により破滅に導かれん。いま降臨する。我の前に姿を現せ!

ヒナタ

…………!

ヒナタ

…………。

ヒナタ

…………オイ。

ユズリハ

あ、あれ……? どうして……?

ヒナタ

………。

ヒナタ

なあ。

ユズリハ

……なによ。

ヒナタ

そのめちゃくちゃボロっちい本さ、どこで手に入れたんだ?

ユズリハ

ぼっ、ボロっちい云うな! これは、亜倉(アクラ)からもらった大事な本なんだからぁ。

ヒナタ

もらったじゃなく、半分奪ったようなもんだろ。……そうか、そう云えば兄貴、亡くなる直前まで大事に持ってたものがあったって……。

ユズリハ

それがこの本よ。

ユズリハ

アクラの形見なんだから、汚い手で触んないでよね!

ヒナタ

汚くて悪かったな。どーせオレは汚れてますよ。

ユズリハ

あーら。よく分かってんじゃない。思ってたより頭良いのねぇ、ヒナタ。

ヒナタ

ああ、どーもご丁寧に褒め称えてくれてありがとうよ。

ユズリハ

フンッ。だ。

ユズリハとヒナタは、

互いにそっぽを向いた。



地面に描かれた歪な魔法陣が月に照らされて

冷たく光っている。


ヒナタ

……失敗だな。



そっぽを向きながら、ヒナタが云う。

ユズリハはその言葉に

思わず振り返って

叫んでいた。

ユズリハ

失敗してない!
幽霊は現れるはずだから!

…………だから、アクラは……!

ユズリハ

…………アクラは、帰ってくるんだから……。

ヒナタ

…………どーだか。

ユズリハ

っ……!!



ユズリハは、頑として認めてくれないヒナタに対して


飛び膝蹴りを食らわせてやろうと、


未だそっぽを向いているヒナタの背中めがけて


走り出して——




ユズリハ

……へ?



突然、


駆け出したユズリハの後ろで

鋭い閃光が放たれた。


それが魔法陣から発されたものだと

理解した時には、

すでに遅かった。

魔法陣の中心部分から

銀色を帯びた風が巻き起こり、



それは月の光を吸い込むかのように

どんどん大きくなっていく。


ヒナタ

おっ……オイ! ユズリハ! これは……どういうことなんだ。

ユズリハ

あっ、あたしに聞かないでよっ……!



双子が言い合っている間にも、

竜巻は公園の木々をざわめかし、


その本体をどんどん強大化させてゆく。











————と。




次に、その竜巻から、

黒いぶよぶよとした物体が、

濁流のように溢れ出したのだ。


ヒナタ

なっ……なんだコイツら!?

ユズリハ

ひっ、ひっ、ヒナタ! ちょ、ちょっとどうにかしなさいよ!

ヒナタ

どうにかって云われても……うわっ! おいユズリハ、しがみつくなってば! 無理無理。ムリだって!

ユズリハ

あんた男でしょ! 

どーにかしなさいってばー!

ヒナタの服にしがみつき、

ぎゃんぎゃん喚(わめ)いていた

ユズリハであったが、



次の瞬間、



あろうことか謎の黒い物体が


ものすごいスピードで


襲いかかってきたのだった!

ユズリハ

え、ちょ、ちょっと……!? キャーーーッ!

ヒナタ

ユズリハっ!?

ユズリハは、ただただ必死になって
黒い物体を避けまくった。

ユズリハ

ムリムリムリムリィ! 全てが穢れる! どうせならヒナタの方に行ってよー!

ヒナタ

お前なぁっ! なんてことを……! ……だ、大丈夫か!?

ユズリハ

〜〜〜〜!!

ブンブン腕を振ってガードするけれど意味はない。

ユズリハの目の前に迫った黒い物体は、


顔らしくない顔にぽっかりと空いている


口らしき穴を歪ませた。



我 ヲ 呼ビ出シタノ ハ オ前カ

ユズリハ

なっ、何よ。あんたなんか、よ、よん、呼んでっ……ないわよぉっ!

……否、確カ ニ オ前ダ

ユズリハ

分かってんだったら、いちいち尋ねないでよねっ!

ヒナタ

ゆっ……ユズリハーー!

ずいぶんと遠く離れたところで、

ヒナタが叫ぶ。

ヒナタ

お前っ、ヘンに相手を刺激すんなよ。何されるか分かんねー……


そこまでだった。

ユズリハは、突然体がフワリと宙に浮いたような







――否。














ような、ではない。

ユズリハ

……んえ?




















































確かに浮いていた。


……少し目をつむっておけ。

ユズリハ

へ?


落ち着いた声で耳元で囁かれ、











思わず目を開けて――












――後悔した。


ユズリハ

………。



ユズリハは、

地上をはるか眼下に見下ろしていた。







魔法陣とヒナタが、とても小さく見える。


ユズリハ

えっ……ええええぇえええ!?

静かにした方が己のためだ。

ユズリハ

そうは云うけど、こっ……この状況で静かにしとけって云う方がおかしいわよ! こんな……高いところにいきなり連れてこられてっ……静かにできる状況だと思う!? 早くここから下ろしなさいよ!

だったら——今すぐ黙れ。

云うやいなや、彼はユズリハの腕を強く掴むと、

そのまま木の枝をトンッと軽く蹴って————

————落ちた。

ユズリハ

〜〜〜〜ッ!?

つづく

エピソード1:とにもかくにもヘンなモノ

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