とにかく、あたしは信じてる。
誰に何と云われようとも……。
幽霊は、絶対いるんだから!
とある住宅街のはずれにある小さな公園に、
月光が降り注ぐ。
そこに、長い影が二つ伸びていた。
よしっ。準備オッケーっと。
そっちはどう? ヒナタ。
手にしていた木の枝をポイッと放り投げ、
満面の笑みで振り返ったのは、
望月 楪(もちづき ユズリハ)。
そして……。
明らかに乗り気ではないが、
彼女に渋々付き合っているのは、
その双子の兄・望月 雛太(ヒナタ)である。
まあ云われたことはやったけど……。まさかお前、本当にやる気なんじゃ……。
何云ってんのよ。
もちろん! やるわよ!
…………。
ままっ。
とにかく、あたしに任せなさい!
ね? おにーちゃん!
おいおい……。本気かよ……。
ノンストップ☆デイズ
-いたずらと悪魔は紙一重-
肌寒い風がユズリハの前髪をかき上げる。
その顔には、得意げな表情が浮かんでいた。
ついに……ついに実現するんだわ。
小声で呟いて、時折吹く冷たい風に身震いする。
制服姿のユズリハにとって、
秋も中盤に差し掛かったこの時期の気温は
非常に辛いものだった。
この間の文化祭の劇で使用した黒マントを
ちゃっかり身につけていたが、
寒がりなユズリハにとって、
それだけでは
十分な防寒対策とはいえなかった。
それでも、
無情に吹きすさぶ風に
黒マントをなびかせて、
ユズリハは
先ほど書き終えた魔法陣の中心に
仁王立ちしていた。
魔法使いが持っていそうな年季の入った
「いかにも」な本を右手に持ち、
パラパラとページをめくっていく。
目当てのページにたどり着くと、
すうっ——と息を吸って……
まるで大切なものを紡いでいくかのように、
ページの上に連なる言の葉を詠唱し始めた。
古今東西を守る神よ。我の願いに応えよ。
卯より出でて酉に沈むもの、虚空に続く道を開け……
呪文を詠唱していると、
魔法陣の外で待機していたヒナタが
ぼそりと呟いた。
アホらし……。
その言葉を、
ユズリハが聞き逃すはずがなかった。
ちょっとヒナタ。
アンタ、「アホらし」って何よ!
事実だろ。
せめてバカって云いなさいよ、
バカ。
いや、そーいう問題じゃねーだろ! バカか!
何だよ。お前さあ……。
「幽霊を呼び出す〜!」って、
突然叫び出したと思ったら、
深夜にも関わらず突然家を飛び出してさ。
心配に思ってついてきたけど……。
そもそも幽霊を呼び出すだなんて、普通に考えて、ムリだろ。
……!
思わず、ムッと頬を膨らませるが、
すぐに眉根をキュッと寄せて、
哀れむようにヒナタを見やった。
アンタって、夢、ないのね。
はあ、とため息をつく。
あー可哀想。ホント、可哀想。
どうしてこんな子に育っちゃったんだろうねえ、ウンウン。
深夜にいきなり家を飛び出すヤツに云われたくねーよ。
ま、とにかくとにかくぅ。
あたしは呪文を唱えてんだから。邪魔しないで。
お前が勝手にオレの話に乗ってきたんだろ。
うるさいなあ……全く……。
ユズリハは、
左耳に左の指を突っ込んでむくれると、
残りの呪文を一気に読み上げた。
失われしかの者は空音(そらね)により破滅に導かれん。いま降臨する。我の前に姿を現せ!
…………!
…………。
…………オイ。
あ、あれ……? どうして……?
………。
なあ。
……なによ。
そのめちゃくちゃボロっちい本さ、どこで手に入れたんだ?
ぼっ、ボロっちい云うな! これは、亜倉(アクラ)からもらった大事な本なんだからぁ。
もらったじゃなく、半分奪ったようなもんだろ。……そうか、そう云えば兄貴、亡くなる直前まで大事に持ってたものがあったって……。
それがこの本よ。
アクラの形見なんだから、汚い手で触んないでよね!
汚くて悪かったな。どーせオレは汚れてますよ。
あーら。よく分かってんじゃない。思ってたより頭良いのねぇ、ヒナタ。
ああ、どーもご丁寧に褒め称えてくれてありがとうよ。
フンッ。だ。
ユズリハとヒナタは、
互いにそっぽを向いた。
地面に描かれた歪な魔法陣が月に照らされて
冷たく光っている。
……失敗だな。
そっぽを向きながら、ヒナタが云う。
ユズリハはその言葉に
思わず振り返って
叫んでいた。
失敗してない!
幽霊は現れるはずだから!
…………だから、アクラは……!
…………アクラは、帰ってくるんだから……。
…………どーだか。
っ……!!
ユズリハは、頑として認めてくれないヒナタに対して
飛び膝蹴りを食らわせてやろうと、
未だそっぽを向いているヒナタの背中めがけて
走り出して——
……へ?
突然、
駆け出したユズリハの後ろで
鋭い閃光が放たれた。
それが魔法陣から発されたものだと
理解した時には、
すでに遅かった。
魔法陣の中心部分から
銀色を帯びた風が巻き起こり、
それは月の光を吸い込むかのように
どんどん大きくなっていく。
おっ……オイ! ユズリハ! これは……どういうことなんだ。
あっ、あたしに聞かないでよっ……!
双子が言い合っている間にも、
竜巻は公園の木々をざわめかし、
その本体をどんどん強大化させてゆく。
————と。
次に、その竜巻から、
黒いぶよぶよとした物体が、
濁流のように溢れ出したのだ。
なっ……なんだコイツら!?
ひっ、ひっ、ヒナタ! ちょ、ちょっとどうにかしなさいよ!
どうにかって云われても……うわっ! おいユズリハ、しがみつくなってば! 無理無理。ムリだって!
あんた男でしょ!
どーにかしなさいってばー!
ヒナタの服にしがみつき、
ぎゃんぎゃん喚(わめ)いていた
ユズリハであったが、
次の瞬間、
あろうことか謎の黒い物体が
ものすごいスピードで
襲いかかってきたのだった!
え、ちょ、ちょっと……!? キャーーーッ!
ユズリハっ!?
ユズリハは、ただただ必死になって
黒い物体を避けまくった。
ムリムリムリムリィ! 全てが穢れる! どうせならヒナタの方に行ってよー!
お前なぁっ! なんてことを……! ……だ、大丈夫か!?
〜〜〜〜!!
ブンブン腕を振ってガードするけれど意味はない。
ユズリハの目の前に迫った黒い物体は、
顔らしくない顔にぽっかりと空いている
口らしき穴を歪ませた。
我 ヲ 呼ビ出シタノ ハ オ前カ
なっ、何よ。あんたなんか、よ、よん、呼んでっ……ないわよぉっ!
……否、確カ ニ オ前ダ
分かってんだったら、いちいち尋ねないでよねっ!
ゆっ……ユズリハーー!
ずいぶんと遠く離れたところで、
ヒナタが叫ぶ。
お前っ、ヘンに相手を刺激すんなよ。何されるか分かんねー……
そこまでだった。
ユズリハは、突然体がフワリと宙に浮いたような
――否。
ような、ではない。
……んえ?
確かに浮いていた。
……少し目をつむっておけ。
へ?
落ち着いた声で耳元で囁かれ、
思わず目を開けて――
――後悔した。
………。
ユズリハは、
地上をはるか眼下に見下ろしていた。
魔法陣とヒナタが、とても小さく見える。
えっ……ええええぇえええ!?
静かにした方が己のためだ。
そうは云うけど、こっ……この状況で静かにしとけって云う方がおかしいわよ! こんな……高いところにいきなり連れてこられてっ……静かにできる状況だと思う!? 早くここから下ろしなさいよ!
だったら——今すぐ黙れ。
云うやいなや、彼はユズリハの腕を強く掴むと、
そのまま木の枝をトンッと軽く蹴って————
————落ちた。
〜〜〜〜ッ!?
つづく