――――

東奏学園の音楽室――。

少女がひとり、ぼうっと中空を眺めている。

…………

時計の針が時間を刻む音と、グラウンドから聞こえる運動部の掛け声。

イヤホンを外した少女は、それらの雑多とした音をしばらく聞いていたが……。

……おかしい、な

すでに十七時を回った時計に目をやって、ようやくそう呟く。

今日はおやすみ、だったっけ

少女の所属している“器楽部”は、基本的に学校のある日は毎日活動している。

もっとも……

現在は“呪い”によって、部員の集まりが良いとは決して言えないものの――。

それでも十人ほどの部員は、ほぼ毎日この第三音楽室に顔を出していた。

まあ、みなさん、なにかご都合があるのかも、だし

今日のところは、わたしも撤収しようか、な

少女――“伊藤萌”はそう納得すると、イヤホンをくるくると音楽プレイヤーに巻きつけ、第三音楽室を後にした。

ところが、次の日――

むう……

さすがにおかしい……

今日も誰も来ない、なんて

“かなえ”は、ともかくとしても。他の先輩方や――真面目な“さくら先輩”まで……

なにより、“先輩”と“ホニャ”も来ない、なんて

なにかあったのかな……?

あ――

高等部に向かう途中――

廊下に出た萌は、見知った顔を早速見つけた。

――ひかり、先輩

ひかり

え……?

萌に声をかけられ、階段を登ろうとしていた長身の美人が振り返る。

ひかり先輩。今日も、部活はないのでしょう、か?

ひかり

え? え? えーっと……

……? ひかり、先輩……?

ひかり

ご、ごめんね。えっと、その……きみ、中等部の子、だよね?

え……?

――どうして、ひかりはそんな戸惑った表情を見せるのだろうか。

まるで、“知らない子を相手にするかのように”……。

ひかり

それに、部活って……?

あ……

ふふ。なるほど

これは……“師匠”からの、どっきり、かな

ふふ、見破ったり。あやうく、ひっかかるところ、だった

ひかり

ど、どうしたの? なんか、得意げな顔になってるけど……

ひかり先輩

ひかり

う、うん

師匠には、伊藤萌はばっちり騙されて、心細さのあまりおんおん泣いていたと、お伝えください

ひかり

は、はあ

それで。今日の部活は、どうなのでしょうか

ひかり

……え、えっとね?

ひかり

私、部活には入ってないんだけど……

…………

……おかしい

この反応……本当に知らないみたい、で

ひかり先輩が、ここまで師匠の悪ふざけに乗っかるとも、思えないし……

…………

もしかしたら……

ひかり先輩。……器楽部を知っていますか?

ひかり

え?

ひかり

器楽部って、なにかな……?

……! すみません、失礼し、ます!

ひかり

え、ちょ、ちょっと――?

第三音楽室――

ひかり先輩のあの様子……

本当に、器楽部のことを忘れているとしたら、

“ノイズ”の仕業に間違いありま、せん……!

……しかし、そうであれば――

むう

……“先輩”が気がつかないはずが、ないのですが

相変わらず、一向に来る気配が、ないし

教室には、すでにいなかったみたいだし――

…………むむ……

まあ、今先輩は事態の収拾に向かっているのかもしれない、し

……今日も撤収、しようかな

もやもやとした気持ちを抱えつつ……

萌は帰路に着いたのだった……。

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