熱帯の森の奥深くでのこと。女王は、彼の者の額に妬みのキスをした。
その様子を、七人の野菜達――ほうれん草、白菜、小松菜、春菊、ビート、トマト、ジャガイモは偶然にも見てしまう。
これは大変だ! 彼の者を信頼している野菜達は、慌てて応援を呼びに行った。
おやすみ
熱帯の森の奥深くでのこと。女王は、彼の者の額に妬みのキスをした。
その様子を、七人の野菜達――ほうれん草、白菜、小松菜、春菊、ビート、トマト、ジャガイモは偶然にも見てしまう。
これは大変だ! 彼の者を信頼している野菜達は、慌てて応援を呼びに行った。
アボカドとシンデレラ
そ、そこのお人! どうか、毒によって眠らされてしまったあの人をお助け下さい!!」
と、ジャガイモ。胴体から直接細い足が生えるその生き物達に驚く相手だったが、それよりも大事なことは、誰かの体内に毒が回ってしまっていること。
わかった
ジャガイモにそこの人と呼ばれた相手が立ち上がると、相手はすぐさま立ち上がり、眠る彼の者の下へ向かった。
着いてみれば、そこにいるのは、真っ白な肌をした、美しい顔立ちの者が眠っている。それも、息もせず。まるで死んでいるかのようだ。
それが不思議でならない。相手は彼の者の頬を両手で掴み、そして顔を近づけた拍子に口づけをした。
あ、いっけない
相手は言ったものの、それは明らかに狙った口づけだった。野菜達は思わず、「あ」と指をさしたものの、相手に睨まれると黙り込んだ。
そんなことともつゆ知らず、彼の者は目を覚ます。魔法がかかっているとは知っていたが、まさか口づけで目を覚ますなんて。野菜達は驚きながらも、やがて飛び跳ねて喜んだ。
おはよう
……あの
何か聞きたげな彼の者に、「うん?」と優しく尋ねる相手。相手が聞いてくれるのを確信すると、彼の者は堰を切ったかのように話し出す。
あの! どうして俺がキスをされているのです!! 男の俺が!!!
そう尋ねるのは、童顔、白髪の青年だった。その名は、シン王子。本来は、シンデレラと踊る王子の方だ。
と言うか! 貴方はシンデレラでしょう!?
ええ
眼鏡をかけ、白衣を着た金髪の女性、シンデレラは頷いた。
どうしてこんなことに?
そりゃあ、貴方が無闇にアボカドを食べるからでしょう。どうせ、勝手に道端にあったアボカドを食べたのでしょう
うっ……
そもそも、シン王子がアボカドを食べたのは、最近よく聞くアボカドがどんな味なのかと気になっていたからだ。
アボカド
そこに見つけたのが、道端に転がっていたアボカド。そして、包丁とスプーンだ。
そこで、偶然道端に転がっていたアボカドと包丁とスプーンを手に取り、シン王子は食べてしまったのだ。
でも、話に聞くアボカドとは全然違う味だったよ! ……って言うかコレ、キウイじゃないか!?
キウイ
シン王子は、アボカドをシンデレラに見せつける。気になった野菜達も、シンデレラの周りに集まって中身を覗いた。
そうね
ショックだよ! 夢に見た初アボカドだ、女子しか食えない幻の野菜だと思ったら、キウイだなんて!!
アボカドは一応果物だけどね
どっちでも良いっ!
シン王子は、半狂乱になりながら答えた。
こんなことをした挙句、俺を眠らせるなんて! 相手は相当あくどい農家だぜ
どうしてそうなる
シン王子の謎の怒りポイントに、シンデレラも呆れ気味に答える。野菜達がこれからどうなるのかとそわそわしながら見つめていると、シン王子は、
決めた!!
と棺桶の中から飛び出した。
アボカドを作ろう!!
やめなさい
アボカドを俺達で作って、俺達で食う! そして、アイツにも食わせてやるんだよ!!
私は嫌よ、昔みたいにこき使われるなんて
い、いいよ! じゃあ俺一人でやるもん!!
どうぞご勝手に
などと、シンデレラは言いつつも、そこは結婚した仲だ。自宅の庭を自由に使っていいと、まだ花を一つも植えていない庭で作ることを促した。
それじゃあ、アボカド作るぜ!
シン王子が両手をガッツポーズで上げると、野菜達も、「おーっ!!」と両手を空に向けて突き上げた。ここでシンデレラが心の中で思ったのは、
あんた達もやるんかい
である。
早速借りた庭の上に立ち、泥の付いても良い服装に着替えたシン王子だったが、野菜達と首を傾げていた。それを室内から見ていたシンデレラだったが、彼らの様子が気になり、診察どころではない。患者には、後で往診に伺うと頭を下げ、庭へと移動した。
……お、シンデレラ。ちょっと聞くだけなんだけどさ
何よ
作り方を教えてくれ
言葉を聞いた瞬間、野菜達をギロリと睨む。何故、お前達まで作れないんだ。そう問いたかったが、思えば彼らは種が成長した後の姿。作り方を知らなくて当然だったのだ。
退けて
シンデレラはまず雑草の生えた畑を耕し、雑草を処理したところで、アボカドの種を一つ植えた。
一個で良いのか? 一応百個買ってきたけど
何でそんなに買うの!?
怒るシンデレラ。しかし、この時シン王子には、まだシンデレラの怒っている理由が分からなかった。
それから十数か月後、シン王子待望のアボカドがやっと実った。これに対して、シン王子は感動から目をウルウルさせながら、一言。
アボカドって……木から生るんだな
だから、何度も果物だって言ってるでしょうが!!
室内にいたことで真っ白だったシンデレラの肌も、この中の誰よりも働いたことで、真黒になってしまった。だが、これは決してシンデレラ一人で作ったものでは無い。シン王子も、そして野菜達も頑張って育てた秀作だ。
じゃ、早速食べるぞー!
ちょい待ち!!
もぎ取ったアボカドを食べようとするシン王子を、シンデレラは慌てて止める。
まだその身、青いでしょう? それをもっと熟さないと、美味しく食べれないわよ
なんだぁ、そうなのか。結構待ったのにな
とりあえず、収穫だけしときましょう
まだ身の青いアボカドを収穫して倉庫の中にしまうと、シン王子はシンデレラの往診に付き合い、外へと繰り出した。
その間に、怪しい影が忍び寄っているとも知らずに。
ケッケッケ……これがアボカドって奴ね。じゃ早速、食いつくしてやろうかね!!
うおーっ!?
診療所兼自宅に帰宅した瞬間、シン王子は雄たけびを上げた。何事かと野菜達やシンデレラが向かうと、そこには人が倒れていた。
誰? この人。浮気相手?
んなわけないだろ!? おばあさんだぞ!? そうじゃねーよ、見れば分かるだろ、俺を眠らせた女王、女王が何故か倒れてんの!
シンデレラはしゃがむと、持っていた聴診器で胸の音を聞く。
おいおい。俺に毒盛った奴を助けるのか?
当たり前でしょ。これでも医者なの
本来はお姫様じゃないか。シン王子は思ったものの、同時に彼女の優しさに惹かれ、自分自身を恥ずかしく思った。
口から泡が出ているし、白目になっている。お腹の感じからしても……お腹を壊したのね、これを食べて
これ?
まだ熟しきっていないアボカド
シンデレラは、転がっていた、半分かじりかけのアボカドを見せた。それも、皮ごと無くなっている。
おいおい、何で俺の家のアボカドを食うんだよ
そうねぇ。……行ってみる? 女王の城にでも
シン王子は頷いた。
女王に応急処置を取った後、シン王子一行は女王の家へ向かった。
見ろよ、アボカドだらけだ。だったら、俺よりアボカドの食い方知ってただろうに。それとも、この女王は皮ごと食う習性があったのか?
どうかしらね
シンデレラはそう言いながらも、持っていたハサミでアボカドを真っ二つに切った。すると、シン王子はそこから出てきたものに驚く。
キウイ……!?
アボカドとみられる皮の中には、黒い種が沢山入った、キウイが実っていたのだ。シン王子がハサミを受け取ってもう一つ切ってみると、これにもキウイが実っている。
……きっとあの人、アボカドを食べたかったけれど、実らなかったのよ。キウイしか
だから、俺のアボカドを……。でも、何で俺を狙ったんだ?
それは多分、貴方がアボカドを食べたがっていたからじゃない? こうしたら、きっと自分でアボカドを作る気になるかもって
成程な……
野菜達は思った。
何故そんなに上手く展開が運ぶのか
と。
とにもかくにも、様態が良くなった女王に真相を聞いてみると、女王はこくこくと頷き、申し訳ないと、シン王子に頭を下げた。
いや、良いよ。あとさ、キウイもそうだけど、アボカドは皮は食わないんだよ。それに、あのアボカドはまだ熟しきってないんだってさ
そ、そうだったのかい……どうりで、不味いと思ったよ
食べたいなら、これをどうぞ
シンデレラは、女王とシン王子に、熟して皮が茶色くなったアボカドを手渡した。それも、既に半分こされており、スプーンも用意されている。
シンデレラ、まだ身は熟してないはずじゃ……
実は、どうしても食べたいって言う貴方の為に、市場で一個だけ買ってきたのよ。さ、食べて
シンデレラの優しさに、シン王子、そして女王までもが目をウルウルさせる。シンデレラが静かに頷くと、二人はスプーンでアボカドをすくった。
いっただきまーす!!
いっただきまーす!!
そよ風がなびく、木陰で、すやすやと眠る王子と、それを見守る王女が一人。二人とも、真っ白な肌をした、西洋に住むシン王子、そしてシンデレラ王女だ。深い眠りにつき、不思議な夢を見ているシン王子は、
アボカド美味しいよ……
と何度も呟く。
帰ったら、たーんとアボカド食べさせてあげなきゃね
シンデレラは、幸せそうに眠る彼を、温かく見つめ続けていた。