そう言えば、伝え忘れていた事があるにゃ

突如相棒からの呼びかけを受け取るが、

今はそれどころではないため、

受け流して部屋の中に意識を集中する。

綾瀬 亮介

……

真っ暗な自室で俺、

綾瀬 亮介(あやせ・りょうすけ)は

緊張感で思わず冷や汗をかきながら、

蛍光灯の紐がある場所を目指していた。

綾瀬 亮介

「腹の虫が鳴った」としても、男の一人暮しだし、気を使う必要は無いが、問題はその音の出所だ

俺は暗闇のある一方向を見据えた状態で、

大きく深呼吸をすると、蛍光灯の紐を

ゆっくりと引いてみる。

……

蛍光灯が2、3度点滅して部屋が明るくなると、

そこには見知らぬ少女の姿があった。

綾瀬 亮介

異世界から来た巫女!?

一瞬、そんな期待が頭をよぎるが、そうではなく、

私服姿で俯く高校生くらいの少女だった。

腹の虫は俺ではなかったのだ。

 
 
 
 
 

大学に入って1年経ち、その間ずっと

この大波荘に1人で住んでいるが、

少女について心当たりはないし、

アパートの住民と言う事もない。




ここは築40年のボロアパートなので、

壁に手をつくと天井から何かポロポロと落ちてくるし、

前から部屋の鍵もおかしかったので、

偶然扉が開いてしまったのかもしれない。

その子なら危険性はないにゃ。
だから僕が扉を開けておいたんだにゃ

綾瀬 亮介

それならそうと早く言って欲しかったよ、相棒さん……。

とりあえず、今は相棒より女の子への対処が

先なので気持ちを切り変える。

綾瀬 亮介

こんな所でどうしたんだ? 迷子か?

人の家に入り込んで迷子と言う訳は無いが、

少女を怖がらせたくはないので、

優しくそう問いかける。

……

しかし少女からの返事はなく、

俯いてぼーっとしているだけだった。

綾瀬 亮介

仕方ない。別の方法で、心情を『視る』事にするか

自分の心情を知られるとあまり良い気はしないので、

友人にも話した事はないのだが、

俺は相棒と力を合わせる事で、

他者の心の状態を『色』で判別する事ができるのだ。

今右手に持っているコンビニ弁当を

買った時に視た、店長の色はオレンジ。


オレンジは良い事があった時の色で、

店長に聞くと昨晩お孫さんが生まれたとの事だった。

綾瀬 亮介

この少女はどうだろうか。

俺は視る力を使うために、相棒に心で呼びかけた。

綾瀬 亮介

ルキア。そう言う事だから、もう1度だけ力を使うぞ

亮介は、猫使いが粗いのにゃ。
僕も集会に向かってる最中で忙しいにゃよ?

そう、俺の相棒と言うのは『猫』なのだ。


大波荘に移り住んだ翌日、目が覚めたら

黒猫が枕元にいて、突然俺に話しかけてきた。

綾瀬 亮介

他の住人には、ルキアの言葉は聞こえない。ルキアと心を合わせると、他者の心が色で視えるようになる。分かっているのはこれくらいだな

お互い離れていてもやりとりができるので、

色んな面で便利だが、心を視る能力だけは、

お互いかなり体力が消耗するので、

1日3回までと決めていたりする。

綾瀬 亮介

明日お前の大好きなマグロの切り身を
 買ってきてやるから

仕方ないにゃ……今日はこれで最後にゃよ

目を瞑り、ルキアから徐々に力を

届き始めたのを確認すると、

俺は心の中で少女に謝り、意識を集中する。

すると、ぼやっとした色が浮かび上がり、

しばらくすると『灰色』のイメージが、

脳裏に映りこんでくる。

綾瀬 亮介

灰色か。『何かに迷い、抜け出せなくなってしまった』時の色だな

泥棒などの仄暗い感情を抱えている

訳ではないと分かったため、

俺はコンビニ弁当を少女の前に置いた。

綾瀬 亮介

ほら、腹減ってるんだろ?
俺はパンでも食うから、それを食べていいぞ

腹ごしらえをすれば、何か話してくれる

かもしれないと思い提案してみるが、

少女はそれを見る事もせず、顔を伏せてしまう。

綾瀬 亮介

いらない……か

受けとる気配が無いため、

俺はコンビニ弁当に手を伸ばすと、

少女に軽く腕を掴まれる。

綾瀬 亮介

な、何だ。やっぱり欲しいのか?

しかし少女は俯いたまま、首を横に振る。

綾瀬 亮介

いらないなら、俺が食っちまうぞ?

そう少女に語り掛けると、

先ほどより大きく首を横に振った。

綾瀬 亮介

一体どうすればいいんだ?

困り果てていると、少女は小さく震えながらも

ゆっくりと顔を上げた。


手を掴んだまま、こちらを物憂げな

表情で見つめてくる。

……

綾瀬 亮介

か、可愛い……

先ほどまで俯き気味だったので分からなかったが、

顔を合わせてみると、とんでもなく可愛い。

いわゆる、日本的黒髪美少女だったのだ。

亮介のタイプにゃ

そうそう、俺のもろタイプ……

いやいや、今はそんな事考えてる場合じゃない!

綾瀬 亮介

ってルキア、突然出てくるな!

物憂げに見つめる表情に、

気持ちが揺れ動きそうになるが、

大きく深呼吸をして気を落ち着かせる。

綾瀬 亮介

まあ何だ。俺に気を使わなくてもいいから、気にせず食べてくれよ。な?

その言葉に少女はしばらく考え込むと、

再度こちらに向き直し、こくんと無言で頷いた。

綾瀬 亮介

よし、良い子だ

掴まれていた手をゆっくりと剥がして、

割り箸を手渡した。

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