その奇妙な店は、扉を開けた瞬間、白髪紳士の壮年マスターが出迎えた。
その奇妙な店は、扉を開けた瞬間、白髪紳士の壮年マスターが出迎えた。
※この後マスターが
美味しく頂きました
ごきげんよう
私はご機嫌ナナメだ
マスターの挨拶を、私は冷たくあしらう。
私が不機嫌な理由は、この店のメニューを見たからだ。
一、カレーライス。二、チャーハン。三、銀鮭定食。四、卵かけご飯等……。ちなみに、飲み物はお茶、コーヒー、ジュースのみ。
こんな奇妙な店、初めてだよ
そうですか? 普通だったんですよ、以前はね
ふぅん
私は退屈そうにそのメニューを眺めた。あの、ネチョッとした食べ物が美味しいと囁かれる時代があったとはな。束ねられた髪を揺らし、メニューを左端から右端まで見つめる。
で、お客さんは何を食べられるのです
人
私は、マスターの目を見つめて言った。マスターは控えめに笑うと、首を横に振った。
こんな老いぼれですが、意外と高くつきますよ?
マスターの粋な返しに、私も笑って首を振った。
嘘だよ。私はしがないアンドロイドだよ。分かるだろう?
肩や首の関節は球体関節人形と同じ造りの私。手袋を付けてきていないので、手首を見ればすぐに分かることだろう。そう。誰が見ても、数年前のアンドロイド、D-18であることが分かったはずだ。それを知って聞くとは、随分意地悪なマスターだ。
しかし、マスターは見た目には触れることなく、あっけらかんと答えた。
そうでいらっしゃいましたか
マスターは、人間なんだな?
ええ
人類が火星に到達し、火星に住み着いてからもうウン千年。多くの人類は火星に移動し、現在地球には僅かの人間と、人類が生み出した機械しか住んではいなかった。それも、機械を地球に置くのは、火星へと物資を運ぶ為だ。もはや、人類の中心となる世界は、火星へと変わってしまったのだ。
火星へ移るつもりは無いのか?
ええ、私はこの世界で生まれ、結婚もしました。そして、女房は四十にも満たぬ間に亡くなってしまった。この地で。ですから、私も死ぬのはこの地だと決めているのです
そうか
まだ地球への愛を持つ人間に感動したのだろうか。機械ゆえに自身の機微は分からなかったが、考えた末に私は一言発していた。
マスター。卵かけご飯一つ
私が注文すると、マスターは少し驚いたように顔を上げた。
食べられるのですか?
無理をすればね
私がニヤリと笑うと、マスターは愚問だったと言わんばかりに微笑み、卵かけご飯を私の目の前に置いた。