三拍子のディファレント
三拍子のディファレント
蝉の声が鳴り響く蒸し暑い夏。
北川晃一は部屋で1人イライラしていた。
高校二年の夏。
少しは色恋沙汰もありそうなものだが、今日の彼は、とてもイライラしていた。夏の暑さが原因ではなく、とにかく金が欲しかった。
学校では、何か部活に入るわけでもなく、これといって何か趣味があるわけでもない。
幼い頃から空手をやっていたが、いつからか辞めていた。
特別、面白い特技を持っているわけでもないが、別に友達がいないわけでもない。
…かと言って多いわけでもない。
学校で彼を何と分類すべきかと言うと…
「不良」「ヤンキー」…と、言ったところだろうか。
そんな、北川晃一は今、とにかく金が欲しかった。
これも全て、2日前にあんな話を聞いたからだ。
<2日前>
コーイチぃ。すんげー良い話があんぞ
友人の「松岡ノボル」が、とてつもない笑顔でやってきた。こんな表情の時は大抵、誰かと誰かが喧嘩したとか、アイツとアイツが付き合ってるらしいとか、そんなしょーもない噂話か、新しいエロDVDをゲットしたかだ。
どちらにしても、大した事ではないが、仕方ないから返事をする。
なんだよ?
この前、クラブ行った話したじゃん
あ?……したか?
したよ!……たしか…したよ!まぁ、いいや!んで、そん時に会った人がビッグスクーター売ってくれるって事になってさ
へぇ
おいおい、ノリ悪すぎだっての!めっちゃ安いんだぜ!15万だぞ!15万!半額以下だぜ
15万って……それ、大丈夫かよ?
大丈夫だって、めっちゃ優しい人でさ。もう最高だわ
で、それをオレに言ってなんなの?
あぁ、悪ぃ。明日の夕方に受け取るんだけどさ、一緒に来てくんない?
はぁ?
ビッグスクーターをゲットした喜びを分かち合いたいのよ
真っ先に自慢したいだけだろ?
そうとも言う
今思えば、オレは行くとも、行かないとも返事をしてなかったが………結局、ノボルに付き合って、ビッグスクーターを受け取りに行った。
<昨日>
閑静な住宅街の一角に一際似合わない、景観を明らかに損なっている、いつ建て壊されてもおかしくない建物。というか小屋に到着した。
「整備工場」という看板が申し訳なさそうに、斜めに付いている。
夕方、オレとノボル、そしてノボルと同じ中学だったという後輩二人の、四人でビッグスクーターを受け取りに来たが、オレ達の目の前には4台のビッグスクーターが並べられていた。
四人で来るってーから、4台用意しといた。1台15万だから60万な
まくった袖からはバリバリのタトゥーが見え、格闘技やってました系の餃子耳の男が言う。
あ、買うのオレだけなんで
は?お前が四人で来るって言うから用意しちゃったじゃねーかよ!なぁ
餃子耳が、後方でじっとしてるタンクトップ姿の筋肉むき出しのチョコボールみたいな肌色した男に言う。
まぁ、しっかり言わないのが悪いわな
いや、でも
チョコボールがノボルの言葉を遮り、言葉を続ける。
買うなら15。買わないなら迷惑料で10…そんなとこだな。
この言葉に、ノボルは黙ってしまった。
後輩たちはすっかり下を向いている。
そんな状況にオレは思わず、声を出してしまった。
思い返せば、何でこんなタイミングで余計な事を言ってしまったんだろうか。
今となっては、後悔しかない。
ムチャクチャじゃねぇか
すると、餃子耳がツカツカとオレに近付き、直ぐにオレの腹に拳を突き立てた。
………油断していた。
腹をおさえて前のめりに倒れ、その場に膝を付くと餃子耳は、オレの髪を掴み言う。
バイク持って帰って15万か、バイクなして10万払うか、どっちが得か……わかるよなぁ?まぁ、明日、ちゃーんと払ってね
これも、今思えばオレは返事をしてないんだ。
…そしてオレ達は、バイクに乗って帰宅した。
<今日>
北川晃一は、とにかく金が欲しかった。
しかし、裕福な家庭でもなく、突然そんな大金が必要などと親に言う事もできず、かと言って金を貸してくれる友人のあてもない。
ノボルには電話すら繋がらない。
どうする事もできないまま夜になった。
外からクラクションが聞こえる。
窓から覗くと、一台のワゴン車……確実に俺を呼んでるんだろう。こんなの、高校生が体験するような事じゃないと思いつつ、俺はそっと家を出てワゴン車に乗り込んだ。
ワゴン車の中にはノボルの姿はなく、後輩の二人だけだった。彼らは既に顔が腫れていて、何発かヤキを入れられたのが直ぐに分かった。これから、どこに連れて行かれるのか…考える事すら面倒だった。
しばらくして、車から降ろされた。
何処かの山なんだろうか?
辺りは真っ暗で、ワゴン車の明かりだけが周囲を照らしていた。
俺たちは横一列に並ばされて、ただ黙ってその場で立っていた。目の前には、餃子耳とチョコボール。
すると、後ろから歌声と走る足音が聞こえてきた。
はい!住み慣れた~我が家に~ぃぃ
隣の後輩が前にぶっ飛んだ。どうやら、ドロップキックを食らったようだ。
ははは。大袈裟、大袈裟
後輩はチョコボールに起こされ、また俺の隣へ並ばされた。
そして、ドロップキックをした男は俺たちの目の前に立つ。
前歯がなく、潤いが失われたカッサカサの金髪。
身長は160弱の小柄な男だ。
えっと、金はありますか?
俺達は3人顔を見合わせた……どうやら、誰一人、金は用意できてないのは明らかだった。このまま、黙っててもらちがあかないので、俺が口を開いた。
用意できませんでした
そうですか。じゃあ、おしおきだね
もの凄い速さで、左下からアゴを狙って拳が飛んできた。
さすがに昨日の今日で、先ほど後輩が蹴られた事もあって、突然の攻撃は予想していた。
上半身を反らして、すかさず右の拳を相手の顔面へと振り抜く―――が、ダッキングで回避され、相手の左拳がオレの脇腹に突き立てられた。
半歩後退りすると、直ぐに顔面に膝が飛んできてオレはそれをモロにくらい、後ろに倒れた。
はいー。元気なのは良いけど弱すぎ。……で、他の二人は?金はありますか?
二人とも首を振る。
いいよ。いいよ。怖がらなくていいよ。そうだなぁ……俺の言うことちゃーーんと聞いてくれたら、許してやるよ。とりあえず、そこのぶっ倒れてるヤツを起こしてあげな
二人は言う通りにして俺を引き起こした。
ここで、抵抗しても仕方ないんだろう。
よーし。じゃぁ、お前らコイツを殴れ
二人とも顔を見合わせて、明らかに動揺している。もう、声も出てない。
殴れないなら、あそこの二人とタイマンやってもらうけど?それでも、殴れないかなぁ?やれるよね?分かるよね?
最悪の選択肢だ……俺は殴られる覚悟を―――する前に、後輩の拳が顔面に入った。少し身体がグラついた所に、もう一人の拳が顔面に入りオレは倒れた。
コイツら…容赦ねぇな
ん?一発で終わるなよ。もっとやれよ。たーーくさん!殴って殴って、俺を満足させてください!お金がないお前たちは俺の言う事を聞くしかないの。そこに倒れてるヤツが本日の獲物さ。ほーーら。…なんて言うの?「狩」って言うの?
ほら、ほら!
狩をスタート!!!やっちゃえ!やっちゃえ!
……話が長ぇよ
俺は立ち上がり、金髪を睨み付けた。
後輩たちは未だに戸惑ってはいるが、攻撃してくるのは時間の問題で、仮に後輩たちを倒せたとしても、金髪に餃子耳にチョコボール……勝てるチャンスはなさそうだ。
だったら―――
オレは振り返り走った。
追い掛けろっ!
金髪の声が聞こえ、きっと全員追いかけてきている。
真っ暗な山の中、ライトで照らされている範囲から逃げれば、身を隠すチャンスもあるはず、そう思って後ろを振り返らずに走った。
息切れの事など考えず、ひたすらに走った。
草木をかき分け、ひたすらに走った。
…次の一歩を踏み出した時、足の裏に地面がない感覚と共に、脳内で直ぐに理解した。
『やっちまった』
………俺は地面のない所に踏み出し、次の瞬間、全身に様々な痛みが一斉に襲い掛かって―――そこで、意識を失った。
目を覚ますと、周囲は明るくなっていた。
見える範囲で周囲を確認すると、崖から落ちたようだ…そして、身体が自由に動かない。
ズキズキする腹部に目を向けると、鉄の棒が飛び出していた……貫通している……足も変な方向に曲がっているし、口の中も鉄の味がする。
…こんな状況で意識を取り戻すなんて、地獄でしかない…。
そう感じた時、どこから女性の声が聞こえた。
『私が治してやろうか?その代わり、お前は私を手放すな』
手放すな??
この女の声は何を意味しているのか…視線を右手に向けると、オレはガラス棒を握っていた。
水晶な
心の声が聞こえるのか変な指摘を受けたが、それを無視してこう思った。
……勝手にしてくれ……って。
その返事を聞き入れたのかは、分からないが、全身を、まばゆい光が包み込み、身体中が熱くなると、光は直ぐに消えて、気付けば身体から突き出していた鉄の棒が消え、足も正しい方向に向き直し、ボロボロだった服も綺麗になっている。
もう動けるだろ?
ゆっくりと身体を起こす。先ほどまであった身体の痛みが、まるでウソだったかのように消えている。
…これは、一体何なんだ?
簡単に言うと。魔法だな
…魔法…?
お前は「魔法使い」になったんだよ。
まぁ…私を手放さない限り…の、話だけどな。
これが、コイツとの出会いで、全ての始まりだった。