「風が臭う? 不穏の気配…!」


 それはある日の穏やかな昼下がり。
 やわらかな日差しが、緑の草野を明るく照らす。
 吹き抜ける風も心地のよいぬくもりをこの頬に伝えた。
 もう春が近いことを実感しながら、巨漢のクマ族がゴテゴテとした全身装備の身体で大きな伸びをする...!

ふあああっ...! 春だねぇっ、おかげで眠くて仕方ない。来たときは一面が雪景色でちょうど良かったってもんだが、こうなると暑くてかなわないよな、この無駄にゴチャついたパイロットスーツ! いっそ脱いで日干しにでもしてやろうか? 風呂に入る時以外は常に着けていろとは言われちゃいるが、誰も見てやしないんだし...!

 広大な軍の基地施設の外れも外れだ。
 おまけ人気のないあばら屋みたいなでかい建物をバックにひとりだからとのんびり好き勝手なことを言っていると、不意にこの背後から冷めた言葉が掛けられる。
 ちょっと意外そうに後ろを振り返ると、建物のすすけた壁に背中をつけて、そこから冷めた視線を向けてくるよく見知った影を見つけるどでかいクマだ。

阿呆(あほう)...! そいつを日がな一日身につけていることもおまえさんがたパイロットの仕事ってもんだろう。特にテストパイロット用にあつらえられたそいつはパイロットの情報を収集する大事な役目を果たすための計測装置がてんこ盛りなんだからな? 脱いだら脱いだでバレバレだろ、重大な任務規定違反、ここにそいつをきっちり証言するヤツもいるわけだしな

...あ、なんだいいたのかい、ブルースのおやっさん? こいつはとんだお目付役がいたもんだな! と言うかいいのかい、こんな使い古されたおんぼろの機体しか収まってないスクラップ場で油なんか売ってて? 基地でも随一、引く手もあまたの腕っこきのチーフメカニックさまがさ??

 悪びれるどころか逆にひとを揶揄までしてくれるのに、ずっと小柄で年のいった熟練の機械工のおやじはいよいよあきれ加減の目つきで毒づき返す。 

どあほう。そいつはお互いさまだろう! おまえさんベアランドだったか? 若いのに新鋭機のテストを任された期待の次期エースパイロットさまが、でかい図体してどうにもふぬけたありさまでいやがるよな。本国の上官どのが知ったらなんて嘆くやらだ

はっ! いやいや、さすがにそこまではわからないだろう? どうにもお客さん扱いで居心地が悪いんだよ。正直歓迎されてないんじゃないのかね? こっちのベテランのパイロットさんがた、俺とはまともに口も聞いてくれないし。それに肝心の新鋭機がいつまでたっても来やしないだろう? やることなさ過ぎて油も売りたくなるってもんさ。おっと、ヒマ過ぎて屁ぇこいちまった...ま、こんなスーツ着てるからろくに音もしやしないんだけど

だらしがねえな! 音はしただろう? まったくそんなでかいなりで、風に乗ってここまで臭いがきちまいそうだ...ん、確かにイヤな臭いがするのか、この風は?

 元からシワだらけの表情なのをしまいはハナをヒクつかせながらなおさら渋くする熟年のブルドックのおやじのそぶりに、若いクマの青年はのほほんと太平楽なさまで目を丸くする。

え、ウソだろ? こんな頑丈なスーツ着てるんだから、そんなに簡単に漏れるわけが...おやっさんさては犬族だからやたらにハナがいいんじゃないのかい? ん??

 また不意のタイミング、背後から別の気配がするのに怪訝な視線を向ける。
 するとそこにはこれまたよく見知った影があり、おまけにこれがひどい嗚咽を発しながら身体をくの字によじって身もだえするのには、なおのこと目を丸くするのだった。

おおえええええっ! くせえっ、くせえぞっ、たまらねえっ、てめえ屁をこきやがったのか! よりにもよってこのオレさまの風上で!? ええい気をつけやがれっ、この遠慮ってものをまるで知らねえデカブツクマ野郎が!! 次からは風下でやれよっ!!

いや、風上とか風下って、わざわざ意識したことないんだけど? てか、いたのか、やさぐれ一匹オオカミ! レアな種族でふつうの犬族よりもハナがいいとは聞くが、ほんとなんだな? というか、そんなにくさいか??

 生まれつき悪びれるといった神経が抜け落ちてるクマのパイロット候補生だ。
 じぶんとおなじ格好をしたこちらもまだ若いオオカミ族のパイロットにもてんで澄ましたさまでぬかすのに、こちらは激怒するオオカミが大口開けてつばを飛ばす。

くせえだろうがっ! 格別に!! て、おええええええっ!! てめえ、またこきやがったな!? よくも、とっとと風下に移りやがれ!!!

え、いやいや、やってないって! むしろ傷ついちゃうよ、いくらハナがいいからってたかがオナラの一発でそんなに苦しまれたらさ? 俺としてはむしろそっちにこそ問題があるような気がしてならないんだけど...

 困惑してもう一方の壮年のブルドック親父に向かうが、ブルドックはブルドックでこちらもあんまり芳しくはない顔つきで、どこか不信感のぬぐえないような物言いだ。

いや、臭いはするぞ。音はしなかったのにな? さてはおまえさん、気を抜きすぎてケツの穴が緩んじまってるんじゃねえのか? 若えのにしまりがねえったらありゃしねえ!

うっ、うそだろ失礼しちゃうな! そんなはずないって、あとお前ももだえすぎ!! やばい毒ガスでもあるまいにひとを何だと思っているんだよ? だったらほらっ、風下ってどっちだ? こっちか?? これでいいんだろう!

 スタスタとその場から大股で移動して背後からの風の影響が出ない位置関係に移ったはずが、もだえるオオカミは背後の雑木林を揺らす風が吹くたびに苦しげな嗚咽を発する。

おええええっ、おえええええええええっ! うぐ、苦しい、息がっ、まともにできやしねえっ!!

なんでだよ!!

 言われたとおりにしてやったのにそんなはずがないだろう!
 ちょっと憤慨してしまうのに、ブルドックのおやじが半ば驚愕したさまで声を震わせるのにもたまらず目をむくでっかいクマさんだ。

こいつは驚いたな、オオカミのハナってのはそんなにも敏感なのか! 道理で生まれつき集団行動には向いてないわけだ。あるいはそっちのクマ公の屁だか体臭だかがよっぽどえげつないってのか? おっかねえな!?

ありえないだろ!! こう言っちゃなんだが毎日風呂には入ってるよ! このサウナみたいなテスパスーツを着てるからある意味それだけが楽しみなんだ! こんな田舎の最前線でもなければ名誉毀損で訴えてやりたいぐらいだよ。これで無実が晴らせなければあとは風そのものが臭うってくらいしか言い訳が出来やしない!!

おえええっ、うおおおおえええええっ、て、ほんとに、てめえじゃねえってのか? だったらオレ様のこのハナ先に突き刺すみたいなえげつのねえ臭いはなんだってんだ??

はあっ...知らないよ。てか、お前もう口で息をしろ、めんどくさいから! わざわざ臭いを嗅ぐからだろ、あるいはもういっそ息を止めろ。あとできることならそのハナも取っちまえよ

できるか!! 死んじまうだろ、息を止めろだハナを取れだの、どんだけデリカシーがなければのたまえるんだよっ、ふざけやがってこのデカブツ屁っこきグマ!!

だからこいてないっての! いいやむしろこいてやりたいよ、こうなったら! ならおまえ、この先俺と相部屋にでもなったら覚悟はできているんだよな? 俺は遠慮はしないよ、いくらハナの効くオオカミがルームメイトだったとしてもだな。じぶんでも絶望するくらいに強烈なヤツをおまえのその鼻先に...

どあほうども。いい加減にしな! ふたりしかいないテストパイロット同士がそんなことでいがみ合ってどうするんだ。不甲斐ない。それよりも風が臭うってのは、あながちなくもないかも知れないだろう...?

???

 しかめ面(つら)の親父にどやされてふたりの若いテストパイロットたちはお互いの目を見合わせる。
 最後のは何やら意味深な言葉つきだが、言わんとするところがイマイチもってわからない。
 そんな心の内をすっかり見透かしたかのようなベテランメカニックは、なおのこと意味ありげな笑みをほっぺたの垂れた口の端に浮かべて言ってくれるのだ。

だからだ、臭っているのはまさしく風そのもので、おまけにそのニオイの元はよそにあるかも知れないって言っているんだよ...! そっちの雑木林の向こうは入り組んだ海岸線で、海の向こうはこことバチバチにやり合っている敵さんのがたの国だろう? これまで長らくのあいだ狭い海峡を互いに前線基地を構えてにらみ合ってきたんだが、今やあちらさんのは無人のゴーストベースとなっているって話だ。なんでだろうな?

 意外な方向に水を差し向けてくるブルドックに、でかいクマがでかい頭をはたとかしげさせて思案顔する。それで相変わらずのほほんとした言いようには、すぐそばからやっと息継ぎができるようになったらしいオオカミがすかさずに噛み付いた。

さあ? 無人の基地なら臭うものなんて何もないだろう? フィルディアとタンデルの国家間紛争って長いんだよな? ひょっとしたら俺たちが生まれる前からくらいにさ! つっても戦場はどっちもに属さないこの中立地帯で、そこらへんのレジスタンス勢力も入り交じっててんで終わりが見えないって話だけど? あれ、俺たちなにをしにここにいるんだろうな??

新鋭機のテストに決まってるじゃねえか! いい実験場を提供してもらっているんだよ、フィルディアは独立国家の王国とは言いながらもはやオレらルマニアの属国みたいなもんだろう? タンデルにしたって西の帝国の属州みたいなもんだってんだから、終わりなんて元からありゃしないんだよ。ま、おかげでオレらみたいなよそもんがでかいツラでパイロット然としていられるんだがな!

俺はしてないけど?

てめえは生まれつきにもうでかいんだろうが! だがなるほど、海風か...! そこの林は海からの潮風を防ぐための言うなれば防風林ってヤツなんだろう? 風にちょっとした臭いが混じっても元からの潮のニオイと林でそれとわからないわけだ! このオレさまくらいに飛び抜けて嗅覚が敏感でないことにはよ!! 海岸線の向こうは敵味方が入り乱れるもはや無法地帯の干渉地域...ははん、こいつは何かありそうだな?

 したり顔したオオカミにブルドックの親父さんは肩をすくめ加減にして引き受けておいて、しわくちゃな顔面の鼻先をクンクンとひくつかせたりもした。

ま、まるで雲をつかむような話だがな? ん、ニオイ、なくなったんじゃねえのか? 今のこれはただの潮風だろう。おかしなもんだな...

そうなのかい? 俺のハナじゃさっぱりわからないけど。だがここのアーマーのパイロットって、けっこう犬族が多いよな? 戦いに出て行って負傷してるのも犬族が多いような気がするけど...あと行方不明者とか??

けっ、犬族のパイロットなんてざらだろう! 国によっちゃ体力面で戦闘に秀でた犬族のヤツら以外は軍人になれないなんてとこもあるくらいだ! ま、どいつもこのオレにはかなわないがな!!

さっきまであんなに苦しみもだえていたのに、現金だな! 行き過ぎた自身過剰は戦場では命取りになりそうだけど、おまけにちょっとハナにつくんじゃないのか? ここの犬族のパイロットから煙たがられてるの、傍から見ても一目瞭然だろう? えっと、シー...シーソー、パワハラマウンドだったっけ、名前??

ぜんぜんちげーよ!! パワハラってなんだ!? それはむしろてめえだろう!!! ちっ...

 すぐそばでしゃがれた咳払いされて、大口開いた赤い舌先とキバをやむなく引っ込める灰色オオカミのテストパイロットどのだ。
 ひどいしかめ面のブルドックがどこか遠くに視線をやりながらに話を締めくくる。

んっ...! まあ、こんなとこでツノつき合わせていてもしょうがねえだろう? それよりもほれ、お呼びが来たぞ? おまえさんがたがいつまでも油売ってるから。えらい焦ってるやがるみたいだが...お、しかもありゃうちの愛弟子だな!

あ、チビだろ、あいつ? ほんとだ焦ってる! おーい、そんなに慌ててるとコケるぞ、チビー!!

相変わらずヒョロっちいな? マジでコケるんじゃねえのか?? なんであんなに焦ってるんだよ? おいおいっ...!

 ブルのおやじが気がついた時は豆粒みたいだったのが、今は誰だかそれとはっきり視認ができる。
 遠く本庁舎のある方面からこっち、おんぼろな建物の壁際を息急き切って駆けってくるのは、ふたりのパイロットたちよりもまだ若いような青年であり、見るからに細身で華奢な男子だった。
 熟年の機械工とおなじような全身が緑のオーバーオールの格好なのが、この基地内での役割や立ち位置ももはや明確だ。
 それが一気に三人の下まで駆けつけるとただちに直立不動の気をつけ!
 ビシッとしたきれいな敬礼をかましてくれる。
 まだちょっと息が上がったさまで、おまけ表情もかなりアップアップ気味で緊張した第一声を張り上げる若手の見習いメカニックくんだ。

はあっ、はあっ、はあっ…! こ、こんなところにいらしたのですか!? 基地中さがしてしまいましたっ、はあっ、ごっ、ご報告申し上げます! ベアランド准尉どのっ、本日12:00をもちまして、准尉どのに実戦配置ならびに戦闘待機命令が…あっ、いや! 戦闘準備の要請が本部より出されております! よってこれより速やかに隊舎に戻られまして、ただちに機体の確認、出撃の準備を整えられますよう、お願い申し上げます!! あとぶしつけながら、准尉どのの機体の整備はこの自分、アーガイル伍長めが一任されております! なにとぞよろしくお願いいたします!!

ははっ、そうかい? いや、命令なら命令でいいんだよ! そんな気を使ってくれなくともな? こっちじゃさんざんお客さん扱いされてきたんだから、望むところだ。あとおまえさんもそんな恐縮してくれなくたっていいんだぜ? お互いに一介のパイロットとメカニックじゃないか。コリンスの兄貴呼ばわりでぜんぜんかまわないよ、リドル! そうとも何を隠そう、俺たちおんなじ大型Ⅰ種のクマ族なんだからな♡

そそっ、そんな滅相もありません! 自分はただの見習いの身でありますから。それに見てくれもこのさまでありますから…准尉どのとはまるで…

 胸を張ったおおらかな巨漢のクマの物言いに、見るからに物怖じした虚弱グマが言葉を濁してしまいにはうつむき加減となる。最後のほうはまるで聞き取れなかったが、視線を落とした先から思いも寄らない人物に声を掛けられて思わずぎょっとなる青年機械工だ。

大型1種ってななんだ? まあ、確かにおんなじ大型のクマ族とは思えないくらいにガタイに差があるが、それでもリドルよ、おまえさん機械いじりとしての腕は悪くねえんだぜ。筋がいいのはこのオレのお墨付きよ! もっと胸を張りな。しょせんそこのデカブツと比較すること自体が間違っているんだ

おおっ、親方!? いらしたんですか? ちっちゃいからまるで気が付かなかった! まことに失礼しました!!

やかましい! 本当に失礼じゃねえか!! んなこた周りからチビ助呼ばわりされてるおめえから言われたくはねえっ、小せえのはこのブルドック族のさがであり誇りでもあるのよ! だったらおめえはもっと身体を鍛えてそこのデカぐまの半分でもボリュームをつけなっ、それで晴れて一人前よ!!

 すっかりご機嫌斜めの親方にあたふたする弟子のメカニックだが、それをすぐ真ん前のでかいクマのパイロットさまが明るく笑い飛ばしてくれる。
 おまけに太い腕を伸ばして問答無用で華奢な同族の細身を抱え上げていた。
 それはいわゆる愛情表現のハグなのらしいが、傍から見るにはまるで手加減のない絞め技にしか見えなかったりする。

あっはははははは! 半分だったらまだ半人前なんじゃないのかい? まあ確かにガリでチビではあるが、これはこれでかわいげがあるってもんだよ、うん! てかチビ、ちゃんと毎日メシ食ってるのか? モリモリ食ってバリバリ働かねえと将来立派なクマ族にはなれないって、子供の頃に言われてただろ! なあ、チビ~~~!!

ああっ、いやっ、イタタタタ! じゅ、じゅじゅっ、准尉どの、ちからが尋常じゃないでありますっ! 両足が地面からすっかり離れてっ…ぐっ、スーツの角が本気でめり込んでいるであります!! うひいいっ…

ちっ、おいやめな、でかグマ! おれっちのかわいい弟子が使い物にならなくなっちまうだろう? やいリドル、スパナもってねえのか? そいつでこいつの無駄にでかいオツムを一発どついてやれ!!

む、ムリであります!

 必死にもがく若手のメカニックに、それまで傍から冷めたまなざしで見ていたオオカミのパイロットもしょうもなさげにこの大口を開く。

まったくてめえの虚弱さも目に余るものがあるが、こんなデカブツ相手じゃまともでも手を焼くってもんだよな! おら、だったらオレに貸せよ、スパナ! オレが代わりに殴り倒してやるから!! でないとおまえ、死んじまうだろ?

も、持ってないであります!!

あっはは! いいんだよ、これで! クマ族ってのは元来みんなで群れてがっちりしたハグをするのが大好きな生き物なんだから♡ 他の種族からはわりかしイヤがられるけど、クマさん同士はこんなの当たり前の日常茶飯事なんだぜ? この俺もちっちゃいころはおやじやおじきからあばらが折れるくらいにきっついのを食らわされていたよ! みんなそうやって強くなっていくんだから、俺たち大型Ⅰ種のくまさんは♪

あっ、あばら!? ひえええっ!!

聞いたことありゃしねえよ! なにが大型1種のクマさんだっ、んなもんもはやただの虐待だろうが? だから話が進まねえからいい加減にやめやがれっ!! たくっ…んで、機体のチェックって、オレらのテスト機はもうこっちに届いたのか? 若いあんちゃんよ??

 怪訝な目つきでオオカミが見上げるに、今やグロッキー寸前の若者はヒイヒイ悲鳴を発しながらも懸命に返答をする。

て、テスト機っ、でありますか? いえっ、それはまだこちらにはっ…あ、ああっ! う、くく、で、ですからっ、既存の機体を専用に修理、もといっ、カスタマイズしたものをご用意して…あ!

カスタマイズ? ちっ…! まだ届いてねえのかよ? あのふざけたうすのろどもめ、本国のお偉いさんがたはこれだからっ…ん、あ! ってなんだ??

 舌打ち混じりの悪態を地べたに唾棄しておいて、また怪訝な視線を上げるとすぐ間近からこちらはひどく驚いたような視線ともろにかち合う。苦痛にゆがんだ表情が今やひどい驚愕に目を見開いたものらしいクマ族の青年は、裏返った声で恐縮することしきりだった。

あっ、あなたは、じゅ、准尉どの!? し、シーサー・ウルフハウンド准尉どのもこちらにおられたのですか!! これはっ、フツーに気がつきませんでした! 大変失礼しました!! それではウルフハウンド准尉どのにも以下同文で同様の命令が下されておりますので、よろしくお願いいたします! ぐっ、あ、あとついでにっ、准尉どのの機体もこのじぶんが整備を行わせていただきます!! あっ、ああああっ!?

今さら気づいたのかよ!? ああああっ、じゃねえ! やいてめえ、さっきから言葉を選んでいるようでその実、失礼きわまりねえだろうが? てめえが戦場で命を預けるって機体をついでで整備されたらたまったもんじゃありゃしねえ! その他にもツッコミどころが満載だったぞ!? だからやいこらっ、白目をむいてるんじゃねえよ!!

つうか、口から泡を吹いてるじゃねえか? こりゃ今からスパナやレンチやらを取りに行っても手遅れだな! おいオオカミ、おめえさん拳銃もってねえのか? いいからぶっ放しちまえ! このくそでかクマ公に!!

 わめくオオカミにより苦み走った表情のブルドックおやじまでが悪態つくが、クマとクマの危険なじゃれ合いになすすべもなく慄然となるばかりだ。 

あいにく持ってねえよ! あとこのふざけたクマ助も助けてやる気がしねえ!! よくもひとをみくびりやがってからに、扱いが露骨にぞんざいになってるじゃねえか? 敬意がみじんもありゃしねえっ、慇懃無礼てなこういうヤツのことを言うんだろうよ!!

わっはは! 無礼だなんてことはないよなぁ、チビぃ? 単純に人を見てるってだけのことだよな♡ そりゃこんな人相と口の悪いパワハラオオカミなんかより、この俺みたいな優しくてがっつり頼れる兄貴のほうがシッポを振っておいて損はないって、ほんとにただそれだけのことだもんな! 俺たち振れるようなシッポなんてありゃしないけど♪

 お気楽なトーンであっけらかんとぶっちゃけまくった発言するそれは野放図なクマ公である。
 心底げんなりしたよなブルの親方が心ここにあらずの変わり果てた弟子にため息ついて言った。

ふうっ…それはそれでよっぽどろくでもないだろう、おまえさんたちよ? おいどうした、リドル、成仏しちまったか?? まったく、今度からはちゃんとスパナのひとつも持ち歩いとけよ、機械をこよなく愛するガチのメカニックたる者…!

メカニックの必需品、ていうか、ただの護身用の鈍器だよな、それ? まったくもっていけ好かねえクマ公どもめ、だがこのオレさまの名前をきちんと把握していたってあたりは、それなり評価してやれるぜ? えっと、リドル、なんつったっけか?

 やがて渋々でコトの次第を了解したらしいオオカミの相づちに、昇天寸前の若手のメカニックは最後の力を振り絞ってかすれ加減の返事を返す。
 ただしこれには殺人ハグベアがただちにびくと反応していた…!

あ、ああっ、アーガイルで、じぶんはっ、リドルっ、アーガイル伍長であります! いえっ、こちらのコリンス・ベアランド准尉と同様に、シーサー・ウルフハウンド准尉どのはそのお名前がとても特徴的でありますので、これを一度耳にしたらよほどの単細胞でなければ忘れることはまずないものと思われますがっ…あ!

うっ…!

 ひどい怪力でじぶんのことをギリギリと締め付けていた怪物おおぐまの身体に、その時、何故かしら脱力したスキが生じていた…?
 すかさずに身をよじってこの両腕の束縛から抜け出す。
 地面に尻餅ついて青息吐息で天を見上げる若者だ。

ふうっ…たっ、助かった…! あれ??

 目の前で手をクロスして仁王立ちしたままの兄貴分(?)がなにやらひどく微妙な顔つきしてるのに不思議に思うが、その横でこれまたやけに白けたオオカミとブルのおやっさんの顔つきにも首を傾げさせる。

はあん、言われちまったな? よっぽどの単細胞なんだとよ! ならこのオレのこと、ついいましがたになんて言ってたっけ? おまえ??

ま、悪く思うなよ、なにぶんに根が正直なもんでな、おれっちの弟子は! いやはやどうして、マジでかわいいだろう? きつく抱きしめたくなるほどによ??

ううっ…!


 ビュルルッ…!

 バツが悪いままに立ち尽くすでかいクマの足下を、いやな風が吹き抜けていった。  

     ※次回に続く…!

風が臭う? 不穏の気配…!

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