「向こう岸へ渡りたい。」

好奇心とは危険。
「向こう岸へ渡りたい。」と彼女はつぶやいた。

ある名の無い小さい島に若い女の子が一人、外界へ
と続く、向こう岸を見つめている。
あの向こう岸は、どんな風であるかを思い浮かべながら。彼女の名前はマイ。マイの住む島とは、誰も知らない、名も無い小島。彼女には、母親も、父親もいない。白髪の老人に育てられた、女の子だから。
「マイ」とその老人に名付けられた、女の子は、明るく、穏やかな性格に育っていた。誰も知らない、穏やかな島でマイは何一つとして不自由のない、幸せな日々を暮らしていた。そんな幸せな日々の中で、ただ、好奇心だけが、どんどんマイの中で、大きく育っていった。

「島の外に出たい。」とマイは思った。

時折風が、向こう岸の花の種や紙くずをほこりと共に
名も知れぬ島に運んでくるのであった。
春風が吹く頃、島の草木に色とりどりの花を咲かせるのでした。マイはその花達に魅せられて、渡ってはいけない橋を渡って、向こう岸へと、たどり着いてしまった。そうして気が付いた頃には、辺りはすっかり薄暗くなっていた。ふと、振り向くと、先ほど渡った橋が消えて無くなっていた。

「どうしたら、また向こう岸に戻れるのだろうか。」とマイは泣きべそをかきながら、あちらこちらを戻るべき道を探したが、どうしても、見つからない様だった。とうとう、あきらめて、また日が昇るのを待とうと決心をした。ふと、近くに洞窟があるのに気づいた彼女は、日が昇るまでと思い、その洞窟の中へと入っていった。

洞窟の中、彼女は心地よさに誘われて、うとうとと、眠りについた。彼女は夢を見た。小さな赤ん坊が白髪の老人の腕の中で、泣いているのを。どうやらその背景は、今彼女自身が眠りについている、その洞窟の様だった。その白髪の老人は赤ん坊に向かって言ったのでした。「なんて、かわいそうな子なのだろう。」
「私は、そのかわいそうな子なのだろうか。」と彼女は思った。まらば、ここは彼女自身の両親の住む場所だと勝手に想像していた。そうして、彼女の中に勇気が湧き起こり、もっと先に進んで、町まで行こうと決心した。

朝になり、辺りも明るく、春の美しい花々を照らしていた。マイの気持ちも、はつらつとして、戻り橋を捜すのをやめて、町への道を探した。そうして、野原を抜けて、通りに出た。そこで、一匹の蛙が彼女の目の前に飛び出して来た。

ゲロゲロゲロ!!!

「ゲロゲロゲロ!」と何かを訴えている様だった。
マイには蛙の言葉は解らないはずなのに、彼女の心の中で「向こうへ行ってはいけない」と言っている様だと思った。マイはその蛙に向かって言うのでした、
「心配しないで、ちょっと町まで、出てみるだけだから。」と。そしてまた、彼女は町へと道を進んだのだけど、何処からかツバメが飛んできて、マイの道をさえぎるのでした。

「チッチッチッ!!!」

「チッチッチッ!」とマイにはツバメの言葉は解らないはずなのに、「戻りなさい!」と言っている様だった。彼女はツバメに向かって言ってみた、「邪魔しないで、町まで出てみるだけだから。」と。

彼女が町に着いた頃は、すでに夕方になっていた。
空は紅色に染まり、家々や店先に点々と明かりがともされ、今までにも見たことの無い美しい光景がマイの目の前に広がっていた。そこでは、母親に手を引かれた、幼い男の子がマイに気付いて、じっと彼女を見つめていた。その男の子の一言が彼女を一瞬にして、惨めな気持ちに変えた。 「変な女の子がいるよ、お母さん。」と。その男の子の母親は、彼女の存在に気付いて、あわてて、男の子の手をグイと引き、その子に言った、「あんまり見ちゃだめだよ、さあ。」と。
そうして、サッサとその場を立ち去って行った。
マイは下を見つめて、涙を浮かべていた。

「私は、ここには、居られない。」とマイはつぶやいた。まさに、その時、空が突然に白い雲に覆われ、白い雪が降ってきた。春なのに、その雪はどんどん積もり出した。風がうなり声を上げて、その中に老人の声が混じって聞こえてきた。 「マイよ、その町には、お前の悲しみしか存在しないのだよ。速く、戻り橋へ行きなさい。」と。
ふと、顔を上げると、あの戻り橋が雪の中に見えていた。マイは夢中になって、橋の方へ走って行った。
と、その時、雪の玉がマイへと投げられた。その雪玉が彼女に当たり、マイは後ろを振り向いた。
そこには、さっきの男の子が笑いながら逃げて行くのが目に映った。また前を見ると、戻り橋の姿がどんどん雪の中で、かすんで消えて行く様だった。そして、ついには、まったく見えなくなった。
それでも、彼女は寒さに耐えながら、その方向へと走っていた。疲れ果てた彼女はそこで丸くなり、眠りについた。

翌朝、彼女は二度と起きることもなく、名も知れない女の子が子猫の様に丸くなって、町の真ん中で横たわっていた。よく見ると、少し奇形な猫背の女の子がそこに横たわっていた。

 いいえ、彼女は死んだのではなく、その魂は戻り橋を無事に渡り、名も知れない小島にたどり着いたのでした。向こう岸の、名も知れない小島とは、魂の住む島。その島の住民とは、ただ一人の仙人がそこで平和に暮らしている島なのでした。

だから、聞こえてくるマイの軽やかな笑い声が。
風の舞と共に。

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