神に選ばれたのだと、人は言う。

シオン

だからさー、スミレ。俺達は前世でも恋人同士だったんだって


カウンターに腕を載せてペラペラ喋るシオンに、私は一言、

スミレ

邪魔


冷たく告げた。

シオン

ちょっ、それが客に対する態度かよ!

スミレ

あなた、何も買ったことないし、これからも買うつもりはないんでしょう?客じゃないわよ


リボンやらレースやらが所狭しと並んでいるこの手芸屋で、男性のシオンに買うものはないだろうか。

シオン

スミレに会いに来てやってるんじゃないか

スミレ

頼んでないし。他のお客様のご迷惑になるだけなのでお引き取りください

シオン

ほかの客がどこにいるんだよ

スミレ

うっ……


シオンの発言に言葉に詰まる。確かに今ほかの客はいないし、なんだったら朝からシオンしか来てないけど。

シオン

大通りの新しい総合雑貨屋が出来てから、客が大幅に減ったんだろ?

スミレ

そうだけど……

シオン

無理すんなって。な?俺と結婚しようぜ。そしたら、こんな手芸屋を無理して続けることは無い

スミレ

祖母の代から続いているこの雑貨屋をやめるつもりはありません


確かに客が減って苦しいけど。

シオン

じゃあ、店続けてていいから結婚しようぜ? 俺と結婚したら楽になるぜ、なんたって俺は


からん、
ドアにつけた鈴がなり

スミレ

いらっしゃいませ


咄嗟に私は声をかけた。
話を遮られたシオンは不愉快そうな顔をしているが、私としては一安心だ。これ以上、こいつの話に付き合いたくない。

スミレ

ほら、お客様来たから帰ってよ


小声でそういうと、ちぇっと一つ舌打ちして、それでも素直にシオンは店をあとにした。こういう聞き分けのいいところは嫌いじゃない。

今の、神の子の……?


レースの束を持ってレジにやってきた、昔馴染みのお客様に尋ねられる。

スミレ

ええ……


少し苦い気持ちでそれにこたえ、

スミレ

何センチですか?


笑顔でレースの長さを問う。

どうしようかしら。娘のワンピースの裾につけるつもりなんだけど


そんな会話をしながら、包装と会計を済ませる。シオンの話から逸らすことが出来て安心していると、

で、恋人なの?

蒸し返された。

スミレ

めんどくさい

スミレ

違いますよ

そうなの? もったいない。向こうはスミレちゃんのこと好きなんでしょ? 付き合っちゃいなさいよ。せっかくの特権階級なんだから

スミレ

そうですね……

私はなんて言えばいいかわからず、曖昧に笑う。

 私の考えは理解してもらえないだろう。

 シオンは選ばれし者だ。神の子だ。

 だから、嫌なのだ。


世の中に前世の記憶を持って生まれる者がいる。シオンもそうだ。

シオンは私とシオンは前世でも恋人だったという。前世では、はやくに死に別れたから現世では幸せになりたいという。ずっと私を探していたのだと。

嘘か本当か、確かめる術はない。でも、みんな真実だと思っているだろう。

前世の記憶を持っているものは、神に選ばれた者。神の子。
神に愛されたから、その魂は再び現世に戻ってきたのだ。
テンセイの才。人はそれをそう呼ぶ。

生まれ変わる、転生の才能を、生まれた時から天性の才能として持っているから。
それはこの国では絶対的な事実。シオンたちは特権階級。
ろくな仕事をしていないシオンでもその生活が保証されている。神に関する祭り事に出さえすれば良いのだ。


それと、前世の自分の財産を受け取れるらしい。そこの手続きの詳しいところは対象者しか知らないから私にはわからないのだが……。事実シオンは、前世で住んでいたという豪邸に住んでいる。

スミレ

バカバカしい

小さく呟く。
こんなこと他人に聞かれたら不敬罪になるかもしれないが、それでもバカバカしい。

私を前世で恋人だったというシオンを、
私は嘘つきだと思っている。

シオン

スミレー!


翌日、店を開けようと出勤したら、シオンが入口に座り笑顔で手を振ってきた。

スミレ

……何してるの?

シオン

待ってた


いい笑顔で言われても困る。

スミレ

仕事の邪魔です

シオン

客が来るまで! いいでしょ?

スミレ

来ないと思ってる? 仮にお客様がいらっしゃらなくても仕事はたくさんあるの


在庫の整理もしなきゃいけないし、掃除もあるし、発注も。売り上げの低下を防ぐためにセールかなにかをやった方がいいかもしれない。

シオン

えー

シオンが唇をとがらせる。

スミレ

ああ、鬱陶しい

スミレ

なら、お店が終わったら会いましょう?


私の言葉にシオンは目を輝かせた。

シオン

え、マジで?!

スミレ

ええ。あなたの家に行ってもいい?

シオン

もちろん!

シオンの尋常じゃない喜び方に薄く笑う。
もう、我慢の限界なのだ。

仕事を終えて、シオンの家に向かう。

思っていたよりも片付いている

シオン

いらっしゃい


シオンが笑う。

スミレ

お邪魔します

シオン

座って座って


目に見えてはしゃいでいる。

シオン

お茶でいい? 待って、いま準備を……


ガチャガチャとやや不穏な音がキッチンからする。

スミレ

お構いなく。お手伝いさんとかは?

シオン

帰したー。せっかくスミレが来てくれるんだからふたりきりになりたいじゃん

シオンが照れたように笑う。

スミレ

でしょうね


私はひとつ、息を吐いた。
シオンの入れたお茶に口はつけずに、たわいもない話をする。

シオン

お茶、飲まないの?

スミレ

今は大丈夫、ありがとう

シオン

そっか……


シオンは落胆したような顔をする。一瞬、ほだされそうになるが耐える。
彼のいれたお茶など、飲んではいけない。

スミレ

広いお家ねー。前世のあなたのもちものだっけ?

シオン

ねぇ、懐かしく感じたりしない? スミレ、前世でこの家に来たことあるんだよ?

スミレ

そうなの?

シオン

覚えてないのかー


残念そうにシオンが言う。でもどこか嬉しそうに、勝ち誇ったように。
前世のことを覚えている、自分は選ばれしものだという自慢だろう。

スミレ

2階と……地下もある?

シオン

よくわかったね

スミレ

来た時に階段が見えたから。地下には何が?

シオン

ただの物置だよー。あ、ワインはあるけど。気になるの?

スミレ

地下室がある家って初めてだから


言うとシオンは誇らしげに笑う。

スミレ

見たい

シオン

え?

スミレ

ダメなの……?


わざと控えめに問いかけると、シオンはちょっと迷ってから、

シオン

特別だぞ

悪戯っぽく笑った。


シオンに先導されて地下室に降りていく。
湿っぽい、澱んだ空気。
ここにワインを置いているのだとしたら、いい趣味だ。

スミレ

暗いのね


言って先を歩くシオンの右腕をつかむ。

シオン

スミレ?

スミレ

あ、ごめんなさい。ダメだった?


慌てて手を離そうとすると、

シオン

ぜんぜん!


言って手を繋がれた。

シオン

どうしたの、スミレ。積極的じゃん


耳元で囁かれる。どこか下卑た笑い方。
単純な人。

スミレ

自分に素直になることにしたの

そう、素直に。

地下に降りると、確かに物置になっているようだった。色々な箱が置かれてる。

シオン

向こうの、部屋がね


シオンがさらに奥の部屋に行こうとするのを、

スミレ

シオン……


腕をひいて引き止める。

シオン

スミレ?


上目遣いでしばらく黙って見つめると、カレはフッと笑い、

シオン

目、閉じて

柔らかく私に口付けし、腕を回して抱きしめる。

その動きを利用して、私は隠し持っていたナイフを彼の腹に突き刺した。

捻る。

シオン

なっ


驚き目を見開くシオンに突き飛ばされる。

シオン

スミレっ……

スミレ

ふはははは


慌てる彼に、惨めな彼に、笑いが止まらない。

シオン

なにっ、をっ


彼はよろけて倒れ込む。

スミレ

刃には毒が塗ってあるからね

シオン

なっ……

スミレ

前世のあなたが使った痺れ薬なんかじゃない、死に至る毒よ。すぐ死なないように量は調整してあるから安心して


信じられない、とでも言いたげな顔でシオンがこちらを見る。

シオン

きみ……は……

スミレ

ねぇ、


私は惨めに床に倒れ込むシオンの前にしゃがみこむ。

スミレ

自分だけが特別だって、どうして思ったの?


私にだって、前世の記憶はあった。

スミレ

貴方になぶられ、殺されたこと、よく覚えているわ。愛した人を殺したがるなんて、はた迷惑な性癖ね


確かに前世の私はシオンと恋人だった。
とはいえ、それはそんなに長い期間ではない。付き合い始めて一ヵ月後に、私は彼に殺されたからだ。

スミレ

そのドアの


 奥のドアを指差す。

スミレ

あそこの部屋で、あなたは愛した女たちを監禁して、好き放題痛めつけて、殺した


 私もその一人だ。
 シオンが真っ青な顔をしている。毒のせいか、私の言葉のせいか、あるいはその両方か。

スミレ

ねぇ、私がどんな思いで死んでいったか分かる? どんなにあなたを恨んでいるか


 わかるわけないだろう。わかっていたら、現世でも私に近づいてこようとするわけがない。
 たとえ、私に前世の記憶があると知らなくても。

スミレ

私が神の子だと名乗りでなかったのはね、怖かったからよ。前世の死に際を思い出すのが怖かったから。なのに、あなたはのうのうと名乗り出て、こうしてまた同じ屋敷に住んでいて、同じ事をしようとしている

 地下室の隅に転がっている、女物の衣服を見ながら呟く。ずいぶんと新しい。私の前にも誰かいたのだろう。
 私から狙ってくれたら話ははやかったのに……。少し申し訳なさを感じて、一瞬瞳を閉じる。

スミレ

あなたの顔を見た時、私がどれだけ驚いて、おびえたかわかる? しかも、前世では恋人だなんて声をかけてきて


シオン

……おれ、は


 シオンが何か言いかけるのを、蹴って黙らせる。

シオン

ぐっ


スミレ

でも、すぐに考えを改めた。あなたがそのつもりなら、今度は私が返り討ちにしてやればいいんだって。前世の私の敵を討ってあげよう、って


 神の子だと名乗っていなくてよかったと、本当に思った。

スミレ

ねぇ、シオン。神の子って何かしらね

 実際に前世の記憶を持って生まれるものがいることを知っている。転生したものがいることを知っている。
 

だとしても、それは神の仕業?

スミレ

前世で私を殺したあなたが、神に選ばれたわけないでしょう?


前世の記憶を持つものが、神に選ばれたなど嘘だ。そんなのただの偶然だ。
そういう人も、いるというだけ。
何代前の記憶まで人は保持できるのだろう。試したことはないからわからない。

スミレ

もしもあなたが……今世のことや、前世のことをまだ覚えたまま転生したとしたら、その時は


足元で横たわるシオンに微笑みかける。

スミレ

来世でまた、殺し合いましょう?


もしも来世までこの記憶が残るというのなら、私はちゃんと責任をとるから。血塗られたこの手と、人を殺した記憶を抱えて来世まで生きるから。

スミレ

どちらにしろ、私達は神になんて選ばれていない。選んだのはきっと

スミレ

悪魔よ

 警察は神の子の一人であるシオン・フォスター氏が殺害されたと報じた。

犯人は、シオン氏の知人の女。シオン氏に前世で殺され、現世でも殺されそうになったために身を守るために殺したと供述している。
 犯人の女は、神の子の資格を有していないため、そこの調査から必要になる。

 女はシオン氏が他にも女性を殺していると供述しているが、そのような証拠はなく、警察は精神鑑定も予定しているという。

テンセイの才

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