五日町環は車を運転していた。
数日前まで巻いていた包帯はもう解いている。

夜暮

ねえ「環さん」


助手席から声が飛ぶ。

五日町は、傍からは判別できない程度に小さく眉根を寄せた。

何だ?

彼女は「警部」だ。


といっても、経歴と所属はかなり変わっている。

それは、彼女の若すぎる年齢、先日殉職した部下の一人が「潜入捜査官」であったことからも察せられるだろう。

まあ階級相当の権限と待遇は与えられているから、警部で問題はないのだが。



彼女の部下には、普通の人が配属されることは、まずない。


墨野もそうだったし、もちろん、目の前の無害そうな顔で笑ってみせるこの男も同じだ。

夜暮

数奇さんって家族いるんですか?
ペットは?
今度家に遊びに行ってみたいです

……

それを聞いてどうする。
答えないぞ

夜暮

ちぇー、つれないなあ


五日町と夜暮は、パトロールしながら、この手の問答をしばらく繰り返している。

   調査書   

No.56 夜暮

面白いものを目の前にすると、ブレーキが利かなくなる。



面白い謎。面白い物。面白い人。
「面白い」と認定する、その基準は不明だ。


ただ、調査対象は「とても面白い」と認定したものを、手に入れたがる傾向がある。


警察官を目指したきっかけは、「事件の真相を手に入れたいため」。通常はその性質は事件解決のためにエネルギーが向けられる。

だが、手に入らないものを、手に入れたいと強く思ってしまったら?


彼は実際、手段を選ばずに手中に収めようとしたことがある。



……

今現在対象の監視にあたっているIは、対象にとってかなり上位の「面白いもの」であった。


彼が君の手に負えなくなったとき、我々は彼を排除せざるを得ない。宜しく頼むよ、五日町警部

記憶媒体のように正確で膨大な五日町の脳に立ち上がってくるのは、夜暮を彼女のもとに配属させた上司の声だ。

つまり危険分子を見張れということだ

自分では途中で止(や)められない、踏みとどまる気もない夜暮を、止(と)めるのが五日町の役目だ。

つまりは、そういうことなのだろう。




五日町になら、それができる。


そこまでが、よく知られていることだった。









だが、

まあ、完璧な君ならできるだろう

君を理想の警察官として見習わせてやってくれ




自分が完璧? 理想の警察官?




……とんでもない誤解だ

普通でない部下を扱える者が、
普通の者であるはずがあるものか。

五日町にはその自覚……異常者の自覚があった。

……誰も知らなくて良いことだ


それに気づいたのは、赤信号で停車したときだった。

お前、メモを取るとき、最初に必ずそのマークをつけるのか

夜暮

ああ、これ、特に意味はないですよ。昔は『メモ』ってちゃんと書いてたんですけどめんどくさくなって。
『メ』だとバツ印と間違えるから『モ』だけ書いてたんですよ。
上が出るように書く方が楽ですから

Double Meaning

ここでその嘘は感心しないな

信号が切り替わる。五日町はゆっくりとアクセルを踏み次第に速度を上げた。

夜暮

誰にも言いません? ……僕、カグヤキさんのファンなんですよ

……それ、他の奴には言うなよ

夜暮

言うわけないじゃないですか♪

あ、でも、昔は毎日新聞の一面に居るってくらい人気者でしたし、女子にも人気だし。
今でもそこそこじゃないですか?
話のネタにするくらいなら――

その結果負う結果については保証しない

夜暮

ジョーダンですって

‡2.5 途中で中途で止められない ーⅰ

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