昔、昔――



卑怯な悪代官と、
それに仕える冷酷な従者がいました

常世者が和国を襲い始めたころ、

彼らは卑怯な心と、冷酷な心を、
神の遣いに奪われ

代わりに、
常世者を倒す使命と
力を与えられました。

彼らは、自らの行いを
悔い改める心さえ、
奪われていましたが、

常世者を倒すことで、
彼らの行動は称賛されました

教訓めいた、説法めいた昔話――

けれど、私はこれを、知っている

これは、私が見てきた彼らのこと、

――思えば、彼らの始まりは
妙な出会いであった

それは、丑三つ刻
人売りの会場

――彼の住まう屋敷でのこと

父上、こういうの、
面倒臭いと思いませんか?

帰るな

全力で自室に帰りたい

元々人売りの家系だと言うに、
人を買っていないのは
好く思われないだろう?

そういう面倒なしきたり、
なくなってしまえばいいのに

従者とか必要ないんですよね

捨てるからか?

御明察で

捨てたら、また買えばいい

お金無駄じゃないですか、やだなぁ

金なら腐る程あるのにな

あ!噂をすれば、今日の華!
檻田家の御令息ではありませんか!!

やあ、ありがとう!!

今日は、とても楽しみなんだ!!

まだ会場を
見られていないご様子で?

もう、見飽きてしまった!
目星はつけてあるから
順番待ち!

饒舌だとボロが出るぞ?

そうですね、
順番待ちとかないですし☆

貴方が思っているより、
人の売買なんて
悲惨な会場ですよ?

塵屑に
沢山の蛆虫が
群がってる様です☆

分かってるなら、
僕を蛆虫に仕立て上げないで
くれないかい?

あちらですー☆

ちょ、ちょっと腕引っ張らないで下さい…!

あの子が、欲しい

それは、いくらだ

私なら、もっと出そうか

これ、見たことある

お前が言ってたの、仕入れたんだよ

嗚呼、あれか

列も成さずに、蠢く人々は
確かに虫のように集っている

無数の手、張り上げる声、光る眼

そのひとつ、ひとつに、
生々しい人間らしさがある

そして、笑い声や怒声を掻き分けて聞こえる
――小さなささめき

何と表現すればいいのやら…

消耗品に競りとか
馬鹿みたいですね

貴方、蛆虫より外道なんですね…?

申し訳ないが、良く分かりません

それで、
目星はついているのでしょう?
選んでください☆

よくもまあ、しゃあしゃあと

―――――

―――――

―――――

お通夜会場みたいになってて、
凄く胸糞悪いから帰りましょうよ、父上

適当に一人選べば終わるぞ?

すぐ殺処分ですけどいいですか?
後片付けするの父上ですからね?

誰がするか

下品な笑い声とは違う、
何処か、人を見降ろした声

―――?

自らと似たような客人でもいるのか、
と、少年は、声を探す

――。

そこにいたのは、札の付いた少年

自分の様子など露知らず、
周りの様子を、薄ら笑みで見下ろしている

―――何、あいつ

どうした?

――ねぇ、
何であんなのが生きてるんですか

あんなの?

すっごく僕らを――

馬鹿にした目をしている

ねぇ、父上

どうした

あいつ、捨てたいです

買わないと捨てられないが

だから、買わせて下さい

蛆虫になるのか?

いいえ、それを凌駕すればいい

――これに、
敵う奴は?

ほら、父上
圧倒しました

競りはしてないですよ

勝手にしろ

今になっては、終わった話だが、
実は、彼は、「売り者」ではなかった

依頼を受けた暗殺者の類だったが、
あれだけ目立ってしまっては、元も子もない

依頼人も依頼人で、額に目が眩み、
喜んで、彼を「売り者」として差し出したのだ

これから、
宜しくお願いしますね♪

心にもない事を仰る方ですね

これから、
宜しくお願いしますね♪

理解に苦しみますね

どうせ貴方は、
俺が泣いて足掻いて救いの手を
求めることを望んでいるとは思いますが

俺は感情が薄いので、
そんな事にはならないかと

だから、僕は君を捨てたいんだ

嗚呼、君に名前をあげよう
憂いが、繰り返し起こる

――憂叉、なんてどうだい?

憂叉

どうでもいいですね

それから幾年か、
少年は町の役人として成果を上げ、
代官へと成り上がった

救って、落とす

それを趣向としていた彼は、
「救う」だけが目立ち、

困っているものを助ける
優しき代官として名を上げていた矢先――

常世者が、和国に降りてきたのだ

誰が常世者を怒らせたのか、
それは分からない。


しかし、常世者に
この国の神は食われた。

森は枯れ、水は干からびた

作物が一切育たない環境へと
変わってしまった

どうか、お助け下さい…!
一銭でもいいのです…!!

憂叉

お引き取り願えますか
主は忙しいので

それでも!!

憂叉

だからどうと言うのですか

どうした、憂叉?

!!!

檻田様!!

憂叉

彼が、帰ろうとしないのです。

檻田様!!
檻田様…!!

悪いけどさ
僕は助けるのが、趣味じゃない。

!?

人を一回助けて、
捨てるのが趣味なんだ

そんな、助けて下さい!!このままでは!!
このままでは…!

憂叉、これ、どうにかして

憂叉

貴方のどうにかして、
は度が過ぎます

憂叉

――貴方、

は……は、はい……。

憂叉

この御方は、外道なので、
もう近寄らない方が良いかと

憂叉

俺も人を手にかけるのは、
嫌いではないのです

お、恩に着ます…!!

あれ、
僕のどうにかして、
……の意味、忘れたの?

憂叉

たまには忘れることもあります

一回、彼に救われた者は
ここぞとばかりに、彼に頼った

しかし、その者たちを嘲笑い
全て見捨てた

そんな事をして、
彼らに悪評がついた頃だった

犍陀多

――お前らなら、いっか。

憂叉

何がですか

天才な御代官様だけど、
何か用?

犍陀多

悪代官殿、常世王を殺さねぇか?

憂叉、通訳

憂叉

彼は、
「私は頭が可笑しい人です。」
と言っております。

良く分かったよ
出ていけ

犍陀多

待て
これは命令だ

僕に命令? 随分な御身分だね?
御身分というより、ゴミそのもの?

犍陀多

そこは、否定しねぇ

憂叉

――その常世王とは、つまり、妖怪の類ですか。

犍陀多

知っているのか?

神が食われた事は、
庶民でも知ってるよ

犍陀多

助けようとは思わないのか?

馬鹿?

犍陀多

は?

敵わないものに
立ち向かおうとして、
死ぬなんて無様な事、
誰がしたいって思うのかい?

犍陀多

倒せる程の力を
授けると言ったら?

ああ、そういう宗教の方か

犍陀多

お前らの少しの感情と、
記憶を代償に、俺が力を貸してやる。

そんな大それた感情を
持ち合わせていないよ

帰って帰って

犍陀多

だからだ。

犍陀多

聖人君主の感情を
奪うより、

最低最悪な奴の
感情奪う方が
世間の為ってもんだ

言うねぇ?

それで君は、これで見てたの?

犍陀多

まあな

犍陀多

他の候補にも見張り番いたが、
お前らが一番性格良かったもんで

犍陀多

帰蝶、お前も手伝えって話が来てる

――嫌です

こんな英雄の手助けなんて

憂叉

!?

……蝶が、人に…?

犍陀多

悪党でも、反応は凡人なんだな…

犍陀多

全部の事情分かる奴いねぇと
俺の精神が持たねぇから、
付き合ってくれ

そうですね

貴方と、
御上の頼みとあらば

犍陀多

お前だけが、頼りだ

英雄としての力を持つ
彼らにとって

常世者など
取るに足らない存在だった

まるで、侵略者のように
城へ、城へ、と近づく

――これで、
城以外のものは、いなくなったね

憂叉

そうですね。

憂叉

貴方が善行をしているとは
奇妙なことになると思っていたのですが

変わらないね。

憂叉

いえ、これほど奇妙なものとは
……と思っています

憂叉

救うことも、捨てることもしない様が
まるで奴隷のようですが

檻田

そういう感情、全部盗られたからね

檻田

人を救うことも、捨てることも、
本当にどうだって良い

ただ、王を倒すことだけが快楽にされてる

檻田

これもこれで悪くないけどね

憂叉

悪くない、という頭が悪いかと

憂叉

貴方の考えの根本が抜かれており、
貴方といることが不快です

檻田

それって僕に関係あることじゃないから

憂叉

他人を見ることだけが
取り柄の自己勝手が、
本当にただの自分勝手になりましたね

おめでとうございます

憂叉

と、かく言う俺も
何を殺しても、何も感じなくなり、
苛立ってますがね。

犍陀多

――王達、今頃、何してんだろうな

貴方が望むなら、英雄、殺しましょうか?

犍陀多

そんなことしたら、
地獄行きだろ?

犍陀多

今回は、
端っから捨ててんだよ!!

人生ってやつを!!

それからの記憶はひどく曖昧

おそらく、その戦いで
私は消えてしまったから

その時は、酷い雹の降る日だった

一瞬、頭で何かが過る



けれど、私は、
昔話に綴られた続きを読む

英雄は常世王を倒したものの、

食われた神は、
その腹にはありませんでした

そこで、彼らと共に戦い抜いた


神の遣いを
死後の世界から連れ戻し――

和国の神として
まつるようになりました

それが桜花の神

――春日神、でございます

悪が善になる、ありふれた昔話(2/20加筆)

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