「ふたつの魂」

ふたつの魂がこの世で最初に出会った時、一方は鹿でもう一方は蝶でした。

二匹は体の大きさは全然違っていたけれども、助け合って生きていました。

鹿さん、疲れたからちょっと背で休ませて

鹿

いいよ。元気になったらまた君のきれいな羽で舞ってみせておくれ。

鹿は蝶が休むために背中を貸し、蝶は鹿の生きる苦しみを吸い取るように、美しく舞いました。




ある年の秋が過ぎ冬が来て、二匹は静かに死を迎えました。






死んだ後、ふたつの魂は「魂の秘密」のようなものを悟りました。

蝶の魂

私たちは助け合って生きていたけれども、本当は根っこで一つにつながっていたんだね

鹿の魂

本当だね。助け合って生きていた時よりも、今はやすらぎに満ちていて、穏やかな気持ちでいるよ

鹿の魂が答えました。そして、決心したようにこう告げました。

鹿の魂

私は、もう一度身体のある存在に生まれ変わって、きみと愛し合いたい。愛って何だろう?それはほんとうはどんなものなのか、別の姿になって確かめたいんだ。

そこで二つの魂は神様にお願いしました。

「私たちが別の姿で生まれ変わって、
もう一度出会えますように」

神様

よろしい。その願い、聞き届けよう。

蝶の魂は、森の中の一本の木に生まれ変わりました。

細い幹からどんどん枝を伸ばして、大きな木に成長しました。

その大きな木陰を慕って、たくさんの動物たちが棲みつきました。

鹿の魂は、そこに巣を作って暮らす蜂に生まれ変わりました。

やあ、また会えたね。

大きな木

私を見つけてくれて、ありがとう。




ある夏の日、突然嵐が森を襲って、動物たちは大きな木の下に逃げ込みました。






雨が強くなると、遠くで雷が鳴り出し、その音は次第に森に近づいてきました。




突然周囲が明るくなったかと思うと、大きな音とともに稲妻が落ち、木の幹に火がつきました。







「あぶない、みんな逃げるんだ」





見る見るうちに、木は炎に包まれました。




木が死んでから、次の肉体に生まれ変わるまでにどれほどの月日を要したでしょう。




あまりのことに、その傷を癒すのには気の遠くなるような時間がかかったのです。


神様

そろそろ、生まれ変わりをしてみてはどうかね?

神様に促されて、やっとの思いで木はまた生まれ変わりを遂げました。

その魂を守ってくれる、優しそうな母親が見つかったのです。

次に生まれた時は人間でした。

木の魂は人間の男の子として生まれたけれども、幼いころから怖がりで、周囲の人を心配させました。

男の子

お母さん、ぼくが眠るまでここにいて

男の子

おばあちゃん、トイレに行くから一緒にいて

祖母

男の子なのにしょうがないわね

祖母からはいつもそう言われました。

ある日、男の子が通っている小学校から、母親に電話がありました。

先生

放課後に雷が鳴って、そのあとパニックがおさまらないので、申し訳ありませんがお母様が迎えに来ていただけますか?

母親

はい、いま行きます。




帰りの車の中で、男の子が母親に言いました。

男の子

ぼくは怖がりだけど、雷が一番怖いんだ。
どうしてだか、頭の中で
『あぶない、みんな逃げるんだ』
っていう声がするけれど、
ぼくの逃げ場はどこにもない、
っていう気がする





木の魂の記憶が、男の子に警告を与えているのでした。


母親

そうだったの。よく教えてくれたね。雷が鳴っても、お母さんが必ず迎えに行くからね。






男の子にはもう一つ、人に言えない秘密がありました。

とくに「男の子」にこだわる祖母の前では絶対に告白できませんでした。

高校生になり、祖母が死んだ時、男の子は母親にその秘密を告げました。

男の子

ぼくは男の子が好きだ








彼に初めて両思いの人ができたのは、それから十年が過ぎてからでした。

二人はパートナーとなり、生涯一緒に生きていくと約束しました。

青年

不思議な事なんだけど、初めて会った時から僕は君に初めて会ったような気がしないんだ

パートナー

そうだよ。君は僕と一緒に生きていた前世があるんだ。

青年

前世?



パートナー

君の大きな木陰にたくさんの動物が棲んでいた。僕はそこに巣を作る蜂だった。


パートナー

その前は、君は僕の背で休むきれいな蝶だった。

パートナーの魂は、木の魂が傷を癒している間にも何度も生まれ変わりを繰り返し、魂として進化をし続けてきたのです。




「やっと会えたね。」



二人は生涯助け合って暮らし、死んだ後もう生まれ変わる事はありませんでした。



ふたつの魂

facebook twitter
pagetop