それじゃ、いくよ

ひかり

せーのっ!

空子

つかさちゃん! お誕生日おめでとうございます!

事務所に、アイドルたちのにぎやかな『おめでとう』の声が、一斉に響き渡る。

1月10日。

今日は、つかさの誕生日だ。

つかさ

みなさん、ありがとうございます! わたくしとっても幸せです……!

つかさは目をきらきらと輝かせている。

プロデューサー

はは、良かった……

留奈

全然良くないわよ、プロデューサー


すかさず留奈の厳しいツッコミが入ってしまった。

留奈

こんな間に合わせのお祝いしかできないなんて

ひかり

そーだよプロさん! せっかくお誕生日なのに、プレゼントの用意もできてないとか……悔しいよ

おなぐさみのお茶くらいしかだせません


留奈たちの言葉が、次々と胸に突き刺さる。

そう。今日はつかさの誕生日。なのだが。

ここのところアイドルたちの仕事が増えてきて、バタバタと忙しい日々だった。

全員が休みなく仕事詰めで、日にち感覚がすっかりなくなってしまっていたのだ。

そうして収録やレッスンといったそれぞれの予定を終えたアイドルたちが、事務所に偶然全員そろった夕方。

明日の確認をしておこうとスケジュールアプリを立ち上げてから――ようやく気付いて。

プロデューサー

今日は1月10日かぁ……あれっ……1月10日?

プロデューサー

つ、つかさ!

つかさ

はい?

プロデューサー

今日はつかさの誕生日だ!


と、声をかけた時に目を丸くしていたから、どうやらつかさ本人も忘れていたとみえる。

で、それを聞いたアイドルたちは阿鼻叫喚となった。

なんで誰も気づかなかったんだとか、今からどうすればいいんだとか、日にちを戻してくれとか。

大騒ぎになって。

とりあえず、みんなでつかさを祝おうということになった。

何も用意ができてない、間に合わせのお祝いなのは事実で。

事前に気づくべきだったのは僕だ。

誰より悔しいし、つかさに申し訳ない気持ちだった。

つかさ

ああ、みなさんそんなに落ち込まないでください。わたくしですら忘れていたのです


しゅんと萎れた空気に、つかさがあわててフォローを入れる。

つかさ

それに、わたくしには、パーティーもプレゼントも必要ありません

ひかり

え……。でも、せっかくのお誕生日だよ……?

つかさ

わたくしは今、皆さんに最高のプレゼントをもらいましたから

つかさ

今ここにいる皆さんの『おめでとう』という言葉と、気持ち。それだけでもう十分。わたくしはもう、胸がいっぱいです

プロデューサー

つかさ……


つかさが胸に手を当ててそっと微笑む。

いつも元気で明るいつかさの、思わぬその健気な姿に、事務所の空気がしんみりとする。

ミユ

つかささんえらいなぁ


そのしんみりした空気の中に、ミユの呟きがぽつりと聞こえた。

小さくひそめられた声だったので、つかさには聞こえていないだろう。

ミユ

な、な、やっちゃん。つかささんをもっともーっと喜ばせてみたいと思わへん?

八葉

ふえっ? で、でも、もう夜になっちゃいますし、今からどうしたらっ

ミユ

今、つかささんはほんまに喜んでると思う。けどな…?

ミユ

せっかくのお誕生日やん?

八葉

は、はい。でもどうすれば…

ミユ

やっちゃん。今自分らにできることは、言葉をぶつけることしかない…

八葉

はい?

ミユ

こうなったら、つかささんに更なる想いを…愛を伝えるんや

ミユ

愛の告白や

八葉

へっ? ……ふえっ?

八葉

えええええ!? なんっ!? なに!? あい!? どうっ!?

ミユ

何もないなら、愛をあげるんや。お手本いくで。つかささーん

つかさ

はい、なんでしょう?

ミユ

好きー

つかさ

わたくしもです!


言い合いなれてるな…。あぁハイタッチしだした…。

なるほど、ミユが自分で伝えても日常会話にしかならないから八葉に行かせたいのか…。

ミユ

さあ次、やっちゃんゴー!

八葉

えええええええー!? ひえええええええー!?

プロデューサー

何をしてるんだ君たちは……


自由すぎるミユに背中をぐいぐい押されて、混乱した悲鳴を上げつつ、八葉がつかさの前に立つ。

不思議そうに首をかしげるつかさの前で、八葉は顔を真っ赤にした。

ただでさえ気が小さくて上がり症なのに、ミユが『愛の告白』なんて言うから、変に意識してしまっているのだろう。

八葉

あのっ、あのっ、つか、つか、つかささささま……っ!

つかさ

さま…? はい。なんでしょうか八葉さん!

八葉

が、がんばります、がんばります、気持ち、伝えたいもん…!

八葉

あの、あい、あい、あい……あいっっ! あい!

八葉

ぷしゅう

つかさ

ああ八葉さん!? ど、どうされたのですか? 八葉さーん!


案の定オーバーヒートしてしまったようで、ろくに何も言わないうちに、八葉はくたくたとつかさの胸に倒れこんでしまった。

み、ミユ、八葉に何をしたの……?

ミユ

つかささんに愛をあげる作戦中やで

ミユ

唯さんもやる?

えっ!? ちょ、何、ミユ!? って愛!?


唯が、ミユの次なる餌食となっていた。

つかさ

? 唯さん、何でしょうか?

あ、あ、あわわ……あい……あい


目を回した八葉をそっとソファーに寝かせていたつかさは、唯の前に立って、やっぱり不思議そうに首をかしげた。

あ、あのね。つかさ

つかさ

はい

私ね、つかさのこと愛してる

つかさ

……なんと!!


誠実かつ不器用な唯は、つかさを真っ直ぐに見つめてそのままの言葉で伝えていた。

事務所内に、ひゃあぁ、とか、わあー! などの歓声が上がった。

ある意味、ものすごい破壊力だ。

唯にそんなことを言われたら、赤面して焦りそうなものだが。

つかさはそんな唯の両手を、がしりとつかんで勢いよくぶんぶんと振る。

つかさ

唯さん! わたくしも唯さんのことを愛しています!


つかさは恥じらいもなく愛を受け止め、愛を伝えられる子だった。

その流れに感動したのか、他の子たちもわっとつかさのまわりを取り囲む。

空子

つかさちゃんっ! 私も、私もつかさちゃんのことが大好きです!

千乃

千乃もね、つかささんのことだーいすき、だよ?

留奈

ふ、フン。あなたは留奈がライバルとして認めてもいいと思ってるアイドルの1人なのよ

ひかり

つかさちゃんも唯ちゃんもかえちゃんも留奈ちゃんもみーんな好きー! みんなまとめてむぎゅー!

わたしも、つかささんのこと、すきです

つかさ

ああ、皆さん、もう、わたくし、わたくしも皆さんのことが大好きです!


アイドルたちにもみくちゃにされて、つかさは満面の笑顔だ。幸せそうだ。

プロデューサー

……もみくちゃだ

ミユ

ええんちゃうかな


ミユはやり遂げた感の顔になっている。

うちの事務所のアイドルたちは、いい子ばかりだなぁとしみじみする光景だった。

……本当に、きちんと誕生日の準備をしてあげられなかったことが悔やまれる。

その時、事務所のドアががちゃりと開いた。

まひろ

あらあら。みなさん、楽しそうですね

プロデューサー

まひろさん、すみません。お使いなんか頼んじゃって

まひろ

いえいえ、何も問題ありませんよ? 目的のものもちゃんと手に入りましたから。ほら


事務所に帰ってきたまひろさんが、僕に向かって白い箱を掲げてみせた。

……ほんの少しだけほっとする。

もう時間も遅いし、もしなかったらどうしようかと思っていたところだ。

ひかり

? まひろさん、何持ってきたの?

まひろ

うふふ。それは見てからのお楽しみですよー

プロデューサー

そうだね。つかさ、ちょっとこっち来て

つかさ

プロデューサー?


手招きすると、不思議そうな顔のつかさが僕の方に近づいてきた。

まひろさんがテーブルに箱を置いて、フタに手をかける。

そのテーブルを全員で取り囲んで、覗き込んで。

プロデューサー

きちんとしたパーティーは、また時間を作って、みんなでやろうか

つかさ

……!

プロデューサー

だから、これは、今日の分のお祝いってことで


箱の下からあらわれたのは、真っ白の生クリームに、真っ赤なイチゴが飾られた、オーソドックスなホールケーキ。

まひろ

もう閉店する時間だったし、ダメかなって思ったんですけどね。頼んだら、ちゃんとしてくれたんです。……でも

まひろさんがちょっと申し訳なさげに指さす先には、ケーキの真ん中に乗っている、ホワイトチョコレートのプレートだ。



『つかさちゃん おたんじょうび おめでとう!』



チョコレートのかわいらしい手書き文字で、丁寧に、そんなふうに書いてある。

まひろ

ごめんなさい。年齢を伝えるのを忘れてしまって、小さな子のバースデーケーキだと思われてしまったみたいで……

まひろ

こんなかわいいロウソクまでもらっちゃいました

プロデューサー

いや、でもこれはこれで可愛くて……つかさ?


ふと、つかさがすっかり黙り込んでいることに気づいて、つかさの方を見た。

全員の視線が一斉につかさに集まる。

つかさは。

つかさ

……っ、……っ!

つかさ

ケーキです、まあるい、ケーキ


驚いたように大きく見開いた目で、ケーキを見つめて、そのまま。

まばたきもせずにぼろぼろと泣いていた。

空子

えっ、つ、つかさちゃん!? どうしたんですか!?

留奈

ちょ、ど、どうしたの!? あっどっどこか痛いの!? 病院行く!? どどどうしよう救急車!?


隣にいた空子と留奈が悲鳴じみた声を上げる。

つかさはぎゅうっと目をつむり、ふるふると首を横に振った。

真っ赤になった頬を伝って、涙の粒がぼろぼろ落ちる。

震えるくちびるが、何度も閉じたり開いたりした。声が、出ないのかもしれない。

どこかが痛いというわけでないのなら、それなら。

プロデューサー

あの、つかさ? イヤだったかな? もしかしてケーキきらい?


問いかける。つかさはふるふると首を横に振った。

まひろ

あ、あの、ごめんなさい。やっぱり子どもっぽいのはダメだったかしら……?

つかさ

ち、ちがいます! ちが、ちがうんです、ちが……っ


まひろさんの言葉にぶんぶんと激しく首を横に振り、つかさは言った。

せき込んでしゃくりあげるつかさの震える背中を、空子と留奈が必死にさする。

ひかりと唯、千乃も手を伸ばしてつかさの髪や腕を撫でる。どうしたの、泣かないでと口々に言うその声の方も今にも泣き出しそうだ。

急に立ち上がったかと思ったら、ぱたぱたと駆けていった楓が、タオルを手にぱたぱたと戻ってきた。洗面所から取ってきたのか。

つかさ

……ごめんなさい。急に、こんな


楓から受け取ったタオルで顔を拭いて、つかさは少し落ち着いた様子だった。

プロデューサー

いや、いいんだ。でも、何か悲しいことがあった?

つかさ

……ちがいます。かなしい、のでは、ないのです

つかさ

うれしくて


まだ潤んでいる目で、テーブルの上のケーキをじっと見つめて、つかさは。

震える声で、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

つかさ

まだ幼い頃に、絵本で、見たのです

つかさ

小さな子が、ケーキにロウソクを立てて、ふーっと吹き消して、家族に、お誕生日おめでとう、って、言ってもらう、そういう風景を

つかさ

でも、わたくしの家族は、いつもみんな忙しくて、ご馳走やお菓子やプレゼントは用意していてくれても、いつも、誕生日のその日には、誰も、誰も、……いなくて

つかさ

だからずっと、あこがれていました。こうやって、ケーキに立てたロウソクを吹き消して、みんなに、大好きな人たちに、おめでとうって、言ってもらえて……っ

プロデューサー

つかさ……

つかさ

うれしいんです、うれしくて、たまらなくて、なのにどうして、こんなに涙が……っ


少しの間止まっていた涙が、また、つかさの両目から溢れ出す。

どんな言葉を言えばいいのか分からない。全員、同じ思いなんだろう。誰も、何も言わない。

つかさの押し殺した泣き声だけが響いた、その時。

八葉

つかささん!


大きな声で叫んで、つかさの背中に思い切り抱きついたのは、目を回してソファーに寝かされていたはずの八葉だった。

一瞬見えた八葉の顔は、すでに涙でべしょべしょだ。ずっと聞いていたのか。

八葉

つかささん! つかささんっ! 来年も、さ来年も、この先もずーっとみんなでお誕生日のお祝いしましょう!

つかさ

や、つは、さん

八葉

わたし、絶対に、毎年言います! 絶対につかささんにお誕生日おめでとうって言います!

八葉

つかささんが嫌だっていってもずーっと付きまといますから! つかささんがどこにいたって、ずーっと付きまとって、毎年、毎年、おめでとうって言いますから!

八葉ってば、またそんなストーカーみたいな……


苦笑まじりに呟く唯の声も少し鼻声だ。

でも、唯の言葉で、切ない雰囲気が少し和らいだようだった。

ミユ

せやなー、やっちゃん? つかささんも

八葉

わっ!?


つかさの背中に貼りつく八葉と、つかさを両方抱きしめるようにして、小柄なミユが精一杯に腕を伸ばす。

つかさの隣にいた空子と留奈が、そっと体を引いて場所を空けた。

つかさ

ミユ、さん

ミユ

毎年な? 大人になっても、ユニットじゃなくなっても、おばあちゃんになっても

ミユ

友達に、お誕生日おめでとうって、言わせてな?

つかさ

はい。……はいっ! う、うぅ

つかさ

う、うれしくて、わたくし、うぅうう

ミユ

あーほら、そんなに泣いたら干からびてまうで? アイドルの干物になってまうで?


ミユと八葉の腕の中で、つかさはまだ、小さな子どものようにわんわん泣いている。

つかさが泣き止んだら、ロウソクに火を点けて、みんなでハッピーバースディを歌ってケーキを食べよう。

お誕生日、おめでとう。つかさ。

アイドルコネクト キャラクター特別エピソード:つかさの誕生日

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