今日は12月26日。クリスマスの次の日。それは私の誕生日だ。
私はあまり誕生日が好きじゃない。
クリスマスを過ぎればきらきらと輝くイルミネーションに目を向ける人は当然少なくなる。急に時季外れになったかのようなツリーやトナカイの飾りはなんだが所在なさげで、なんだか寂しくなる。まるで今日生まれた自分もそんな存在みたいで、どうせなら1日早くか遅くに生まれたらよかったのになんて何度も思った。
はあ、と白い溜息をついたとき待ち人が歩いてくるのが見えて私は大きく手を振った。

一斗くん!

すまない、遅くなった。待ったか?

いえ、私も実はバイトが忙しくてさっき来たところなんです


本当のことを伝えると一斗くんはそうか、と頷いた。
一斗くんと私は以前プロデューサーの気まぐれでCharaというユニットを組んでいた。それからイベントも一緒になることも増え、たまにこうやって一緒に会ったりしている。今日はいきなり一斗くんに呼び出されて、バイトの誕生日イベントが終わったら特に用事もなかった私は了承したのだった。

それで、急にどうしたんですか?

いや、あまり深い理由はないが……少し一緒に来てくれないか?

はい、わかりました


こっちだ、と先頭を歩いていく一斗くんを追いかける。クリスマスのために用意されたであろうイルミネーションを横目に見ながらどんどんと駅から離れ、栄えている街も抜けていく。気づけば真っ暗な路地裏に来ていた。

い、一斗くん……ここ大丈夫なんですか?

ん? 深春は霊的存在を信じているのか? そんなものはいないぞ

いやそれも怖いですけどそういうことじゃなくて! まずい取引とかついうっかり見ちゃって『殺されたくなかったらどうすればいいかわかってるよなぁ…?』ってお金を盗られたりとか変なことされたりとか……ひぃぃ、そんなことになったらもうアイドルやっていけませんよ!?

よく分からないがそういう人もここでは見たことないな。そういうのは二つ隣の道らしい

そうなんですか、それなら安心……って何で知ってるんですか!?

大学の知り合いに教えてもらった、だから近づかないほうがいいと。俺は星を見にならどの道も通りそうだから安全な道を教えてやると言っていた

そうなんですね……それなら安心です……


大学の知り合いさんは正解だ、と見たこともないその人に心の中で拍手を送った。
ほっと息をつくと一斗くんはそろそろだ、と少し駆け足になる。
こういう一斗くんの反応で少し一緒に活動した私にはああ、そういうことかと分かった。相変わらずの一斗くんがなんだか面白くて少し笑ってしまう。

深春?

何でもないですよ、行きましょう!


私がそう笑うと一斗くんもすこし微笑んでああ、と頷いた。

ああ、ここだ

ここですか?


しかし私の予想は外れ、一斗くんが連れてきてくれたのは暗い中ひっそりと佇むビルだった。しかもどうやらとっくに廃業しているらしく、明かりもついてなければ人の気配もない。
てっきりこの近くにできたという噂のプラネタリウムにでも行くのかと思ったけど、と一斗くんを見ると一斗くんはビルの扉を思い切り蹴り飛ばした。

ひえっ!


があん、と扉が大きな音を立てるのとまさかあの一斗くんが何かを蹴るなんて、という二重の意味で驚いてしまう。しかし一斗くんは気にも留めずよし、と呟いた。それと同時にきぃ、と扉が開く。

え、開いた……

この扉、普通にやっても開かないが蹴ると開く。カギはかかってないが建てつけがものすごく悪いらしい

なるほど……

これも大学の知り合い仕込みだ

その人はいろいろ知ってるんですね……


一斗くんにこんなこと教えないでほしいなあ、とちょっと思った。

さて、中に入るか。行くぞ

えっ

この中に!? 暗いし怖いし無理!


と思う前に一斗くんに手を握られ、引きずられる様に連れていかれた。

い、一斗くん!

何だ?

く、暗いし……その、手……

暗いからだろう?

そうですけど! そうじゃなくて!


言葉にならない悲鳴を上げながら歩いていく。どういう意味でどきどきしているのか全く分からないままひたすら階段を昇っていく。
そうして一番上まで来ると扉が一個あって、一斗くんは今度は普通に扉を開けた。

ここだ、来てくれ


引っ張られるまま屋上であっただろう場所に出る。
そこにはイルミネーションの光や街の明かりに染められたきれいな夜景が広がっていた。

わあ……すごい……!


思わず声が出る。思わずフェンスまでかけてまじまじと夜景を見つめてしまった。後ろからゆっくりと一斗くんが追いかけてきてくれる。

綺麗だな

はい! とってもきれいですね!

ああ、今日は星がよく見えるな


それを聞いて思わず振り返ると、一斗くんは上を見上げていた。

ああ、やっぱりそっちか……


と少しホッとする。一斗くんには夜景は目に入ってないらしく、いつもよりも輝いた眼で空を見つめていた。
それにつられて私も夜空を見上げると、都会とは思えないほどの星空が浮かんでいた。

わあ……


夜景に負けないくらい美しい星をじっと見つめてしまう。私は星座に詳しくないからあんまりよくわからないけれど、とにかく綺麗なのはよく分かる。

星がこんなにきれいに見える場所は中々なくてな。前に番組一緒になった時に深春が星を見たいって言っていたから見せたかったんだが……喜んでもらえてよかった

はい! こんなに素敵な星空に夜景に……一斗くん、本当にありがとうございます! ……あの、もしかして私が今日誕生日だったから誘ってくれたんですか?


ずっと疑問に思っていたことを口にしてみる。すると一斗くんは驚いた顔で私を見つめた。

深春、今日誕生日だったのか?

あ、はい……

そうか……すまない、知らなかった


困ったような顔をする一斗くんを見て恥ずかしくなる。まるで自意識過剰な人みたいで、ひたすら顔を赤くすることしかできない。静かなこの空間が気まずくて、どうにかしないとと口を開いた。

あ、あの! ごめんなさい! 別にそういうんじゃなくてただもしかしてって思っただけで深い意味はなくて……いつもみたいに誘ってくれたんですよね! すごく嬉しいです! え、えっとそれで星なんですけど一斗くんはどの星が好きなんですか?


早口でまくし立てていると一斗くんはふいに私の手を握った。

……知らなかったとはいえすまなかったな。誕生日なのに付き合わせて……。今、これしかなくて、そんなものを渡すのもどうかと思うが渡しておく……誕生日おめでとう、深春


ころ、と手渡されたのはプロデューサーがいつもくれる飴だった。まるで子供をなだめるかのように渡されたそれが何だか面白く、一斗くんらしくて笑ってしまう。

ふふ、あははっ

み、深春?

一斗くん、ありがとうございます! こんな素敵なところに連れてきてくれてプレゼントまでくれて……私すごく嬉しいです!


突然笑い出した私を見て一斗くんはただただきょとんとしていたが、次第に微笑みを見せてくれた。

深春、偶然とはいえ誕生日を祝えてよかった。ユニットを組んだ時から俺は深春に助けられてばかりだったから、少しでも感謝の気持ちを返せたらいいと思う。……一緒にユニットを組んでくれて、こうやって星を一緒に見てくれてありがとう。誕生日、おめでとう


優しい微笑みを浮かべながら一斗くんがそう言ってくれる。
その言葉が何よりのプレゼントなんですよ、一斗くん。そう言いたかったけど声にならない。ひたすらうなずいてから、私はようやく一言ありがとうございます、と呟けた。

私はあまり誕生日が好きじゃない。
クリスマスを過ぎればきらきらと輝くイルミネーションに目を向ける人は当然少なくなる。急に時季外れになったかのようなツリーやトナカイの飾りはなんだが所在なさげで、なんだか寂しくなる。まるで今日生まれた自分もそんな存在みたいで、どうせなら1日早くか遅くに生まれたらよかったのになんて何度も思った。

でも、今日は今日が誕生日でよかったなと心から思った。

Happy Birthday Miharu Nanase!!!

Happy Birthday Miharu Nanase!!!

facebook twitter
pagetop