有賀東狐は、アイツが大好きだった。

 アイツを思うたびに胸が締め付けられ、アイツを思うと夜も興奮して眠れなくなり、アイツを思えばフルマラソンを完走することだって出来た。

 何故ならば、フルマラソンを完走しきったら、アイツと会うと約束をしていたからだ。

 そして今、東狐は、とある店の前に来ている。

 やっとアイツに会える。そう思うと、胸の高鳴りが止まらない。

 店の自動ドアが開き、東狐は吸い込まれるように店内へ歩き出す。笑顔の店員に席を案内され、東狐は一人でファミリー席に移動した。

らっしゃい

 和服を着たスタッフ達の中でも、一際輝いて見える青年。見習いの修治(しゅうじ)だ。

 大将に似て、言葉が少ない修治だったが、話好きの東狐に話しかけられると、何時もぎこちない笑顔で答えてくれた。

こんにちは!

 東狐が挨拶をすると、修治は何時ものように、ぎこちない笑顔で会釈した。

 東狐は、そんな彼も含めて大好きだった。

 アイツのことを考えなかった日は無い程大好きだった。

 席に座り、東狐は修治に直接注文する。

トロ一つ!

かしこまりました

 注文を受けると、修治は今日一番の笑顔で寿司を握り始めた。やはり、彼も形は違えど、アイツのことが大好きなのだ。

 そう、東狐が好きなアイツ。それは、この店で作られる寿司のことだった。

 寿司が一周する台、自動で開くドア、広く、家族が沢山来れそうな店内は、回転寿司そのものであったが、作る寿司は皆ちゃんとした職人のお手製だ。回転寿司の楽しさやワクワクを残しつつ、ちゃんと寿司の美味しさや、風流を残した新たなスタイルの店だった。

はい、トロお待ち

 青年の大きな手の平から作られた二貫の寿司。東狐はわくわくしながら寿司を一つ素手で取り、醤油を少し付けて口へと運んだ。

美味し~やっぱこの店は最高だね

有難う御座います。そう言ってくれるのは、後にも先にも貴方だけですよ

え、何その言い方?

……実は当店、近々閉店することになりましてね

 東狐に衝撃が走った。それは、思わず持っていた寿司を醤油の入った更にドボンしてしまう程。

 東狐は驚きのあまり、その場を立ち上がり、前傾姿勢になって修治の顔を見る。嘘だよね? そう言わんばかりに。

 しかし、修治は首を横に振った。駄目だったと。

どうして? 私以外にもリピーターは多かったはずでしょ?

ええ、有り難いことに

じゃあどうして?

実は、大将が最近お体を崩されましてね。大事ではありませんが、今の状態では寿司を握れず……ならば、店を閉めようと

そっか。大将が……

 もともと寿司好きだったこと、そして職人お手製の寿司が好きだったことから、新しくこの店のチラシを見た瞬間、東狐はオープン初日より来ていたのだ。

 その頃はこの寿司屋にも大将が居り、そして、まだ見習いだった修治もいた。

 大将は、人は優しいが、それを理解してもらえない程の頑固者だった。そんな大将がこの新しいスタイルの寿司屋を作ったのは、もっと気軽に色んな人が寿司を食べに来てくれるようにと言う思いからだった。

 それを聞いたのは、東狐がこの店へ通い始めて三か月経った頃だ。その時は丁度客も少なかったことから、きっと大将も言いやすかったのだろう。

 その時見た大将の屈託のない笑顔は、東狐の頭に焼き付いていた。

 思えば、大将のあの話を聞いてから、余計に寿司が好きになったんだっけ。東狐は懐かしく思ったが、同時に寂しさが襲った。

寂しいな。この店が無くなっちゃうのは。此処に来ることが楽しみだったのに

僕もです。これから先、何を楽しみに生きていけば良いのか……

修治くんは、腕前確かだし、他の所でもやってけるんじゃないかな?

そうかもしれません。短い間でしたが、大将には手厚く指導頂きましたから。……けれど、やはりこの場所が無くなってしまう。それが寂しいのです

うん

 東狐は店内を見渡す。そこには、話しかけたことが無くとも、見覚えのある顔が沢山あった。彼等も事情を知っているのか、心なしか表情は浮かない。

修治くん。私、大将も、修治くんも、寿司もこの店も。本当に大好きよ

有難う御座います

だから、たまには会って食べさせてよね修治くん。あ、これは大将にも言っておいて

はい!

 その後、東狐は、今のうちにと寿司を必死に詰め込んだ。それにより、今日は何時もの倍以上皿が重なっていた。

 名残惜しさもあったが、まだ閉店まで日にちもある。重たい体を立ち上がらせると、東狐は手を挙げ、修治に言った。

勘定よろしく!!

-おまけ-
佳作選ばれたのが嬉しくてつい描いた、キャラクターイラストに対するファンアート。

ファンアートで描いた作品以外にも、沢山話を投稿し、そしてその度に多くの素材画像をお借りいたしました。
お陰で話を作るのが凄く楽しかったです。
お貸し頂いた絵師様、背景主様、挿絵主様、そしてストリエ様、本当に有難う御座いました。

有賀東狐の好きなもの

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