イワレビコの東征

タマヨリとアエズの息子、イツセ、イナヒ、ミケヌ、カムヤマトイワレビコの4人はすくすくと育ち、大人になっていた。


このうち、次男のイナヒは『海の血が濃く出ちゃったもんだから地上は息苦しい』と言って、トヨタマのいるワダツミの宮殿に引っ越してしまった。


さらに、三男のミケヌもスクナビコナも向かった常世の国へバカンスに行ったまま帰ってこない。『帰りがけに寄った新羅で王様になったらしい。』なんて噂も聞こえてきたが、本人からの連絡が一切無いので、本当かどうかもわからなかった。


そこで残った長男のイツセと四男のイワレビコが２人で日向の高千穂を治めていた。

そんなある日。２人は天下を安らかに治めるにはどうしたらいいか、話し合っていた。

兄のイツセは不満げだ。


というのも、ニニギが日向に降りてきてからというもの、平和すぎて国を治めている実感が全く無かったのだ。


それなのに、本島の方ではまだ悪い国つ神が民を虐げているなんて話も聞く。しかし、こんな端っこに都を構えていては、それを確認することもままならなかった。

イワレビコが呟くと、イツセは満足げに笑って大きく頷く。

イツセは仁王立ちで二カッと笑った。こうなったらもう兄は止まらない。イワレビコは呆れながらも

とはにかんで笑い、イツセの案に乗った。

こうして２人は覚悟を決めると、妻と子供を日向に残し、日向最強の『久米兵(くめへい)』と共に船に乗り込み旅立った。


まず、一行は筑紫(九州北部)に向かった。豊国(大分県)の宇沙(うさ)に着くと、そこの主のウサツヒコとウサツヒメは2人を豪華な食事でもてなし、宮殿まで造って歓迎してくれた。


他にも、進む度に各地でみんなが 歓迎してくれるものだから、筑紫(福岡県)の岡田宮に1年、安芸(あき/広島県)の多祁理宮(たけりのみや)に7年、吉備(きび/岡山県)の高島宮にも8年と、ついつい長居をしてしまった。


イツセは、のんびりと恵まれた旅路の中で、ふと我に返ると

と言って、さらに船を東へ進めた。

そんなある日、２人が明石海峡を渡ろうとすると、亀の甲に乗って鳥みたいに袖をパタパタさせながら釣りをしてる変人を見つけた。

イワレビコが、そのおっさんに声を掛けると、この辺の国つ神で、海の道にも詳しい上に、自分たちに仕えてくれると言ったので、竿を下ろして引き上げ、船の中に入れてあげた。
おっさんは、浪速(なにわ)まで道を案内してくれたので、お礼にサオネツヒコという名前を贈った。

一行はさらに船を進め大阪湾を超え、明け方には淀川の支流まで来た。ここまで来れば国を治めるのにちょうどいい場所が見つかりそうだ。『長かった船旅もこれで無事に終了だな。』と、一行は上陸の準備を進めた。しかし、船を降りようと陸を見渡したイワレビコは、近くに何かうごめくものをみつける。

イワレビコは目を細める。

慌ててイワレビコはイツセの元に走る。

今まで順調にもてなされてきた一行は、完全に油断しているところを突かれてしまった。こちらの準備が整っていないのに、あっという間に開戦してしまう。


待ち伏せていたのは、奈良の生駒山に住むナガスネビコの軍だ。名前の通り、すんごくスネの長い武将だった。


久米兵が敵と激しい攻防戦が繰り広げる中、イワレビコも船から盾を取り出し奮戦した。そのため、この地は楯津(たてつ/大阪府)と呼ばれるようになる。

イツセのただならない声が響く。慌ててイワレビコが駆け寄ると、ナガスネビコの放った矢が兄の腕に刺さっていた。

久米兵は、ナガスネビコの軍を引き離すことに苦戦しながらも、なんとか陸を離れて船を出した。


こうして命からがら海へと出た一行は、南に大きく迂回した。敵がいなくなったことを確認すると1度船を降り、イツセは腕の血を洗い流す。

しかし、流しても流してもイツセの血は止まらなかった。辺り一面イツセの血で真っ赤に染まってしまったので、ここは血沼海（茅渟/大阪）と呼ばれた。

こうして、一行は紀国(紀州)まで進むと、船を降りて陸路から生駒山を目指すことにした。フラフラになりながらも足を進めるイツセの呼びかけで、一行は前へ前へと進んでいく。


しかし、紀ノ川の河口まで辿り着いたところで、いきなりイツセが叫びだした。

そして雄叫びを上げると力尽きてしまったのだ。



イワレビコは、呆然と立ち尽くした。

イワレビコがふと我に返り周りを見渡すと、久米兵たちが心配そうに自分を見ていた。彼らの中にも深い傷を負った者は少なくない。兄のために、泣いてくれてる奴もたくさんいる。


･ ･ ･ ･ ･ ･ 自分がここで弱気な姿を見せるわけにはいかない。

涙も見せずにイワレビコは前へ進んだ。久米兵も静かにうなづくと、黙って彼の後に従った。