女性は‥の隣へ立つと、空を見上げた。
……おや、久しぶり。
やぁ、久しぶり。
どうかな、調子は?
――相変わらず、遠いね。
女性は‥の隣へ立つと、空を見上げた。
頭上は一面の星空。
ここには星以外、輝くものは無い。月も上がっていない。彼らは誰にも邪魔されず、思い思いに輝いている。
そうだね。
‥は足元から目を離さずに応えた。
なんだか、以前より遠くなった気さえするよ。
そんなことはないさ。でも、油断してたらそうなるかもね。最近は忙しいのかい?
そ。
社会に出ると、色々と忙しくてね。
今だって、会社の帰りなんだから。
それはご苦労様。
……今日は、釣り?
あぁ。ちょっと、ベタだったかな?
そうかもね。
でも、色々試すことは大切よ。
‥は足元の水たまりに釣り糸を垂らしながら、静かに座っている。
指を入れたら簡単に底へ触れられそうなそれは、文字通り"水たまり"であって、魚など居るはずもない。
魚は居そうにないが、代わりに写り込んだ星々が、キラキラと輝いていた。
何か、釣れた?
いいや、何にも。
まぁ、釣りっていうのは根気が大切だ。
ゆっくりやるよ。
そっか。
女性は‥の横へ腰を下ろした。
暫く水たまりを眺め、夜空に視線を戻す。
夜空には、様々な星が浮かんでいる。目を凝らさなければ見えない星、嫌でも目につく星、赤色の星、黄色の星、青色の星。
ねぇ。
1つ聞いていい?
僕に答えられることなら。
私はどうして、あの星が欲しいんだろう?
女性が先程から、ずっと眺めている星。それは特別明るいわけではないが、暗くもない。特別な色でもなく、大きさも至って普通。
どうして、あの星が気になるのか。彼女にはわからなかった。
残念。
それは、僕には答えられない質問だね。
……そっか。
彼らは、自分の"星が欲しい理由"を知っているのかな。
ここには大勢の人が居る。ただ、お互いの距離はそれなりに開いており、話すことはおろか、すれ違うこともない。
大部分は1人で夜空を見上げているだけだが、彼女と同じように‥を連れている者も居る。
彼らの"理由"を聞けば、私の"理由"もわかるのかな……?
それは僕に答えられる質問だ。
彼らが知っているのは、あくまでも彼らが星を求める"理由"だよ。君の"理由"とは何の関係もない。
他人に、自分の"理由"を聞くなんて、やめるんだね。
……。
‥が微動だにしないため、釣り糸も動かない。
ここには、風も吹かない。
そういえば先日、あの星の傍まで行ってきたんだ。
へぇ。すごいじゃないか……でも
ここへきて、初めて‥が夜空を見上げた。
まだあそこにあるってことは、そういうことなんだろうね。
触れるぐらいは、できたのかい?
残念ながら。
近づいただけ?
そ。
目と鼻の先って感じ。でも、手を伸ばしたって触れられないの。
そうか。
まぁ、そんなものかもしれないね。
実は、少し焦ってるの。
私は触れられもしなかった。でも、彼らの中には、触れるくらいは出来た人も、居るかもしれない。
先を越されるかも、って?
……あの星が欲しい。その一点では、私も彼らも一緒。これだけ大勢居る中、勝ち抜くことができるのかな。
……競争では運も絡む、それは仕方ない。
でもそれ以上に、自分がどう思うか、何をするかが大切だ。
勝てないかも、なんて思ってるうちは、勝つことなんてできないさ……おっと
釣り糸に反応があった。‥が軽く格闘しながら、それを釣り上げる。
それは、ただの石ころだった。僅かに光る綺麗な石だったが、星には及ばない。
残念。来た! と思ったんだけどね。
やっぱり、釣りじゃ難しいのかもね。
次の方法を――
それ、持って帰るの?
‥は釣り上げた石を軽く拭くと、ポケットにしまった。
これは、星を手に入れる過程で見つけたもの。
なら、これだって星さ。
ふぅん……。
それじゃあ、そろそろ帰るわ。
そうか。
次会う頃には、もっと近づいているといいな。あの星に。
そうね。
それじゃあ、また。