暑い夏が過ぎ、

空高くなった秋


僕は、いつものように各駅停車しか止まらない駅の

ホームの隅にあるベンチに腰をかけていた。


膝には読みかけの本を開いているが

目も頭の中にも文字は一切入ってきていない。

これは、怪しまれないための道具に過ぎない。


ふっと涼しい風が吹いた。

彼がきたのだ。

江田幸一

やあ、こんにちわ。

こんにちわ。

僕は無愛想な態度といっているのに

江田さんはにこにこと笑いかけてくれている。

僕の隣に江田さんは座った。

江田幸一

うれしいな、ぼくが勧めた本読んでくれてるんだ。

道具に過ぎない本のタイトルは

「ライオンと魔女」。

彼が、もっと早くに読めば良かった!!と後悔した

本らしい。

今の僕くらいが読むのが一番いいと前に言っていた。

江田さんとの出会いは、一か月前のことだ。


僕は、そのとき地獄の中にいた。


僕の家は勉強に非常に熱心な家庭だといえる。

父と母はとても良い人達だ。

しかし、学歴にこだわりを持ちすぎている。

僕の中学受験に人生をかけているようだ。


そのため、学校、受験勉強、習い事、学校、受験勉強、習
い事…その繰り返し。


受験に失敗すれば人生が終わるかのような言い方をされる。


毎日言われるものだから

僕はプレッシャーに押しつぶれ

もう、死ぬしかなという選択に至った。


安易な考えだが、選択が1つしかないほど追い込まれていたのだ。

僕は、特急の電車に飛び込むために各駅停車の駅にいた。

その時、死ぬ恐怖などなくて、とても冷静にベンチに座っていた。

今日で全部終わるんだ…。

そう呟くと、涼しい風がふいた。

顔を上げるとサラリーマンの男性が、僕の前に立っていた。

江田幸一

命を粗末にしちゃいけないよ。

誰?

江田幸一

江田幸一といいます。幽霊です。

失礼だけど、この人バカなのかなって思った。

江田幸一

あっ、全然信じてないね。

ちょうどホームに普通電車が着いてまばらに人が降りてきた。

すると、突然

江田幸一

××××××××××××××××××!!!!!

大きな声でおそらく卑猥な言葉を大きな声で叫んだが、
だれも足をとめないし目線も向けない。

危ない人なのかなって思って振り返らないだけかもしれない。

これでも、信じないかと江田さんは僕の頬を叩こうとした


が、


すっと手が僕を通りぬけていった。

ふつう怖がるところなんだろうけど

僕の頭はマヒしているから冷静な対応だった。

で、なにか用?

江田幸一

君は、本当に心から楽しいことをしたことがあるのかい?なんでもいいんだよ。
心からしたいことであれば一日中マンガ読んで過ごすだけだっていいんだ。

江田幸一

したいこと全部やってから死ねばいい。
とりあえず今日一日やってみー。

そう言って江田さんは勝手に消えた。

しばらくしてから僕はベンチを立った。

僕は、レンタルビデオ屋に立寄り見たかったアニメ映画を3巻借りた。

コンビニにもよって、スナック菓子を沢山買って、甘い炭酸のジュースも買った。

今日、両親の帰りは遅い。

僕は、黙々と自分の部屋で映画を見ながらお菓子をたべた。両親が帰ってきて寝るまでこっそり隠れながらやった。

なんだか久しぶりに楽しくなった。

楽しくなったついでに、最近好きになったバンドをネットで検索をして曲を聴き始めた。

すると今度は涙がでてきた。

大したことをやったわけでもないのに。

思いだせないくらい自分の意思で行動したことがなかったことに気付いた。


今日、死ななくてよかった。


その言葉が浮かんできたら

もっと涙が止まらなくなって、泣き声が聞こえないよう一生懸命口を抑えながら沢山泣いた。

その次の日、あの駅に行きベンチに座っていると

また、江田さんに会えた。

それからちょくちょく会うようになって、

今日で10回ほどになる


江田さんは、電車が好きで、本が好きで

突然事故に巻き込まれて死んでしまったんだど話してくれた。

幽霊だったが、こんなにも大人と話したことはなかった。


たいした話しかしない日もあった、
すごく興味をもつような面白い話をしてくれた日もあった。

だんだんと、「自分」がどんな人間だったかわかるようになり、しんどさしか感じなかった繰り返しの毎日も楽しく過ごせるようになっていた。

江田幸一

もう、大丈夫そうだね。

おかげさまで。

江田幸一

それは、よかった。
突然だけど、今日でお別れだ。

えっ?

江田幸一

「あの世につれていってくれる人」が言うにはもう限界なんだとさ。僕のわがまま聞いてくれて待ってもらっていたんだ。

江田幸一

本当に君はもう大丈夫だよ。
人に何を言われたっていい、自分を生きてほしい。
だってその人は、君の人生すべてを背負ってくれるわけではないだろう?


江田さんは、そう言って立ちあがった。

彼は、ニコッと笑った。

江田幸一

もう、僕の大好きな電車に飛び込むのは勘弁してくれよ。

なんで、僕によくしてくれたの?

江田幸一

過去にね、君は僕の子供だったんだ。死んだら前世も見えるようになった。
僕は、現世では子供をもつことはなかったけどね。

江田幸一

あの時の楽しい時間と同じように過ごせて幸せだったよ。どうも、ありがとう。元気で。

そういうと江田さんは消えた。


しばらく僕は空を見上げていた。

僕は、今までしないように避けていたことをした。

スマホで「江田幸一」を検索する。


すると、事故の記事でてきた。

普通電車が走行している時、踏切にトラックが突っ込んできて走行している電車に衝突。
窓際に立っていた男性が車内で壁とトラックの間に挟まれ死亡。

それが、江田さんだった。

本当に幽霊だったんだなぁ…

僕は、ポロポロと涙を流した。


なんであんなに良い人が死ななきゃいけなったんだろう

僕のために、あの世に行くのを待っていてくれて

すごく、楽しかったな…


僕の頭のなかはいろんな思考でいっぱいになった。

秋の涼しい風が吹き

風が僕の膝の上にある本のページをめくった。



おわり。

僕とやさしいゆうれいさん

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