私は思い出した。思い出したのだ。この、長らくしまい込んでいた記憶を。

　思い出と言うやつは、忘れたいこと程思い出してしまうものであり、忘れずにいたいこと程思い出されるのが一般的だ。

　これが何故なのかと言えば、理由は単純。忘れたいこと程、忘れたい対象について考えてしまっているからなのだ。

　つまり、本気で忘れたいなら、その忘れたいことを放棄する。

　そいつがとても難しいのだが、人間の思考ではそれが一番楽な解決方法と言えるだろう。

　つまり、私はそのことをあまり深く考えず、気づけば時が経ってしまっていたのだ。

　思い出したのは、一歩外に踏み出した時であった。

　それまでの私は、ずっと建物の中に籠っていて、外の世界など一切見てこなかった。この目も、暗がりに慣れてしまった程にだ。

　だから、あのまぶしい光を見た時は驚いたものだ。

　しかし、思い出したきっかけは光ではない。

　思い出すきっかけは、目の前にあった荒れ果てた世界であった。

　世界が滅亡していたのだ。

　たった二、三日前までは存在していた建物が崩れさり、存在するのだとすれば、その荒廃した場所で泣き崩れる数人の生き延びた者達。

　そう。此処では戦があったのだ。

　戦と言っても、非常に一方的な他の星からの侵略だった。

　今まで侵略者の手に落ち、捕まっていた私は、良くも悪くも命を救われた者の一人だった。どうやら、私の能力とやらを利用しようとしたかったらしいが、私はそれに屈しなかった。

　私が捕まっていたのは、光の差すことのない真っ暗な牢の中だった。ゆえに、時間も記憶も徐々に曖昧になっていったのだ。

　そして気づけば、一年が経っていた。その頃には、私は戦が起こっていたことすら忘れるまでになっていた。

　だが、思い出してしまった。戦が終わり、解放され、この景色を見た瞬間に。

　生き延びた人間は、五十人から百人程度と言われている。数字だけ聞くと多く聞こえるかもしれないが、たったの百人なのだ。それも、生き延びた人々の瞳には生気が感じられない。ゆえに、私はこれを世界の滅亡とした。

　こんな世界で、私はどうすれば良いというのだろう。人一倍老いている、この私に。

　私は手のひらを見つめ、やがてこの老いた体で走り始めた。目指すは、あの小さな山の上へと。

　そもそも、侵略者の手によって捕まってしまった私が屈しなかった理由。それは、その能力で人々を救いたいと思っていたからだ。

　そんなことも忘れ、私は暗い部屋の中で落ちぶれていたのだ。これ程悔しいことがあるものだろうか。

　今更出来ることなんてあるか？　自問自答した結果、私は息を切らしながら山を登っていく。

　山を登り終えると、私はその場所から大きく手を振り上げた。

　その手のひらから、無数の光の粒をばら撒いて。

　私が光の粒を撒くと、折れていた無数の木が蠢きだし、その身をピンと立てた。

　その光景に、思わず泣いていた人々も顔を上げる。そして、人々の視線は山の上へ向く。

　私がもう一振り粒を撒き、両手を上げると、木々はぽんっ！　と音を立て、その枝先にピンク色の花を咲かせた。

　私に出来る能力などこの程度だが、それでも人々の力になれるのであれば。私は光の粒を沢山撒いた。その度に、山には淡い彩りが増えていく。

　山一帯に花が咲いたその頃には、人々は喜んだり、亡き人を思って涙を流したりした。それでも、どこか安心して見ていられるように感じた。

　もう、私の役目は終わっただろう。

　私はその身を光の粒に変えると、オレンジ色の空へと溶けて消えていった。

　それから数百年後、その国の百人以下だった人口は数千人に増え、廃退していた建物も綺麗に建て直されていた。

　時期は花見客で栄える春。

　美しい桜の木の下で、どんちゃん騒ぎする人々を見つめる老人がいた。

(了)